第5章 謎めいたプレイヤーX
グループリーグを突破したあとも、"ノヴァ"の心は晴れなかった。
パラメータ上では「メンタル」が大幅に上がっているはずなのに、プラクティスになるとリズムに乗れず、パスもシュートも微妙にずれてしまう。
ボールを追いながら、胸の奥には、引っかかるものがあった。
――ユウタのことが、まだ頭から離れない。 本戦のトーナメントも近いというのに、どこか虚しさがまとわりつき、心が空っぽになる感覚。
そんな自分が嫌で、さらに動きが硬くなる悪循環だった。
リアルの部活動では、相変わらずで思うようにいかず、ベンチに座る時間が長かった。
そんなとき、翔太が声をかけてきた。
「お前、最近顔つき変わったよなぁ。」
「えっ?」
「前より、自信ありそうっていうか。プレイ見てても、前より楽しそうだし。」
遥は、思わず笑った。
悩みながらもバーチャルで必死に食らいつく時間が、リアルでの自分を少し変えていたのかもしれない。
小さな言葉が、不思議と胸に温かく残った。
そんなある夜、虚ろな気持ちのままV.B.Lの練習コートに立っていると、不意に後ろから声がした。
「……その迷い、ボールに出てるぞ」
「悪くない。けど、本気で楽しんでないだろ。お嬢さん!」
振り返ると、そこに立っていたのは、――プレイヤーX。
漆黒のユニフォームに光を宿すような姿は、その存在感をひときわ強く感させる。
そして何より、違和感なのは、中二病を思わせる、覆面姿……
彼は、JVBL ランキングに名は連ねていないが、それはランキングのポイントが入手できる大会には、ほとんど出場しないからで、実力では、JVBL ランキング1位を凌ぐプレイヤーと言われている。
「ハッハッハ!ボールが泣いてるぞ、お嬢さん!」
「力も技もある!だが、その曇った顔じゃコートが映えん!バスケは楽しんだ者が、誰よりも輝くんだ!」
どこかで聞いたセリフだが、あまりに直球で、どこか芝居がかった熱血ぶりに、"ノヴァ"は思わず吹き出してしまった。
肩の力が、少しだけ抜ける。 しかし、Xのプレイは圧倒的だった。
スピードも駆け引きも次元が違い、まるでボールそのものと会話しているかのように自然に操ってみせる。
そしてスタイルには、どこか既視感があった。
――自分と似ている。でも、格段に強い。
夜、再びログインした"ノヴァ"は、再びXとコートで向き合った。
ドリブルの一歩目、ディフェンスの間合い、シュートに至るまで――どこを切り取っても無駄がなく、滑らかで、まるで身体そのものがボールと一体化しているようだった。
"ノヴァ"も必死に食らいつくが、手を伸ばすたびに、わずかな差でかわされる。
圧倒的な実力差に、悔しさよりも、なおさら強い欲求が芽生える。
――どうすれば、こんなプレイができるんだろう。
――この人は、リアルではどんな生活をしているんだろう。
――プロ選手?それとも、ただの学生?
ゲーム後、Xの背中を追いながら、"ノヴァ"の胸には探求心が渦を巻いていた。
単に強いから気になるのではない。
プレイスタイルは遥の「上位互換」の様でもあるが、次元の違う完成度でプレイする姿に、どうしても惹かれてしまうのだ。
ふと、脳裏に浮かんだのは、数週間前の言葉。
――「君のプレイ、君のお父さんにそっくりだな」 高校のOBで、かつて日本代表に名を連ねた人物がそう言ったとき、妙なざわめきが胸を走った。
さらに、前に母から聞かされた昔話も蘇る。
「あぁ見えても、お父さんは若いころ、大きな夢があったのよ。」
「でも怪我をして……その夢をあきらめたのよ」
――父は、どんな夢を抱いていたんだろう。
――自分のプレイスタイルと、父とのつながりは偶然なのか、それとも……。
Xの背中と、父の面影が、重なるように見えてしまう。
"ノヴァ"は気づかぬうちに、拳を固く握っていた。
一方その頃。別の場所での一室。
ひとりの青年が端末の前にいた。
画面には、"ノヴァ"のプラクティスのアーカイブが映っている。
プレイは悪くない。むしろ成長している。
しかし、どこか迷いが残り、リズムに乗れない様子に眉をひそめる。
青年は椅子に深く座り込み、息をつきながら画面を凝視する。
「……なんだよ、それ。お前らしくないな」
悔しそうに歯を食いしばり、拳を握りしめるその手は、思わず画面を叩きたくなるほどの力の入りようだった。
「どうして、俺はそこにいない……」
映されない影の存在は、アーカイブの映像を食い入るように見つめ続け、画面の光がその顔をぼんやりと照らす。
肩の力を入れすぎたせいか、画面に小さく反射する端末の光に一瞬目を細める。
その時、端末に一通の通知が届く。
件名:【重要】ID発行のお知らせ