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其之弐 藩の職制について

藩主

└家老/家老格

│└大番奉行(大番頭)(※番方(軍事)筆頭)

││└番頭(※「備」を率いる)

││ └組頭

││  └番士

││

│└町奉行(※町方(民政)筆頭)

││└役人(町方同心)

││

│└郡奉行(※地方(領内統治)筆頭)

││└役人(代官)

││

│└寺社奉行(※寺社方(寺社統治)筆頭)

││└役人

││

│└作事奉行(※作事方(工事)筆頭)

││└役人

││

│└勘定奉行(※勘定方(財政)筆頭)

││└役人 ※勘定所

││

│└評定奉行(評定役)(※評定方(司法)筆頭)

││└役人 ※評定所

││

│└大目付(近習目付)(※目付方(人事)筆頭)

│││└目付

││└地方目付(郡方目付)(※地方を監督)

│││└目付

││└藩校目付(学問所御目付)(※藩校を監督)

││

│└学頭(※藩校の最高責任者。校長)

││└各学問の教師

││

│└留守居(※江戸詰家老指揮下。外交官)

└用人(=秘書)

│└小姓頭

││└小姓(=側仕え)

││

│└右筆頭

││└右筆(=文官)

││

│└筆頭藩医(侍医)

│ └各部署頭

│  └藩医

└筆頭馬廻(※藩によっては大番頭指揮下)

 └各組頭

  └馬廻


※これ以外にも多くの役職がある。上記は創作に使いそうな役職から選出。分かりやすいよう名称を変更している職もいくつかあり、本来の名称は()に記述。



家老かろう

 藩主直轄の職。幕府でいう老中。筆頭者は「筆頭家老」などと呼ばれる。藩政を行う藩士の最高職であり、合議によって藩主の政治を補佐・運営した。この中の一人が江戸藩邸に「江戸詰家老」として常駐し、江戸藩邸をも統括する。

 家老は藩主家の譜代家臣から任ぜられるのが普通で、藩主家の分家や外様家臣が家老職に就くことは原則的になかった。仮に分家出身の者が家老職に任ぜられた場合は、その者が家臣の家格になったことを意味し、つまりは藩主家断絶時に相続権がないと暗に示されたようなものだったとされる。家老は将軍の陪臣であるため、普通は将軍に謁見する資格がない。しかし、親藩や譜代大名の家老家系の多くは幕府から将軍家直臣である旗本の家格が与えられていたため、将軍に謁見する資格を有していた。家老職は、仙台藩などの一部の藩では「奉行」とも呼称される。

 藩主のさらに家臣が抱える家臣団の場合、筆頭者は家老と区別するため用人と呼ばれることが多かったが、藩主と同じように家老と呼ばれている場合もあった。


家老格(かろうかく)

 譜代家臣の家柄ではない、もしくは家老を出せる家柄ではない家の者の中で実力を認められて藩主に登用された者が就く準家老職。厳密には家老ではなく、多くはここからさらに昇進して家老に就任した。家老を出せない家から家老に就任した者は一代家老とも呼ばれる。


用人(ようにん)

 主君の命令を家中に伝達し、庶務を司ることを主たる役目とした藩主側近職。藩主の秘書官であり、幕府でいう側用人にあたる。小藩であるほど地位は高くなり、大藩であるほど地位は低くなった(大藩の場合、所領のある家老の発言力が強くなるため)。有能な者から選ばれることが多い。


馬廻(うままわり)

 戦国時代において、主君の馬の周囲に付き添い、護衛や伝令及び決戦兵力として用いられた職。江戸時代には職制化され、複数の「馬廻組」に分けられた(この馬廻組は各組の組頭が統率していた)。平時にも交代で藩主の護衛を務め、主君の親衛隊的な存在として武士の羨望を浴びていたらしい。武芸に秀でたものが集められた、藩内でも選りすぐりのエリート職で、「武士の華形」とも呼ばれる。小姓などから出世してなることも多い。


小姓(こしょう)

 江戸時代において、主君の身の回りの雑用を担った職。日常生活の庶務だけでなく、謁見の取り次ぎや主君の送迎、儀式の用意なども担当していた。秘密保持の観点から、主に家柄の良い若年の男子が任命される場合が多かったとされる。

 戦国時代の名残で戦場では主君の盾となることもあり、武芸や礼儀作法の修得が必須とされていた。主君の執務時間外や就寝中なども側近として宿直する。給仕なども担当。主君との身体的距離が最も近い役職であるため、主君との信頼関係がなければ務まらない役職であり、数ある側近職の中でも特に重要視された。将来を見据えた若手藩士の育成の場としての側面も強い。

 また、余談ではあるが、戦国時代には主君の男色の相手を務めることも多かった模様。


右筆(ゆうひつ)

 文書等を作成する藩の文官。事務官僚としての役割を担う。江戸時代では、藩主などの上位武士層は右筆が作った文書に署名・花押のみを行うのが一般的だった。右筆にどれほど任せるかは個人差があり、公私問わず大半が自筆の者、公文書は任せるが私事の手紙は自ら書く者、署名・花押まで全て右筆に任せてしまう者などがあった。


藩医(はんい)

 各藩に仕えた医師のことであり、藩主やその家族・藩の重臣の診療を担当する役割を担う。藩医は公的な藩の役職として武士の身分を持つことが多く、世襲される士席医師と、下級武士または民間出身の軽輩医師が存在していた。内科(「本道」と呼ばれる)と外科や眼科、歯科、鍼灸などの「雑科」に分けられ、それぞれの専門分野で藩内医療を支えていたとされる。


番方(ばんがた)

 主君のいる居城内の警備に加え、藩領要地の巡回警備や災害時の対応などにも関わった藩の常備軍。先述の馬廻に比べると職の格はやや低く、番方に属した番士たちの昇進の道は限られていたとされる。

 番頭1名を頂点とする複数の「備」で成り立つ組織構造をしており、この「備」の配下も複数の「組(組頭が率いる)」に分けられていた。番頭は大番頭と呼ばれる職が統括し、この大番頭が番方筆頭として番士全体を取りまとめる。番方には、番士以外にも与力・足軽などといった臨時の藩兵なども付属した。

 戦国時代には番士達の使用する甲冑や旗指物の色を統一する「色備え」が一部で行われ、所属する勢力の視覚化も行われた。


町方(まちがた)

 藩領内の都市部(つまりは城下町など)の行政を担当。町奉行が統率。


地方(じがた)郡方(こおりがた))】

 藩主に代わって徴税・司法・軍事などを郡レベルの広い範囲で担当した職。配下に多くいる代官が実質的な徴税・司法などを担当していた。


寺社方(じしゃがた)

 藩領内における宗教統率機関。寺社の領地・建造物・構成員の揉め事の仲裁などを担当した。祭祀奉行(さいしぶぎょう)とも呼ばれる。


作事方(さくじがた)

 石垣の修繕などの土木関係の諸業務や上水道の管理などを司る職。修繕現場に出張し、現場を監督した。作事奉行は主に新たに作る現場を、普請奉行は修繕現場を担当。


勘定方(かんじょうがた)

 藩領内における財政を担当し税の徴収等の諸業務を行う部署。筆頭は勘定奉行。藩主の政策決定などにも資金面で参与した。


評定方(ひょうじょうがた)

 藩領内における司法を担当した部署。寺社奉行、町奉行、勘定奉行を代表者として構成され、他に裁判官として大目付や老中などの上級役人が参加していた。合議制の司法機関であり、間違いがないよう慎重に裁判がなされた。


目付方(めつけがた)

 筆頭格の大目付は、時間に関係なく、藩主に人事や役人の勤務状況について報告することを任務とした。配下は主に「目付」と呼ばれ、藩士を観察する。現在の人事部に相当。地方目付と藩校目付と呼ばれる、通常の目付以外の特殊な目付も管轄した。


地方目付(じがためつけ)

 地方の監視を行う目付。


藩校目付(はんこうめつけ)

 藩校の監視を行う目付。


学頭(がくとう)

 藩校の代表者。今でいう学校長に相当するとされる役職。


留守居(るすい)

 藩主不在時に江戸藩邸に常駐し、他藩の留守居と留守居組合を作って情報交換を行った職。諸藩の外交官のような職として機能した。江戸詰家老指揮下。


中間(ちゅうげん)小者(こもの)

 武士に雇用された農民・町人出身の従者のこと。

 中間は武士達の下働き(荷物持ち、馬の世話、食事など)を主な仕事としていた階層であり、ほとんどは百姓や町人の次男以下がなることが多かった。一時限りの下働きであり、雇用者とは年季契約を行っていたとされる。先述の足軽とは似ている部分も多いが明確に違い、中間はたとえ功績があったとしても平士といった武士身分に上がることは許されなかった。

 一方の小者はというともっと酷く、雇用形態すらも正規ではなく非正規、今でいうアルバイトのような立ち位置で武士に仕えていた。多くの小者は、別の職業との兼業であったとされる。


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