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☾ 40:なんてこった

 私はリング中央まで進むと、左手を軽く上げグローブタッチを求めた。先日、凛太郎が私にしてくれた、試合開始の挨拶のようなものだ。


 だが、山寺はそれを無視し、グローブを構えたまま鋭い目で私を睨みつけた。


「梨里杏、手を出せ! 好きなように打ってみろ!」


 背中から四方の声が飛ぶ。だが、その声に反応したのは山寺の方だった。


「チッ」


 山寺は舌打ちをし、ジャブを打ちながら私へと詰めてくる。大柄な割に動きは速い。


 軽いパンチは弾き、それ以外はスウェーやダッキングで躱していく。別に山寺を挑発しているわけではない。私はこういう戦い方が好きなのだ。


「山寺! どっちがプロだか分からんぞ! 相手をよく見ろ!」


 リングサイドから心無い言葉が飛ぶ。私はリング上で軽くステップを踏むと、山寺に迫った。


 ここ数日間、ボクシング関連の配信動画でジャブばかり観ていた。きっと、打ち方はなっていないと思う。でも、ジャブの心得のようなものは分かったつもりだ。


 エルデリアの格闘技では無かった、ジャブの概念。私はこれを好きになりつつある。


 見様見真似で覚えたジャブを、山寺に向け連打する。うん、悪くない……イメージ通りに打てている。彼女もジャブを返してくるが、私には全部見える。彼女には悪いが、凛太郎のパンチの方がずっと速かった。


 早くも、山寺の息が荒くなっていく。


 きっとここまで来るのに、彼女も相当な練習を積んできたことだろう。私から目をそらさず、彼女はパンチを放ち続けてくる。彼女とパンチを交わすうち、何故か私は冷静になっていく。

 

 私はここで、彼女を打ち負かしていいのだろうか——


 私の実力を、チートだなんて思ってはいない。誰よりも練習し、誰よりも汗を流してきたつもりだ。だが、何故かそんな想いが私の頭をよぎっていた。


「梨里杏、決めろ!! パンチを打て!!」


 四方の声だ。私はその声に反応するように、山寺のボディに左フックを炸裂させた。


 彼女は放心したような眼差しを私に向けた直後、膝から崩れ落ちた。



***



「ちょっといいか、梨里杏?」


 四方は奥のベンチへと私を誘った。それを聞いた、凛太郎と姫香がニュッと首を出す。『私たちも一緒にいていい?』そうとでも、言いたげな顔をして。


「お前らも聞きたいなら、こい」


 四方は私をベンチに座らせると、その隣に座った。凛太郎と姫香は、邪魔にならないようにか、ベンチの端へそそくさと移動する。


「正直、お前の実力を見誤っていた。——どうして最後、俺が決めろって言ったか分かるか?」


「そ、それはきっと……」


「姫香じゃない。俺は梨里杏に聞いてるんだ。——どうだ、梨里杏?」

 

「山寺さんを……彼女を、ラクにさせてあげたかったからですか?」


「——ああ、そうだ。誰かがヤジを飛ばしたが、本当にどっちがプロなのか分からなくなっていた。あのままお前が決めないと、山寺はずっと晒されることになっていたからな」


 四方はそう言うと、白髪交じりの頭をポリポリと掻いた。


「今はまだまだだが、山寺も良い選手なんだ。正直、俺は良い試合になると思ってた。いや……本音を言うと、梨里杏が勝つかもしれないって思ってはいたが。——凛太郎の動画じゃ、こいつは手を抜いていたからな。まさか、ここまで差があるとは思わなかったんだよ」


「四方さん、確かに俺、最初は手を抜いてました。——でも、最後の方は本気だったんです、俺も」


「ああ……本当に、最後の最後だけな」


 四方はそう言うと、何かに気付いたように私に振り向いた。


「おい、梨里杏。もしかして、凛太郎への最後のパンチ……アゴをかすめたのは、わざとなのか……?」


 申し訳無さそうに私が頷くと、四方は「なんてこった」とため息をついた。

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