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☾ 38:目指すモノ

◤ ちょうど地球でも、入れ替わってから一ヶ月が経とうとしていた。梨里杏が新たに目指すものとは…… ◢


「梨里杏、あなたがこっちに来てちょうど一ヶ月ね」


 お母さんがカレンダーを見てそう言った。


「ほんとだ。じゃ、二十歳とちょうど一ヶ月ってところか。なんか、あっという間だったな」


 たった一ヶ月。されど一ヶ月。


 私はこの短期間に、色々な経験をした。そしてさらに今日、新たに始まることがある。


「とうとう、今日からだね。——そういや、梨里杏でも緊張したりするの?」


「やだなあ、お母さん。私だって緊張くらいするよ。——じゃ、そろそろ行ってくるね!」


 私は今日から、ボクシングジムに通う。ボクササイズとか、そういう類のボクシングじゃない。


 目指すはプロ、女子プロボクサーになるためだ。



***



「梨里杏! こっちこっち!」


 駅の改札を出ると、凛太郎が手を振ってくれた。今日から通うボクシングジムは、凛太郎も通っていたジムだ。そこの会長に、私を紹介してくれるという。


「どう? 流石の梨里杏も緊張したりするの?」


「もう……やめてよ、お母さんと同じようなこと言うの。緊張くらいするよ、私だって」


 凛太郎は「悪い悪い」と言って笑った。




四方(しかた)さん! 連れてきましたよ!」


 ジムに入ると、全員の視線が私に向いた。挨拶を交わしながら奥へと進む凛太郎に習い、私も頭を下げながら彼についていく。


「おう、この子か。動画は見たよ、ボクシングの基本はなっちゃいないけど、それがまた期待させるじゃないか。俺は、ここの会長をやってる、四方(あきら)だ。お嬢さんは、なんて呼べばいいかな」


「わ、私は桜井梨里杏です。桜井でも梨里杏でも、どちらでも」


「ハハハ、そうか。じゃ、梨里杏って呼ばせて貰おうか。梨里杏は凛太郎とやった時に、すぐに左目のことに気付いたそうだな? あんな短時間で気付くなんてたいしたもんだよ。ところで、格闘技はどんな格闘技を? 空手とも少し違うように感じたんだが」


「え、えーと……子供の頃、小さな道場を開いていたおじさんがいて、そこにずっと通ってたんです……流派とかは私、全然分かって無くて……」


 以前、凛太郎にも同じ質問をされたことがある。凛太郎は「そうなんだ」で終わったけど、四方はどうだろうか……


「ほー……そうか。流派とかが、分からんこともあるんだな。それはさておき、お師匠さんは相当な達人だったんだろうよ。——じゃ、とりあえずは着替えようか。おーい、姫香(ひめか)! 彼女に更衣室を教えてやってくれ」


 姫香という女性はダッシュで駆けてくると、「はいっ!」と朗らかな声を上げた。



***



「見ましたよ! 凛太郎さんとの試合! 私、今日来てくださるの、ホント楽しみにしてたんです! ——あ、そうだ。私、まだ名前言ってなかったですね。四方姫香って言います。私、会長の姪なんです」


 ああ、言われてみれば。クリっとした愛らしい目が、四方に似ているかもしれない。姫香は健康的に日焼けをした、見るからに活発そうな女の子だった。


「私は桜井梨里杏です。今日はよろしくお願いします」


「や、やめてくださいよ、敬語なんて使わなくていいです。私まだ、高3ですし。それより私、梨里杏さんって呼んで大丈夫ですか……?」


「もちろん。これからもよろしく、姫香さん」


 握手をしようと右手を差し出すと、姫香は嬉しそうに両手で握りしめてきた。



***



 着替えを終えて、四方の元へと戻る。四方はリングサイドで、選手に檄を飛ばしていた。


「おう、早かったな。じゃ、とりあえずはウォーミングアップだ。姫香、付き合ってやれ」


「はい! じゃ、梨里杏さん、まずはランニングから始めましょうか!」


 私は姫香に促され、ジムの隅にあるランニング用の機械へと向かった。私は知らなかったが、トレッドミルというちゃんとした名前があるらしい。


 そのトレッドミルで15分のランニングを終えると、今度は念入りなストレッチを行った。私が毎朝行っているストレッチによく似ていることに、少なからず私は嬉しくなった。


「梨里杏さん、流石ですね」


 隣で身体を伸ばしている姫香が言う。


「え? な、なにが?」


「全然息が切れてないし、体幹もしっかりしてる。なかなか、ここまでキレイなストレッチ出来る人はいませんよ」 


 ストレッチにキレイだなんて概念があるんだ……私は今まで、考えたこともなかった。



 ウォーミングアップを終え、再び四方の元へと戻った。休憩中なのか、ベンチに腰を掛けている。


「ランニングもストレッチも見させてもらった。流石、あれだけの動きが出来るだけはあるな。特に、体幹は申し分ない」


 へー……やっぱ、そういうのって見れば分かるんだ。四方も凄いけど、姫香も凄いのかもしれない。


「どのみち、基本は後からみっちり教え込む。まずは、梨里杏のポテンシャルをもっと知りたくなった。姫香、グローブを付けてやれ」


 姫香は少し離れたベンチに私を座らせると、手際よくバンテージを巻き始めた。


「あんな嬉しそうな会長、初めてみましたよ。こんな早いタイミングでグローブを着けさせたことなんて、今までありませんでしたから」


 姫香は小声ながら、嬉しそうにそう言った。

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