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☾ 31:高級焼肉

 ボクシングの試合をしてから5日が経った。私は今、焼肉屋さんへと向かっている。村瀬が奢ってくれると言った、高級焼肉店だ。


「お疲れ、桜井さん!」


 焼肉屋の個室へと案内されると、既に私以外は揃っていた。村瀬と凛太郎、そして知らない女性が村瀬の隣に座っている。


「彼女の(みさき)って言うんだ。確か、桜井さんと同じ歳じゃないかな? 仲良くしてくれたら」


 そう言って、村瀬は岬という彼女を紹介した。私たちは「はじめまして」と互いに挨拶を交わす。


「こないだの試合、凄かったですね! 右のフック、パッコーンって! 私、女子が男子を——」


 隣りに座っている村瀬が、岬の脇腹を肘でつつく。


「やめろよ、対戦相手が隣にいるってのに……」


 そう言われた岬は、慌てて両手で口を抑えた。


「ごっ、ごめんね! 凛太郎くん!」


「ハハハ……大丈夫。気にしないで」


 そう言って凛太郎は苦笑いを浮かべた。


「桜井さん、あれから大学には顔出してないの? ウチにも全然寄ってくれないけど」


「う、うん。今のところ、あの日が最後。大学、もう辞めちゃうかもしれなくて」


「えっ!? な、なんで……?」


 凛太郎が驚いた声を上げた。


「ま、まあ、色々あって……」


 凛太郎は何故か、寂しそうな表情で「そっか……」と呟いた。



***



「アハハハ!! マジで!? その話、最高じゃん!!」


 凛太郎の昔話に、村瀬が大笑いしている。未成年の凛太郎以外は、お酒のグラスを何杯も空けていた。


「もうー梨里杏ちゃん、マジ可愛い! そんな可愛いのに強いなんてズルいよー、ホントマジで!!」


 お酒が入ってから、岬が私のことを褒めるのは何度目だろうか。


「何言ってんだよ、岬も超可愛いじゃんか!!」


 村瀬のこの返しも、既に何度か聞いている。そんな二人を目の当たりにしているからか、私は酔わないようにと必死で自らを制していた。


「ほらほら、梨里杏ちゃんも飲んで飲んで。——で、どう? ここの焼肉美味いっしょ?」


 いつの間にか、村瀬は梨里杏ちゃんと呼んでいた。それはそうと、この店のオーナーは村瀬の父親だそうだ。ノリも服装もラフな村瀬だが、実は結構なお金持ちらしい。


「うん……正直、めちゃくちゃ美味しい。こんな美味しいお肉、初めて食べたもん……今度、お母さんと友達を連れてこようって思ってるくらい」


「ホント!? それは嬉しいなあ。店に来てくれる時は、俺に連絡入れてよ。大切な友だちが来てくれるって言っておくから。——ちょっと失礼、トイレ行ってくる」


 大切な友だちか……お酒が入ってるのもあるとは思うけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。村瀬がトイレに立つと、岬も「じゃ、私も」と席を離れた。


「そういや俺、なんて呼べばいい? ——そっちのこと」


「そっち……? ああ、私のこと? 梨里杏でいいよ。私は凛太郎って呼べばいい?」


「あ、ああ……もちろん。り……梨里杏か。ハハハ、最初はちょっと照れるな」


 凛太郎はそう言って、頭を掻いた。


 

***



「大丈夫か!?」


「う、うん、ありがとう……」


 足元がふらついた私を、凛太郎が支えてくれた。村瀬の前では失態を見せたくないと踏ん張っていたが、店を出た途端、急に酔いが回ってきた。


 私たちは今、帰宅するため最寄り駅へと歩いている。村瀬と岬は、別の店で飲み直すそうだ。


「一体、何杯飲んだんだ?」


「5……いや、6杯だったかな……ビールは合わなかったけど、梅酒ってのが凄い美味しくって……」


「もしかして、初めて? お酒飲んだの?」


「うん」


 笑顔で答えた私は、またフラフラとよろめいてしまった。再び、凛太郎が私を支えてくれる。


「ここ座ってて、すぐに戻るから。動くなよ」


 近くにあったベンチに私を座らせると、凛太郎はどこかへ行ってしまった。


 フフッ——


 酔ってるからかな……自然と笑みがこぼれる。焼肉、ホントに美味しかった……絶対、お母さんと萌と一緒に行かなきゃ……



「はい、お茶。ちょっとだけ休憩していこう。——ん? スマホ鳴ってるよ」


 凛太郎がコンビニでお茶を買ってきてくれた。スマホを確認すると、萌からメッセージが届いていた。


————————————

ヤバ! めっちゃ美味しそうじゃん!!

もしかして今、凛太郎くんと二軒目だったりして!?

————————————


 お肉の画像を送ったメッセージへの返事だった。凛太郎との二軒目はベンチだって言ったら、萌笑っちゃうだろうな。


「——彼氏から?」


「ん? 違うよ。どうして?」


「いや……凄い嬉しそうな顔してスマホ見てたから」


 ハハハ。私、嬉しそうな顔してたんだ。酔うのって楽しい。なんかフワフワしちゃう……


「凛太郎は……? 彼女いるの?」


「お、俺っ? いないよ。——梨里杏は?」


「フフッ、私も」


 私たちは顔を見合わせて笑った。



 そして、しばらくの沈黙の後、凛太郎が口を開いた。


「また、こうやって会ったり出来る……?」


 私は凛太郎の顔を見て、「うん」と頷いた。


「良かった……大学辞められたら、会う機会減るだろなって思ったから」


 そっか……


 だから、大学辞めるかもって言った時、凛太郎は寂しそうな顔をしてたんだ。

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