表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

☾ 02:地球の方が凄いじゃん!

◤ 所変わって、ここは地球……桜井梨里杏と入れ替わったリリア゠セリュージュは、萌と宿泊する予定だったホテルにいた…… ◢


「すっ、凄いじゃん……」


 私は大きな窓ガラスに手を当て、夜景を見下ろしていた。


「ね、ねえリクス……こっちの世界の方が遅れてるってのは、本当なの? こんな夜景、エルデリアじゃ見たことないんだけど」


「はい。リアノス様は、一部の技術は地球の方が進んでいると仰っていました。ですが、総合力でいえばエルデリアに軍配が上がるかと思います。物を使わずに火を起こし、人を治療することだって出来る。——それは、こちらの人間には出来ないことです」


「それってさ……何の魔法も使えない、私への当てつけで言ってるの? ホント、失礼な子」


 私はそう言って、魔導書リクスをパタンと閉じた。



 それにしても、なんて立派な部屋……


 エルデリアでは貧乏貴族と言われていたセリュージュ家だったが、腐っても貴族。正直、こちらでの生活はそこまで期待をしていなかった。だが、この部屋はどうだ。広い上にとても明るく、全てが高級感に溢れている。極めつけは、どこまでも広がるこの夜景だ。エルデリアに、こんな景色は存在しない。



 二十歳の誕生日を迎えた夜、私はエルデリアから地球へと転送された。


 いや……正しくは転送ではなく、地球にいた梨里杏と入れ替わったというところだろう。父であるリアノスに、私は地球人とのハーフだということを教えられたのは十八歳の時。そして二十歳を迎える夜、地球の梨里杏と入れ替わるという話を聞かされていた。出来れば、顔も声も全く同じだという、梨里杏をひと目見たかったものだ。


 寂しくないのかって?


 さあ、どうだろう……


 魔法が使えて当然のエルデリアで、魔法を使えない私は生きづらい毎日を過ごしていた。だけど、地球では魔法を使えないのが普通だという。ほんの少しだけど、私はこの日が来るのを楽しみにしていたくらいだ。


 ——だけど、お父様は最後まで泣き続けていたっけ。


 時計の針が0時を指すまで、ずっと私に謝っていた。


 でも大丈夫、お父様。私はこっちで、元気に生きていくよ。


 私はそう心に誓い、涙を拭った。



***



「リクス、おはよう」


 私は魔導書を開いて、リクスと朝の挨拶を交わした。 昨晩、夜景を映し出していた大きな窓は、打って変わって雲一つ無い青空を描き出している。


「おはようございます、梨里杏様」


 魔導書リクスは、本が開いている間だけ私と会話が出来る。そして、会話が出来ると同時に、魔導書にもリクスの言葉がつらつらと表記されている。ちなみに、リクスの声は私にしか聞こえない。


「なによ、その字。名前が漢字になってるけど」


「こちらの世界ではリリア様ではなく、梨里杏様です。細かいことですが、大事なことです」


「ふーん。——っていうか、そろそろお母様に挨拶にいかないとね。お母様の部屋はどこにあるの?」


「梨里杏様は勘違いされているようですが、この場所は実家ではなく、宿場(しゅくば)です。しばらくでチェックアウトしなくてはなりません」


「なっ、なに? マジなの、それ?」


 私の質問に、リクスは紐状のしおりであるスピンをコクリと下げた。


「もしかして、二十歳の誕生日を祝うために、地球の梨里杏はここに泊まってたってこと!? しかも一人で!?」


「どうやら、そのようです。——さあ、出る準備をしましょう。出るのが遅れると、追加料金が掛かるようです。今の私たちは、こちらのお金を持ち合わせていません」


 私はしぶしぶ荷物をまとめると、この豪華な宿場を後にした。



 街を行き交うのは馬車ではなく、車輪のついた鉄の塊。自動車というやつらしい。その自動車は長い列をなして、少しずつ少しずつ前進を続けている。自動車は早く移動するためのものだと思うのだが、これが正しい使い方なのだろうか? エルデリアでは経験したことのない人混みの中、私はお母様が住む実家へと歩いている。


「——ねえ、リクス。さっきから私を見てヒソヒソ話してる人たち、何て言ってるか分かる?」


「読心術を試みます。しばらくお待ちください。————『ねえねえ、変わったコスプレしてるね、あの人。にしても、クオリティめっちゃ高くない!?』『顔もかわいいし、案外有名人かもよ!?』と、申しております」


「コ、コスプレってどういう意味?」


「コスプレとは、架空の漫画やお話のキャラクターに扮装することだそうです」


 私は頬を赤らめ、うつむいてしまった。可愛いと言われたことに照れたのもあるが、やはり私の衣装はこちらでは普通ではないようだ。


 お父様、この服装なら地球でも浮かないって言ったよね……



 その時——


 進行方向の人集りから悲鳴が上がった。何かあったのだろうか。


「どうやらケンカのようです。男同士、一対一です」


「ほんと、アンタってどこからでも見えるのね。——で、状況はどんな感じ?」


「赤い服の男が、青い服の男を一方的に追い詰めています。後者は防戦一方、前者からは強い殺気が感じられます」


 人混みをかき分け二人に近づくと、青い服の男が蹴り飛ばされた瞬間だった。地面に尻もちをついた男は後退りをするが、赤い服の男はジリジリと彼を追い詰めていく。


「赤い服の男が巨漢だからでしょうか。誰も止めないとは、地球の男たちにはガッカリ——」


 私はパタンとリクスを閉じて、男の前に立ちはだかった。


「もう勝負はついてる。下手したら彼を殺すかもしれないよ。それくらいにしておきなさい」


「——あ? なんだお前……? 俺は今、ブッチブチにキレてんだよ……女だからって、殴られねえと思ってんじゃねえだろうな? 邪魔だからどけよ、コスプレ女っ!!」


 コッ、コスプレ女……


「もっ、もし彼を殺してしまうようなことがあったら、彼もアンタも不幸に——」


 私が話している途中に、赤い服の男は殴りかかってきた。


 え? ……なに?


 超、遅いんですけど……!?


 青い服の男は、こんなのも避けられなかったわけ?


 パンチを軽く躱すと、今度は蹴りを繰り出してきた。いや、私から言わせれば、こんなものは蹴りではない。もし彼が格闘技を身につけているのだとしたら、地球の格闘技は相当にレベルが低い。


「こっ、こいつ!! フラフラと逃げ回りやがって!!」


 今度は掴みかかろうと、赤い服の男が突進してくる。


 私はその場でかがみ込むと、男の顎下に掌底(しょうてい)を叩き込んだ。


 次の瞬間、男の体は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ