☾ 16:魔法の代償
「そ、そんな魔法を使っちゃって、大丈夫だったんですか……? 悪いことはなにも起きなかったんですか……?」
「いいえ、やはり起きたわ……でもね、私はもちろん、リアノスも最初は気付いてなかったの」
地球にやってきた頃のお父様は、何かが起こるかもしれないとビクビクしていたそうだ。だが、何も起こらないまま、一年が過ぎ、そして二年が過ぎた頃……
「対の世界を知った魔法書があるって言ったでしょ? ある日のこと、リアノスは何気にその魔法書に再び目を通したそうなの。するとね、不思議なことに内容が変わっていたらしくて」
「ちょ、ちょっと待って! 魔法書の内容って、中身が勝手に更新されるんですか!?」
「ええ……魔法書の種類によっては、そんなものもあるみたい。それでね、変わっていた箇所というのが、エルデリアと地球との距離。お互いが対の位置にあるはずなのに、何故か接近していたらしくて。ゲートを繋いだリアノスの魔法が原因だって言っていたわ」
「そ、そのまま近づいていくと、どうなるんですか……?」
「——二つの世界は衝突し、どちらも消えて無くなってしまうの」
それを聞いた萌は「ひっ!」と声を上げて、両手で口を覆った。
「だから、リアノスはゲートを閉じることを決めたわ。そうすることによって、二つの世界はまた正しい位置に戻っていくだろうって」
「それで、二人は別れることになったんですね……」
「そう……だけどね、その時の私のお腹の中には、梨里杏がいたの。リアノスは、絶対にこの子を見たいって。出来ることなら、一緒に生きていきたいって。——リアノスってば、我儘よね。自分が使った魔法のせいで、こんなことになったっていうのに……」
お母さんはそう言って、ため息をついた。確かに、お父様が魔法を使っていなければ、お母さんは全く別の人生を歩んでいたことだろう。もちろん、私だってこの世に生まれていない。
「——コーヒーのお代わり入れようか。熱いの持ってくるね」
重たい話が続いたからか、お母さんはそう言って席を立った。萌も力が入っていたのか、「ふうー」と大きく息をつく。
「そういえばさ……あっちの梨里杏とあなたは双子なの? そっくりってレベルを通り越して、全く同じ人間にしか見えないんだけど。青っぽい目の色だったり、右目尻のほくろだったり」
「多分……そろそろ、その話が出てくるんじゃないかな。もしかすると、今までお母さんが話したことで、一番ビックリするかもしれないよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 今でさえビックリの連続なのに、これ以上の話があるっていうの!?」
「ちょ、ちょっと、どうしたの萌ちゃん、大声なんて出して」
「あ……ごめんなさい、これ以上にビックリする話があるって、梨里杏が言うから……」
「あー……生まれてくる梨里杏のことね。——じゃ、そこから始めましょうか」
お母さんは、熱いコーヒーが入ったマグカップを私たちの前に置いた。
***
「さっきも言ったけど、リアノスはなんとかして、梨里杏をエルデリアで育てたかったみたい。『梨奈以外に愛せる人は二度と現れない。だから、梨里杏は最初で最後の私の子だ』なんて言ってね。——そういえば、その後のリアノスはどうだった? 私の他に、いい人は現れなかったの?」
「うん、そうだね。相変わらず、魔法書ばかり読んでいたよ。女の人には目もくれないから、魔法界の変態なんて呼ばれてたくらい」
私がそう言うと、萌とお母さんはクスッと笑った。
「私から梨里杏を取り上げる選択肢はない、でも彼も梨里杏を育てたい。そこでまた彼は、とんでもない魔法を使いたいって言い出したのよ」
萌がゴクリと息を呑む。
「二十四時間だけ、私を分身させる魔法を使いたいって——」
萌は、「なにそれっ!!」と大声を上げた。
「病院で破水してまもなく、彼はその魔法を私にかけた。本当に分身してしまった私は、互いの顔を見合わせたわ。きっとどちらも自分が本物だと思ってる、そんな顔をしてね。リアノスも私たちを交互に見て、頭を抱えたの。魔法をかけた本人でさえ、どちらが本物か分からなかったみたいだから」
「それで……一人は地球の病院に残り、もう一人は行ったんだよね、エルデリアに」
「そう。私はリアノスに抱かれて、初めてエルデリアへのゲートをくぐったの。着いた先は、リアノスの部屋。その部屋には既に、いつでも出産出来る準備が整っていた。一人の産婆さんと一緒にね」
「だっ、大丈夫なんですか? エルデリアの人に、梨奈さんのことがバレても?」
「ううん、それは絶対にダメなこと。エルデリアで禁忌の魔法を使うってことは、極刑に値するの。だから、何年もセリュージュ家に仕えている、信頼のおける人に産婆を頼んだって言ってたわ。確か、ノラさんって名前だったと思う。——そこで、五時間後だったかな。梨里杏が産まれたのは」
「せっかくエルデリアに行ったのに、滞在したのはお父様の部屋だけなんだよね?」
「そうね……絶対に見つかっちゃいけないってのもあったけど、どのみち体を動かせるような状態でもなかったから。——そして、分身してから二十四時間が経った。だけど、私の身体は消えなかったの。本体は私で、分身は地球にいたほうだったのよ」
萌は、今日何度目かの悲鳴を上げた。




