ろし 〜登場人物全員イカれてる話〜
「こんにちは。」
「やあ、こんにちは。」
全身が赤いタイツの男は大学の講義で、青いタイツの男の隣に座った。
「今日は良い天気ですね。しかし、構内のツバメが低い位置を飛んでいる。午後には雨が降るかもしれませんね。」
「そうですか。私は生憎傘を持っていません。ところで、その席には後で私の友達が座る予定なのです。場所取りのために荷物を置いておいたのですが、今はあなたの臀部の下に敷かれています。」
「なるほど、この箱は場所取りのために置いてあったのですね。これはこれは、いけないことをしました。」
赤い男はそう言いつつも、席からは動かなかった。周囲には唯ならぬ雰囲気が漂う。
「にしても美しい箱ですね。この箱には何が入っているのでしょうか。」
「その箱には、友達にあげる予定のティラミスが入っています。今はあなたの臀部に敷かれているため、形は崩れてしまいましたが。」
「なるほど。通りで黒い液体が滴っているわけです。重ねて、本当に申し訳ないことをしました。」
「いえいえ、いいんですよ。後で友達と一緒に三人で頂きましょう。」
「それはいいですね。しかし、私のような無礼な人間が、この美しいティラミスを頂いていいわけがない。お気持ちだけ頂戴しましょう。」
「いえいえ、気にしないで下さい。友達もきっと歓迎してくれますよ。」
「そうですか。それはそれは、本当にありがとうございます。ところで、私の友達も一人来るのですが、彼もご一緒でも宜しいでしょうか。」
「それはそれは、とても素晴らしい。大歓迎です。四人で頂きましょう。」
しばらく二人は見つめ合った。するとそこに、二人の男が来た。一人は赤い男の友人、もう一人は青い男の友人だ。それぞれ、緑のタイツと黄色のタイツを身につけている。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「やあ、こんにちは。」
「やあ、こんにちは。」
二人の友人は、それぞれ席に座った。
席に座ったといっても、黄色の男は赤い男の膝の上に、緑の男は青い男の膝の上に座った。
「おや、先客がいたのですね。これはこれは、申し訳ないことをしました。」
黄色の男は、自分の下にいる赤い男に謝罪をする。
「いえ、いいんですよ。元々はあなたの席だったのです。そういえば青い男さん。」
「なんですか。」
青い男は緑の男を乗せながら、聞き返した。
「四人でティラミスを頂きましょう。」
「あぁ、そうですね。」
「しかし、これですとティラミスの箱を開けることができませんね。」
「いえいえ、滴っている黒い液体だけでも十分です。気持ちさえあれば、たとえどんな状態でも美味しく頂けるものですよ。」
「なるほど。あなたの思想はとても素晴らしく、美しいです。」
意見が一致した四人は、箱から少しずつ滴る黒い液体を指先で掬い取り、自らの身体に塗りたくった。
「あぁ……、青い男さん。とても気持ちがいいです。私という赤が、ティラミスの黒によって上書きされていく様は、とても素晴らしく、とても美しく、とても気持ちがいい。」
赤い男の身体はティラミスの黒に染まっていった。
「そうですね。ほら、緑の男さん。あなたにももっと塗ってあげますよ。」
「あぁ……、ありがとうございます。眼球、頚椎、人中、顎、眉間、溝落ち、人体の弱点であるはずの場所に無神経に侵入してくるティラミスの黒は、私の足りない部分を埋め尽くすようで、とても気持ちがいいです。」
赤い男も、黄色の男の身体にティラミスを塗ってあげた。
「あぁ、赤い男さん。あなたは人間においての欠陥を知っていますか? それは、飽きるということです。人間は飽きる故に成し遂げられない。しかし、この全てを埋め尽くす黒は飽きがない。私はこのまま、飽きが存在しない世界で終焉を迎えたい。」
「そうですね。私も同じ意見です。」
四人の男は、全身を黒に染めた。
しかし、もっとティラミスを味わいたくて、男たちはさらにティラミスを身体に塗った。終わることのない快楽に身を包まれ、幾度となく黒を上書きして、上塗りして。……
そしてとうとう、ティラミスの上塗りで膨れ上がった体積は、四人の身体を一つの生物のように合体させていた。
「あぁ……、素晴らしい。私たちはついに成し遂げたのです。」
「そうですね、赤い男さん。皆さんとともにこの境地に辿り着けたことがとても嬉しいです。」
「いえいえ、赤い男さん、青い男さん、緑の男さん。皆さん、これで終わりではありませんよ。きっとこの先にも新たな境地があるかもしれません。人間は探究を続けることで、成長することができるのです。」
「そうですね、黄色い男さん。あぁ……、気持ちいい。」
「気持ちいい。」
「気持ちいい。」
「気持ちいい。」
「とても、……気持ちがいい。」
四人は絶頂した。