ツバメの溜め息
いつものように愛らしいツバメは小さく溜め息をついたあと、手紙には書かれていないことを話し出す。彼女はオリヴァーの魔力で作ったツバメがこんなにおしゃべりなことは知らないだろう。
どんなに楽しいことでも、まずは小さな溜め息で始まる。あどけなさを残す少女が奮闘してくれていることに申し訳なさを抱えながら何年も経っていた。釣書の妻の姿で想像していたのだが、その日ツバメが呟いたことに心臓が跳ねた。
もうすぐ20歳になるのだと、そう言った。
王城に与えられた一室で、オリヴァーは頭を抱えた。
もう、十代ではない。釣書の少女ではないのだ。
本来、書類上の夫婦であっても2年間文字通りの白い結婚を続けたならば、離婚を申し立てることができる。それをしなかったのは、領主代理としての役目を十二分に果たしてくれていた上に、一切離婚については申し出がなかったからだ。これをいいことにこれまで今後のことなど忙しさにかまけて、考えてもいなかった。
後日、皇太子となった主、第三王子アルバートに、このことを話すと、面白そうに提案をしてきたのだ。
悩んでいるならいっそのこと会って決めろ、と。
しかしながら、第三王子が信頼を置いている者は少ない。慎重に人を見極めなければ、国王陛下の二の舞いになる可能性もある。そのために、護衛の騎士もなかなか増えない。やっと、交代で休みを作れるようになったばかりで、まとまった休みは難しい。
領地までは海路を使うのが最速だが、日帰りできる距離ではない。しかし、現状王都を離れられない。
考え抜いた結果、社交シーズンの終わりに王都で会う、というものだ。王都の外れに小さな邸を所有している。休日に帰る程度だったが、これを機に手入れすれば、問題ないだろう。
オリヴァーはそこまで考えてから、手紙を書いた。
溜め息をついたツバメに少しの魔力を分けて窓の外に飛ばす。
月明りにしばらく照らされて、そのうち夜闇にとけていった。
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シュヴァルツ領でいつものようにツバメを迎えたアリシアは、受け取った手紙を見て驚愕した。
それは、謝罪と王都で待っているという内容だった。
受け取ったのは早朝。眠気は一気に吹き飛んだ。
おそらく、最後に会おうということだろう。
もう、社交シーズンは始まっている。身一つで来るように書いてはいるがある程度の準備は必要だろう。ドレスだけは今からではとてもではないが間に合わない。
アリシアは昨日食べたご馳走に後悔する。
あれを食べなければ、もう少しだけコルセットもきつくなかったかもしれない。
りんごのパイにハーブで香り付けされたローストチキンと好物ばかりが並び、誕生日だからと葡萄酒も飲んで使用人たちも一緒になって盛り上がり、人が多い分食事もすすんだ。
毎年の恒例行事である。
アリシアは、着るつもりでいた普段着の落ち着いた色合いで活動しやすいデイドレスをやめ、続き部屋になっている衣装室から少女時代のドレスを取り出す。
侍女長であるミラと専属メイドのソフィーが、顔を洗うためのお湯を入れた洗面器とお茶を持ってきた。
「おはようございます。今日はそちらにお召し替えですか。」
ミラが、お茶の準備をしながらそう問いかける。
「少し、気合を入れようかと」
2人が話している間にソフィーはベッドに腰掛けたアリシアの前に洗面器を用意した。
「成長に合わせた衣服を作ることは、贅沢ではありませんよ。二人の子供と坊っちゃんを育てた私が言うのですから間違いありません。」
若く見えるが、もうすぐ五十になるのだというミラは若い時から侯爵邸に勤め、先代侯爵の許可を得て二人の子供を現侯爵と一緒に面倒を見て育て上げたという実績を持っている。
「それでも、今期の社交シーズンには間に合わないわ。こんなことなら昨日のご馳走を我慢すればよかったと後悔していたところなの。ああ、でも、あの皮付きのりんごがゴロゴロ入ったりんごのパイとパリパリの皮のローストチキンをあの場で我慢できるはずもないでしょう?」
「私の夫の料理を我慢できるわけはないので、諦めてください。そもそも奥様は普段から気にしすぎなのです。同じ背丈でも大人と子供が同じ体型なわけがないのですから。」
言いながら顔を洗い終わったアリシアの着付けにとりかかる。ソフィーがいつの間にか準備をすすめていた。
しかし、着せられたのは先に準備していたデイドレスだった。
「これを機会にして、ドレスを沢山王都で仕立てましょう。持っていくのは旅路に必要な衣類だけです。あとはお土産などで、荷物は必要最低限です。」
ミラはそう宣言をして、執事のガリオンのもとに打ち合わせに行ってしまった。最低でも一週間は準備にかかる。大急ぎで留守の準備を整えなければならない。
アリシアは改めて、深呼吸をして、窓のそばで可愛らしく待つツバメを見やった。
「ねえ、ツバメさん。少しだけ待ってね」
アリシアは急いで手紙を書くため、書斎の机に向かった。




