雑用係と騎士
ここは森の中の寂れた神殿。石造りで蔦が絡みついている。先日まで、大型の迷宮がこの地下にあった。そこから魔物が湧き出して、周辺の人たちはこの地を見捨てるしかなかった。
荒れ果てていたが、国教の男神と女神が描かれたステンドグラスは美しいままだ。一部が壊れた神々の像が痛々しい姿で並べられている。
祈りを捧げるのは聖女。
日に焼けない白い肌、白銀の髪。
銀色の瞳は祭壇の後ろのステンドグラスから入り込む明かりで、何色にも見える。
お仕えする聖女の美しさは例えようもない。
ハラグは聖女レイチェルが大好きだった。もはや、信仰に近いのではないかと思う。レイチェルが微笑んでいてくれれば、自分がどれだけよくある茶色の髪でも、個性とは程遠い凡庸な茶色の瞳でも気にならない。
荒れ果てた神殿でも浴室は狭さのせいか無事だった。
井戸は枯れていたが、魔法師にお湯を出してもらい浴室は掃除した。地下の迷宮はスライムの巣と化していたため、全身ドロドロだった。聖女の浄化で綺麗になったが、まだなんだか気持ちが悪い気がする。それは勇者一行同じ思いだったらしく、疲れている中精一杯の協力をしてくれた。
きれいになった浴室はレイチェルとハラグが先に使えることになった。ハラグはレイチェルの着替えを手伝おうと、胸元を留めているリボンを解こうとする。
「ハラグ、自分のことは自分でできますよ」
レイチェルはハラグを細く柔らかな手で撫でる。
15歳にもなって気恥ずかしいのだが、やめてほしいとは言えなかった。
「いいえ、これは私に任された仕事なのですから」
鼻息を荒くしながら旅装を脱がせ、世話を焼いていった。
ハラグは本来、王城の下級メイドとして働いていた。それなのにある日突然、勇者一行の補助担当として任命された。
それは、ハラグが『空間収納』という珍しい固有魔法を持っていたからだ。空間に収納したものはそのままの状態が維持でき、かなりの量を収納することができる優れものである。
メイドになる際の履歴書に書いた記憶があった。
もちろん、炊事洗濯などの腕や、真面目な性格も評価はされている。
ハラグははりきっていた。
しかし、男ばかりな勇者一行は慣れた様子で自分の支度をしてしまう。貴族とは世話が焼けるものだと思っていたハラグは驚いた。しかも、出立前まで騎士と魔法師の男に関しては同じように世話されていたように見えた。思わず問いただすと「断るほうが大変なことを知ってからはされるがままだ」という。
「レイチェル様は違いますよね?」
レイチェルはややあって目を泳がせ、最終的は頷いた。
以来、レイチェルや勇者一行の美と健康を守るのはハラグの仕事になった。レイチェル専門と言いたいところだが、魔法師であるコニー以外あまり自分の容姿に頓着しない男二人の面倒も仕方ないから口出ししている。
勇者一行の旅は1年ほど続いている。魔王が復活するという遺跡まで行くには幾つかの条件を満たさなければならない。迷宮の踏破であったり、猫探しであったり色々な条件は一つ終えるごとに勇者の剣に新たに刻まれる。
いつ、魔王までたどり着けるのか。
そう思いながらも旅を続けてきた。
今日は、神殿内に雑魚寝である。屋根があるだけありがたい。季節は春なるので夜は少し冷える。ハラグとレイチェルは片隅にテントを張り、寝ていた。夜中ふと目を覚ますと、横にいたはずの人がいない。外へ続く扉をそっと開くとたき火の横の丸太に並んで座る二人がいた。
ひとりは騎士であるオリヴァー、もうひとりはレイチェルである。レイチェルの肩には当然のようにオリヴァーの騎士服が掛けられていた。
腹が立つほどに聖女と並ぶと絵になるこの男は侯爵でもあるらしい。王についで偉いのは勇者と聖女であるためか基本的に敬語で、接し方も丁寧に思える。
今日はオリヴァーが夜の番をしていたのを思い出した。
「どうぞ」
そう言いながらオリヴァーが何か飲み物を手渡す。お礼を言いながら受け取ったレイチェルは、一口飲んで微笑んだ。
「すぐにまた寝ますよ。夢見が悪かったので、少しだけ出てきただけです。」
こんなに、優しくされたのなら恋してしまうのではないだろうか。しかしハラグは騎士には妻がいることを知っていた。むしろ勇者一行の中で知らないものはいない。隠していないどころかたまにのろけている気がする。
「聖女の夢はよく当たります。どんな夢だったのですか?」
「・・・おそらくあれは魔王なのだと思います。」
聖女は、手を温めていたカップの中身を口にする。
「甘い?」
驚いた声に、オリヴァーは自らの手元のカップに目を落としながら微笑む。
「妻が旅立つ前に送ってくれたお茶です。領地の特産品のりんごを乾燥させたものが入っています。茶葉もりんごも食べられますよ」
自分のことのように得意げにそう言うと、ハラグが眠る前に用意した軽食セットから、スプーンを差し出す。レイチェルはそれを受け取り、くるくるとカップをかき混ぜて刻まれたりんごをすくい、口に入れた。
「ハラグ。君の分もあるよ」
ハラグは、中に引っ込もうとしたが、失敗した。
「あら、ハラグ、こちらにいらっしゃいな」
ジトリとオリヴァーをにらみ、すごすごとレイチェルの横に座った。受け取ったカップからお茶を飲むと、じんわりと温まる。りんごだけではなくショウガも入っていたらしい。
「ありがとうございます」
そう言うと、オリヴァーは「どういたしまして」と穏やかに応える。
珍しい黒髪は旅に出た頃よりも随分と伸びていた。オリヴァーとは学生時代からの付き合いだという魔法師が、先日ナイフで自らの手で切ろうとしていたのを止めていたのを見た。特に手入れをしている様子はないが、艶のある髪は羨ましくもある。
身体が温まると眠気が戻ってくる。思わずうつらうつらしていると、手からカップが落ちる感覚がして急に目が覚めた。カップはオリヴァーの大きな手が受け止めていた。
「明日も歩く。レイチェルも君を置いて寝床に戻ったようだ。少し眠ったほうがいい。」
いつの間にか、レイチェルの姿がなくなった。
何の気なしにくせ毛の茶色の髪をいじる。旅の途中で肩ほどの長さに切ってしまった。
オリヴァーは、ただ、焚き火を見つめていた。
彼のその余裕はきっと全てにおいて恵まれているからだ。そして、崇拝するレイチェルまで拐かそうとしている。そう思うと無性に腹が立った。
「わたし、あなたのことが嫌い」
「それでもいい。魔王討伐が終わればもう会うこともないだろう。君は大好きなレイチェル様と国の報奨金で一生困らない生活を送ることができる」
自分は帰らないとでも言いたいのだろうか?
雑談を積極的にする方ではないオリヴァーがここから先の会話を期待しても無駄なことはわかっていた。
ひどいことを言ってしまったお詫びに何か話そうと思った。使命感にかられて、思いもかけない言葉が飛び出した。
「お茶を送ってくれた奥様はどんな方なのですか」
すると、珍しく虚を突かれたような顔をして、続いてみたこともない表情を浮かべる。
それを見て、またハラグは後悔をした。
「会ったことがないんだ。一度も」
涙は流していないのに、どうしてか泣いているように見えた。




