魔法師と騎士
「オリヴァー・シュヴァルツ。騎士科だ。よろしく頼む。」
知っている。
直接会話をしたことはないが、あれだけ目立てば名前くらい覚えている。
コニー・ゲルプはそれほど身長が低いわけではなかったが、やや見上げるほどの身長差はある。
国立学園は騎士科、文官科、魔法科に分かれているが、専攻以外の科の授業に出ていても問題ない。
しかし、今日のような校外学習にまで参加してくる者は珍しい。オリヴァーはその珍しい学生の一人だった。
この国では珍しい黒髪に、黒の瞳。その黒髪も短く切ってしまっているのが、なんとも惜しい。
コニーは美しいものが好きだった。
その点オリヴァーは及第点だ。
だから、校外学習で2人以上のグループを作らなければならないのに一人だったオリヴァーに声をかけた。
「コニーだ。コニー・ゲルプ。よろしくね、騎士殿」
「オリヴァー・シュヴァルツだ。まだ、騎士ではないし、その呼び名は間違いだ。」
変わり者の侯爵家の跡継ぎ
オリヴァーはそう呼ばれていた。
魔法科だけでなく、文官科の授業まで受けているのだ。
「なら、オリヴァーと呼ぶよ。迷宮に入ったことはあるんだろ?」
手には魔法付与ができる一振りの剣。校外学習なのでと、身軽な装備で臨むものが多い中で、彼は通常迷宮に入る場合の一通りの物を持っているようだった。ちなみに、持ち物や武器は自由に持ち込めることになっている。そこまで難しくないとされる迷宮だが、経験をある程度積めばわかってくる。
迷宮は生き物だ。
いつ、その姿を変えるかわからない。
「ある。領地にも迷宮はあるからな。雪が降るとそこに行くまでに苦労することになるから冬はうちの兵士や魔法師が見回りに行くことになっているし、ここに来てからも騎士科の何人かで何度か潜っている。」
一人行こうとしないところも慣れているのだろう。いくら変わり者と言われようが、彼の周りに人が集まるのは少し分かる気がした。
学園の所有する森の中に迷宮はある。
迷宮とは魔物の巣窟である。そこ以外にいないかと言われればそうではなく、共存している。魔物から採取する素材もあるため、重宝されている一方、気性が荒いものも多く、増えすぎるとある程度は生活のため、倒さなければならない。
冒険者ギルドに依頼するが、それを引き受けてくれる冒険者がいるかはわからない。
シュヴァルツ領のような首都から行きにくい場所や、冒険者ギルドの支部がないところは人気がない。よって、それを解決するのは領主の仕事だ。
得意な魔法などを確認したあと、ほかのグループより少し遅れて迷宮に入った。
入り口と出口が違う迷宮のため、一方方向に向かう足跡だけがついていた。
コウモリや蜘蛛などの魔物が多い。
そうなれば、毒を持っているものなどもいるということだ。
と、ずいと横から布が差し出される。見れば同じものでいつの間にかオリヴァーは口を覆っていた。
「ないよりはましだろう」
丁寧に毒や麻痺を防ぐ魔法が付与されているあたり、隙がない。
「有り難く使わせてもらうよ」
コニーは口元を布を受け取り、口を覆った。
あらかた張り切った他の学生が魔物を退治してしまったらしく、数は少ない。
「踏破することが目的だろう?ここまで数を減らさなくてもいいのに」
オリヴァーは魔物の死骸に哀れむような目を向けた。
「魔法科は魔法師だけで迷宮に入ることは危険だと教えられているから、今回が初めての者も多い。加減を知らないんだ。」
コニーが先へと促そうとしたその時、遠くで悲鳴が聞こえた。
やりすぎたのだ。
急に仲間を失うと、攻撃的になる種類がいる。
「急ごう」
オリヴァーはそう言うと、駆け出す。
コニーはなんとかそれについていこうとするが、騎士科で体力使ったあとに文官科も魔法科の講義まで受けている体力オバケにかなうはずもない。
緊急を知らせる小型の魔導具はペンダントの形で、はめ込まれた魔石に少しの魔力を込めれば教師に信号が伝わるになっている。既に複数のペンダントから知らせが届いているはずだ。
コニーも、先程既に信号を出した。
追いつくと、まだオリヴァーは攻め込んでいない。巨大な蜘蛛がその場で巣を作っており、幾人かの生徒を絡め取っていた。
幸いにも毒がある種類ではない。
「どうする」
コニーも馬鹿ではない。考えて行動はできるつもりだ。
場数を踏んでいる者の方が、このような場合の対処は正しく行えるはずだと短く尋ねると、オリヴァーは一振りの剣に魔力を込め始める。
「助けを待てる状況ではない。あの手の魔物は巣に引きずりこんで餌にするんだ。」
それなら随分と今日の食事は潤うだろう。
「コニー、君は土魔法が得意だと言っていたな。」
作戦の提案に了承し、杖を構える。柄の部分に家紋が刻んであるだけの簡素な杖だ。長物の方が扱い易いと言う者もいるが、実戦で機動力に欠けるのは頂けない。腕の半分ほどしかない杖は実は耐久性に富んだ木を使っており、魔力の通りも良いのだ。
巨大蜘蛛は高いところで構えている。
オリヴァーが走り出したところで、蜘蛛はこちらに気付いたようだった。しかし、もう遅い。コニーが作り出した足場を軽々と飛び移っていき、炎をまとった剣で蜘蛛を斬り伏せた。
手負いの蜘蛛が攻撃しようとするのを見計らって、頭を突き刺す。
そこに躊躇いの色も、感情のひとつものせない。
続いて蜘蛛の巣を焼き切ると、捕らえられていた学生達が受け身も取れず落ちていく。
咄嗟に風魔法で受け止めようとしたが、衝撃を緩和する程度しかできなかった。
その間にオリヴァーが蜘蛛を切り裂く。
流れるような動作は、舞のようにも思えるほどだ。
それからすぐに教師たちが駆けつけた。
惨状を見て、生徒の無事を確かめると安堵の溜め息をつく。
この事態は予想外だったらしい。
しばらくは、この迷宮を封鎖し、調査をし直すことをその場で決め、帰還することになった。
後日、校外学習の成績が発表された。
それを見て、騎士科のオリヴァーを除け者にしようとする者は居なくなったが、その後も何かと行動を共にすることになる。
卒業して数年後、勇者一行として再会するとは夢にも思わなかった。
「久し振り」
コニーが微笑むと、「騎士様」になった彼も少しだけ微笑んだ。




