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第1章 8話『ザクセン村の死闘』③

アドバイスをいただいたので、タイトル名を変更しました。

馴染みがあった方、申し訳ありません。

「は――離せってぇぇぇぇぇええええッ!」


 テル・ケルの指から次々と弾丸が放たれ、僕の顔をえぐっていく。

 しかし僕は能力で治癒し、致命傷を避け続ける。


 これほどの魔力の弾丸、いくら魔獣でも無尽蔵には撃てない。

 僕の治癒力とテル・ケルの魔力、どちらが勝るかの耐久勝負だ。


 そして耐久勝負において、オークに勝る種族なんていない。


「ハァ……ハァ……何度撃ったら、死ぬんだよ……」


 僕の全身が自分の血飛沫で染まる頃、テル・ケルは遂に魔弾を止めた。


 呆れにも似た視線を僕へと向ける。


「つーか……お兄さんだって、その見た目じゃ人間に差別されてきたでしょ……? なんで人間なんかの味方するんだよ……意味わかんない……」


「人間なんか……って言うのは差別じゃないの? 僕も、ハジュン様も、差別されてきたからこそ、種族に関係なく、別け隔てなく救うことを生業にしているんだ」


「は? ハジュンも、って――」


 ガクンとテル・ケルの力が抜けて、首を捕まえた状態の僕ごと、背中から地面へと落下していく。


 体力の限界か。


 地面までは十メートル以上。


 このまま落ちれば、いくらサキュバスでも死にかねない。


 にも関わらず、テル・ケルは目をつぶったまま、足掻く様子も見せなかった。


「テル・ケル! 落下してる! 羽ばたかないと死んでしまうよ!」


「……もう、どうでもいいよ。お兄さんみたいな、アタシの能力の天敵がいるってわかったし」


 力のない目で微笑むテル・ケル。


 その目には見覚えがある。僕がその昔、叔父様に命じられるがままに騎士団に入り、人殺しを続けていた頃と同じ。全てが憎く、全てに疲れ、全てを諦めた目だ。


「お兄ちゃんの理想の役に立てないなら……このまま死んじゃいたいよ」


「――バカなことを言うな!」


 力の抜けたテル・ケルの身体を抱き寄せ、自分が彼女より下になるよう、身体を丸めた。


 魔術耐性マナガードで全身の皮膚が焼き付くものの、まだ魔蝕は維持できているから平気だ。


 焼けたそばから回復し、致命傷にはならない。


 このまま落下して僕の身体をクッションにすれば、テル・ケルは無事で済むだろう。


「お、お兄さん、何やってんの?」


 しばらく呆けていたテル・ケルも、僕の行動の意図に気付き、驚きの声をあげた。


「敵を――魔獣をかばうとか何考えてんだよ!? この高さ、いくらオークでも無事で済むワケないじゃん!」


「僕の能力なら、即死しなければ回復できる」


「即死したら終わりってことでしょ!? ハジュンだって大技を使ったばかりで動けないのに! 意味わかんない!」


 僕の捕縛から逃れようとテル・ケルがもがき出す。


 しかし、今ここで脱出させても死ぬだけだから、離しはしない。


 なんとしても、彼女をここで死なせることだけは、食い止めるんだ。


「なんでアタシをかばおうとするの!? 同情してるワケ!? オークなんかに同情されるなら、死んだ方がマシだ!」


「死んだ方がマシなことなんて、あるはずない! 僕はただ、眼の前に苦しんでいるヒトがいるのを、見過ごせないだけだ!」


「苦しんでいる、って……! アタシは苦しめている側でしょうが! 見たでしょ、アタシのペットたちを!」


「ああ、見てたよ。みんな、ちゃんと生きていたね。拷問された様子もなく、元気な姿で」


 僕はこの村に来る時、消えた人たちはみんな死んでいると思っていたけど、テル・ケルに操られた状態ではあるけど、きちんと生きていた。


 もちろん、生きていた方が都合が良いというだけだろう。


 それでも、ペット呼ばわりをしつつも理不尽な傷を負わせていない彼女を、僕は信じたい。


 手を伸ばせば救える命を、見捨てることなんて、できない。


「ハジュン様を倒したいなら、ここはプライドを捨ててでも生き残りなよ!」


「……っ!」


 テル・ケルが抵抗をやめて、僕にキュッと抱きついた。


 地面まで残り僅か。衝撃に備え、背中にありったけの魔力を集める。


 そして、とうとう地面に激突。


 凄まじい衝撃が背中を――――襲わなかった。


 まるで綿にでも飛び込んだような、フワリとした感触がして、周囲の地面が深く、大きくへこんだだけだ。


 そのまましばらく、テル・ケルを抱えたまま地面に仰向けに転がって呆けていたものの、テル・ケルがハッと気付いて、僕から素早く飛び退く。


「アンタ、何をやったの……? これもオークの力?」


「いいや、これは――」


「私が地面の反発力を否定した」


 遠くからハジュン様の声がした。


 見ると、遠くの方でハジュン様が、地面に聖剣を突き立てた状態でニヤリと笑っている。


「反発力さえ無ければ、着地時の衝撃はすべて地面へと逃げていく。私が無理に受け止めるよりも、ずっと安全だろう?」


「お見事です、ハジュン様」


 涼しい顔をしているが、口元には血を拭ったあとがある。


 『否我を照らす光ディナイアル・シャイン』の反動は甚大。

 身動きが取れない中、僕らのために、最大限の努力をしてくれたのだろう。


 ハジュン様の負担にならないよう努力を試みたけれど、また助けられてしまって、心苦しい。

 

 僕は、心優しい自分の主に感謝しつつ、自分の周囲に出来上がった溝から這い上がろうとする。


 ただ、未だに地面の反発力が否定されているためか、指がどんどん土の中に沈んでしまって這い上がれない。


 すると、隣のテル・ケルがパタパタと羽ばたき、僕へと手を差し出した。


「手、貸してあげる。これで貸し借り無しね」


「ありがとう。助かるよ、テル・ケル」


 「……気安く名前を呼ばないで」と呟きつつ、テル・ケルが僕の手を取って飛び上がり、溝の外へと引き上げてくれた。


 ちょうどハジュン様も溝のそばへと歩いてきて、土まみれの僕とテル・ケルを見て、ニッコリと微笑む。

 

「まるで砂遊びに興じた子供のようだな。戦いはここまでにして、風呂にしよう」


「ハァ……!? 何を勝手なことを言ってるの!? まだ戦いは終わってないんだけど!」


 テル・ケルが人差し指をハジュン様に向け、語気を強める。


「否定の能力って反動が凄いんでしょ? アタシの魔弾を止められる元気、もう残ってないんじゃない?」


 そう言ってテル・ケルが指先に魔力を集中させた。


 しかし、魔力は溜まり切らずに霧散していく。

 先ほど僕相手に魔弾を連発したせいで、魔力が残っていないんだ。


「無茶はよせ、テル・ケル。今のお前じゃ私にかすり傷一つ負わせられない」


 ハジュン様がテル・ケルへと歩み寄った。


 それだけで、テル・ケルは身体をビクリと震わせ、後じさる。


 すでに能力の反動は収まり、本来の魔力を発するハジュン様の威圧感は、少女のそれでは無い。


 魔力が枯渇して魔術耐性マナガードも弱まった今、テル・ケルは赤子をひねるより容易く、瞬殺されてしまう。


 その事実を理解しているからこそ、次のハジュン様の口から出た言葉に、テル・ケルは酷く狼狽した。

 

「テル・ケル、力を貸せ。私たちがお前の兄を止めてやる」


「お兄ちゃんを、止める……!? いきなり何を言うの!? ってかてか、そんなことに力を貸すはず無いじゃん!」


「言葉を変えよう。私たちが、お前たち兄妹を救うと言っているんだ」


 そう言ってハジュン様が手を差し出した。

 群青色の瞳で真っ直ぐにテル・ケルを見つめて、力強い言葉で語る。


「ギアとの戦いの最中に叫んだ言葉で、お前たち兄妹が私たちと同様に苦しんでいることはよくわかった。お前たちは、人間を支配したいのではなく、誰かの支配の元で生きたくないんだろう?」


「くっ…………ッ!!」


 テル・ケルが舌打ちをして、うつむいた。


 自分の言葉が的を射ていたのを確信した様子で、ハジュン様が一歩近づく。


「信じてくれ、テル・ケル。私は勇者として、お前たちを救いたいんだ」


「私たちと同様に、って……オークのお兄さんはともかく、勇者が何を言ってるのよ……すべての魔獣の討伐が使命のクセに」


「人間扱いを受けない点では同じさ」


「は……? それって、どういう……」


「見てくれが良いだけで、魔術も用いずに凶悪な能力を使えるのは、勇者も魔獣と変わらないだろう?」


 ハジュン様の言う通り、勇者を魔獣と同一視する人たちは少なくない。


 勇者の力をありがたがる人たちですら、内心では見下していることも多いだろう。


 果たして容姿以外の点で、人外の怪物『魔獣』と人間の希望の象徴『勇者』に、それほど違いがあるのだろうか――。


「テル・ケル、ハジュン様の目的はね、人間や魔人、そして魔獣が争わずに済む世界の実現なんだ。だから魔獣が相手でも、対話も試みずに、理由なく斬り捨てたりはしないんだよ」


「……それじゃあ、まるで人間の敵じゃん。魔獣をかばったことで、人間たちに命を狙われたら終わりだよ?」


いな――終わらない」


 自分から目を背けていたテル・ケルの手を掴み、ハジュン様が言葉を続ける。


「私は世界最強の勇者だ。たとえ世界の全てを敵に回そうとも、理想を貫いてみせる。だから、信じろ」


 にべもなく言い切ったハジュン様の言葉を受けて、テル・ケルがポカンとした。


 勇者と言えば魔獣の敵だと考えるのが、この世界の常識。


 しかしハジュン様は、その常識を否定し、世界を変えようとしている。


 そんな破天荒な彼女だからこそ、僕はどこまでも付いていこうと思えるんだ。


「ハァ……バッカみたい。この世界は魔獣と人間は千年以上も争い続けてるのに……変えられるはず無いじゃん」


いな――変えられる。

 もし変えられないというなら、その現実をも否定してみせるさ」


 ハジュン様がテル・ケルの身体を自分の胸に引き寄せ、青い髪をそっと撫でた。


 撫でられたテル・ケルの目に涙が浮かび、静かに頬を伝っていく。


「本当に……本当に、変えてくれるの? アタシたちが生きていても……傷つけられない世界を、創ってくれる……?」


「私だけじゃない。“私たち”で、共に創っていくんだ」


 無言でうなずき、ハジュン様の胸の中で泣き続けるテル・ケル。


 その姿は外見相応の少女にしか見えず、魔獣とヒトの違いについて、改めて考えさせられてしまう。


 だけど、それは僕やハジュン様が異端の者だからこそ考え及ぶことで、多くのヒトは魔獣の気持ちを考えようだなんて思わない。


 この世界の常識を否定するというのは、魔獣と戦うよりもずっと難しいことなんだ。


「ハジュン様、僕らの手で必ず、テル・ケルの兄を救いましょう」


「ああ。頼りにしているぞ、相棒」


 僕とハジュン様は笑い合い、自分たちの理想のために戦うことを、改めて決意するのだった。

 


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