表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/47

第1章 7話『ザクセン村の死闘』②


 日が傾き、空が赤く染まり始める中、廃村でサキュバス――テル・ケルとの戦闘が始まった。


 まずテル・ケルが指から魔力の弾丸を射出。


 しかし、弾丸はハジュン様の目の前で消滅し、届きはしない。


 ハジュン様に向けられた悪意ある攻撃は、反射的な能力の発動で否定されるんだ。


「へえ……今のが悪名高い勇者の『自動否定オート・ディナイアル』……攻撃が自動で消されるとか、ズルじゃん」


「悪意の無い攻撃ならば通じるぞ? 無垢な心で攻撃してみるといい」


「それサキュバスに言っちゃう~?」


 テル・ケルが指を鳴らすと同時に、周囲の冒険者たちが一斉に僕らへ突っ込んできた。

 

 冒険者だけあって、並の魔獣より動きが読みづらい。

 油断すればやられてしまう。


「ギア、背中は頼んだ」

「任せてください」


 飛びかかってきた冒険者の向ける武器の切っ先を、盾で素早く受け流す。


 ――同時に頭部へ手のひらを当てた。


魔勁ブリッツ!」


 僕の手のひらから放たれた魔力で、冒険者の意識は一瞬で刈り取られていく。


 叔父様直伝の魔力を帯びた打撃『魔勁ブリッツ』。

 術式不要で、頭部に当てれば、確実に失神させられる優れものだ。


 間髪入れず、冒険者たちがハジュン様に飛びかかる。

 その間に飛び込み、斬撃を盾でことごとく受け流し、無防備なアゴへと拳を滑り込ませた。


 それだけで、冒険者たちは意識を遮断され、その場に崩れ落ちる。


 いくらサキュバスの恋惑ラブリーチャーミーで操られていたとしても、脳さえ機能しなければ身動きができない。そして脳の機能を止めたいなら、頭部に強い衝撃を与えてしまうのが最善。


 戦場で不死身のアンデッド族と戦った過去の経験が、活きている。


「あらら、人間のペットって、弱々でほっんと使えな~い」


 空中でテル・ケルがケラケラとせせら笑った。


 地上に降りる様子は無く、魔力の弾を絶え間なくハジュン様に撃ち続けている。


 弾丸に手をかざして否定し、消滅させていくハジュン様。

 本来なら、必殺の一撃で終わらせてしまいたいところだが、周囲の状況がそれを許さない。


「でもでも~、弱々な人間たちが近くに転がってたら、ツヨツヨな勇者の技なんて使えないよね~? ザコを守らなきゃいけない勇者って大変だね~? キャハハハハハッ!」


 テル・ケルの言う通り、ハジュン様の技は強すぎて、周囲の人間たちを死なせてしまう。


 たとえハジュン様の能力でも『死』までは否定できない。

 死なせてしまうことだけは、避けなくちゃいけないんだ。


 テル・ケルはハジュン様の数少ない弱点を、熟知しているのかもしれない。


「テル・ケルめ、よく私のことを研究しているな」


 僕と背中合わせのハジュン様がはずんだ声で語る。


 そっと一瞥すると、その顔は笑っていた。


「だが、“私たち”のことは分かっていないらしい。ギア、ウツクシィーとの戦いでの教訓を、さっそく活かすぞ」


「作戦『旋風』ですね、ハジュン様」


 盾を差し出すと同時に、ハジュン様が盾へと跳び乗る。


 僕は一瞬だけ腰を沈め、上に向かって思い切り盾を振り抜き、ハジュン様を上空へと跳ね飛ばした。


 ハジュン様が宙を舞い――テル・ケルと同じ目線となる。


 空を自在に飛行する相手との戦いなら数日前に経験済み。

 対抗策を考えておくのは、当然のことだ。


「空中なら誰も巻き込まずに済むな」


 不意を突かれたテル・ケルの頬に、冷や汗が滲んだ。

 素早く身を翻し、ハジュン様に背を向けて逃げ出してしまう。


 ハジュン様は慌てる素振りも見せずに、右手を天へと掲げた。

 その手の内に群青色の光が集まって、ハジュン様の身の丈ほどもある巨大な剣を象っていく。


「千を斬りては無情に至り、よろずを斬り捨て未だに無常……

 我は大樹に代わりて――世界を否定する」


 詠唱を終えると同時に、大剣が完全に顕現。


 ハジュン様の身体に宿り、否定の能力を与える聖剣『グラムス=レイブ』だ。


その剣が具現化した途端、周囲の空気が震え、遠くの木々から鳥の群れが飛び立った。


 遥か下の地上にいる僕さえ震えそうなほどの圧力。

 相対するテル・ケルの恐怖は、計り知れない。


「お、落ちろぉーーー!!」


 テル・ケルがハジュン様に向かって、ガムシャラに魔力の弾丸を放射。

 しかし、弾丸はことごとく、ハジュン様に届く前に消滅する。


 聖剣を具現化させた際のハジュン様の能力は、十倍以上。

 素の状態で届かなかった攻撃が通じるはずもない。


 ハジュン様はそよ風でも受けているかのような優雅さで、聖剣を大きく後ろに振りかぶってみせた。


 同時に、聖剣の刀身に群青色の光が帯びていく。茜空の内、光に照らされた部分のみ、夜闇の色に、晴天の色にと、せわしなく変化し続ける。風がピタリと止み、聖剣の発する唸り声のような音だけが、周囲に響き渡る。


 そしてハジュン様が大剣を横一線に振り抜いた。


否我を照らす光ディナイアル・シャイン


 大剣から放たれた群青色の巨大な斬撃が、テル・ケルへと襲い掛かる。


 テル・ケルはたまらず急降下し、回避を試みた。


 ――完全に僕らの作戦通りだ。

 横一線の攻撃を空中で回避しようとすれば、当然、降下せざるを得ない。


 遥か上空にいたテル・ケルとの距離も、これで十数メートル足らず。


 この距離なら、届く。


魔力強化エンチャント――レッグ


 宙のテル・ケルに向かって全力で跳躍した。


 風を切りながら、テル・ケルへと真っ直ぐに向かっていく。


「えっ――」


 僕に気付いたテル・ケルが翼を羽ばたかせ、軌道を変えようとするものの、降下中に急旋回はできない。


 そのまま正面衝突。

 小柄なテル・ケルの身体は衝撃で大きく揺らいだ。


 即座にテル・ケルの首へ魔力強化エンチャントした手を絡め、逃げられないようにする。


 テル・ケルの魔術耐性マナガードで手が燃えそうなほどに熱を帯びたが、強化のおかげで何とか耐えられた。


「キミの負けだ、テル・ケル」


「……ハァ? アタシの作戦は、これからなんだけど?」


 テル・ケルの紫陽花あじさい色の瞳の中に、真っ赤なハート形が輝く。


 その瞬間、脳にシビれるような衝撃が走り、身体の自由が効かなくなる。


「お兄さんが油断して近づいてくれるのを、待ってたんだよ~……アタシの恋惑ラブリーチャーミーは、瞳を見た相手に一番強く作用するからねぇ」


 身体が熱い。テル・ケルが愛おしくてたまらなくなる。

 これが、サキュバスの恋惑ラブリーチャーミーで操られる感覚か。


 今、テル・ケルに命じられれば、どんな悪事だって働いてしまいそうだ。


「さぁ、お兄さん……アタシから手を離して、解放して? そしてアタシと一緒に、あなたのだ~い好きな勇者様を、一緒に殺すの」


 ささやかれた言葉で脳が麻痺。


 意思に関係なく、テル・ケルの命令を全身に伝達していく。


 だから僕は――命令を遮断することにした。


魔蝕エクリプス!」


 全身に魔力がめぐり、体温が急上昇。恋惑の支配から、力ずくで抜け出す。


 自分の首根っこを掴む握力が強まったことに気付き、テル・ケルの顔がサッと青ざめた。


「な――なんでアタシの恋惑ラブリーチャーミーが効かないの!? ワケわかんない! オークの能力って、身体強化と超回復のはずでしょ!?」


 叫びつつ、僕の体重を支えるテル・ケルが徐々に下降していく。


 必死に翼を羽ばたかせているが、男性オーク一人分の重量まで支えられないらしい。


「キミたちサキュバスの恋惑は強力な代わりに、男性にしか通じないんだよね。通じるなら、真っ先にハジュン様を狙っていただろうし」


「そ、それがどうしたのよ!」


「オークの魔蝕イクリプスにも、異性に限定した力があるんだ」


 オークが忌み嫌われる原因は、異常なほどの異性への執念。


 どのような種族とも子供を作ることができ、その能力も異性を蹂躙することに特化している。


 異性の体液さえ摂取すれば無尽蔵な持久力に、致命傷すら治ってしまう回復力、抵抗を強引に突破する腕力と体躯。


 それに、何より恐ろしいのが、異性の能力への耐性。


魔蝕エクリプスの発動中は、体液を摂取した相手のあらゆる能力を無効化できる。キミの恋惑だって、その限りじゃないよ」


「ハァ!? アタシの体液なんて、いつ摂取したワケ!? そんな隙は与えてなかったのに!」


「さっきの出合い頭さ。ハジュン様のおかげで、キミは冷や汗を流していたからね」


「冷や汗……!?」


 そう、先ほどのハジュン様とテル・ケルの応酬で僕が注目していたのは、汗をかくかどうかだ。


 オークの嗅覚によって、冷や汗が流れた瞬間、遥か下の地面からでも把握できた。


 あとは、出合い頭に体液をかすめ取ればいい。

 恋惑さえ通じなければ、サキュバスも、魔力が強いだけの少女になる。


 異性に対して絶対的に有利を取れるのが、忌み嫌われる魔獣『オーク』なんだ。


「降参してくれ、テル・ケル。これ以上、キミを傷つけたくない」


「傷つけたく、ない……? 舐めないでよ、ザコオーク!」


 テル・ケルが僕の額に指を突きつけ、ゼロ距離で魔力の弾丸を放つ。


 弾丸は魔蝕エクリプスで強化された体皮を容易に貫き、額の肉をえぐった。


 激痛と共に血飛沫が顔を濡らす。

 即座に完治するものの、血飛沫は顔に付着したままだ。


「恋惑さえ効かなければ勝てると思った? 次は本気で撃つよ! さっさとアタシから離れなさい!」


「撃ちなよ」


 テル・ケルの首を掴む手に、さらに力を込める。

 その握力の強さに驚いたのか、テル・ケルは目を大きく見開いた。


「キミが何のために戦っているかはわからないけど……僕だって命を懸けてるんだ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ