第1章 4話『美し過ぎる美剣士ウツクシィー』後編
勝負が始まると同時に、空中のウツクシィーさんが勢いよく僕に向かって急降下してきた。
そのまま僕とぶつかるギリギリを通り抜け、すれ違い際に斬撃を放つ。
構えていた盾で防いだものの、威力を殺しきれずに、軽く後ろに吹き飛ばされてしまう。
鎧の重量も乗って、その威力は大型の魔獣を想起させるほど重厚だ。
態勢が整う頃には、すでにウツクシィーさんは空中に戻り、第二波を放とうとしていた。
「オホホホホ! V級の魔獣とも渡り合えるワタクシの剣技、堪能なさいまして? もう降参なさったらどうですの?」
「そうしたいのは山々ですけど……ハジュン様の期待は裏切れませんので」
「その覚悟、お美しい!」
再びウツクシィーさんが降下した。
しかも今度は真っ直ぐではなく、ジグザグに軌道を変えながら迫ってくる。
これでは、斬撃を防ぐことが難しい。
その上、恐らくこのジグザグ飛行は、ただの斬撃ではない。
「我は道を拓く者……風の理よ。我が呼びかけに応えよ。
大樹の根源より流れし息吹を以て――――全てを呑み込む渦となれッ!!」
ウツクシィーさんのまとう風の勢いが増し、激しく渦巻いた。
その勢いのままに、ウツクシィーさんが僕に向かってくる。
まるで意志を持って襲い掛かる小型の竜巻だ。
盾では防ぎ切れないと判断して、僕は横っ飛びをした。
ギリギリ回避に成功――僕が立っていた場所の石畳は深くえぐられ、下の地面が露わとなっている。
直撃すれば、オークの肉体でもひとたまりもない威力だ。
「オホホホホ! これぞワタクシの必殺魔術『讃美渦』ですわ!」
三度空中に飛び上がり、長い前髪を掻き上げるウツクシィーさん。
その表情には自信が満ち溢れ、勝利を確信している。
「勇者様、もうご理解いただけましたでしょう? その庶民とワタクシとでは、実力も育ちも美しさも格が違いますわ。そんな醜い者など放逐し、ワタクシを仲間としてくださいまし」
「美しい……? 街の被害も考えずに大技を使う大バカが、か?」
ハジュン様が幌馬車から降り立ち、先ほどウツクシィーさんがえぐった地面に触れた。
「否――地面はえぐれていない」
ハジュン様の一言で、地面は一瞬で元通りに再生し、元の石畳となった。
「私の考える美しさとは、見目麗しいことでも、派手な魔術を使うことでも、豪華な鎧を身につけることでもない。私の目には、ギアの方がずっと美しく見えるぞ」
「な、なんですってぇ!? そこの雑草庶民の方が、ワタクシより美しい!? ありえませんわ! 絶対に! ありえない!」
顔を真っ赤にして、十字剣をブンブンと振り回してみせるウツクシィーさん。
冷静さを見失っている――好機だ。
「あとは、キミ一人で十分だろう?」
僕にだけ聞こえるように囁き、ウインクをしてハジュン様が幌馬車の中へと戻っていった。
心配をかけてしまって申し訳無い。
買い出しもあるし、次で絶対にケリをつけなくちゃ。
「庶民! 次でトドメを刺してあげますから、覚悟なさい!」
「ええ、終わりにしましょう。遊んでいる暇はありませんので」
「ナ・マ・イ・キィ~~~……!」
ウツクシィーさんが空中から急降下――からのジグザグ飛行。先ほどと同じ攻撃だ。
これは、ただの飛行ではなく詠唱でもある。
小型の竜巻を生み出す魔術は本来、相応に複雑な術式を描かなければ唱えられない。
だから、あの十字剣型の杖で、飛行しながら術式を描いているんだ。
「戦闘中に動きながら術式を描く詠唱技術……見るのは久しぶりです」
「オホホホホ! よくご存知ですわねぇ! ですが! 知っていたところでどうにもなりませんわー!」
高速でジグザグ飛行を続けながら笑うウツクシィーさん。
まだ感情が高ぶっていて、視野が狭くなっているのだろう。
付け入るなら今だ。
「魔力強化――脚」
悟られないよう足に魔力を集めて、隙を伺う。
ウツクシィーさんの速度は鳥をも凌駕し、目で追うのは難しい。
しかし、だからと言って、何もできないというワケじゃない。
「我は道を拓く者……風の理よ。我が呼びかけに応えよ」
目を閉じて、ウツクシィーさんの詠唱の読み上げに耳を澄ます。
まだだ、まだ動いちゃいけない。
『讃美渦』の術式なら、先ほど目に焼き付けた。
そして飛行しながら同じ術式を描くのなら、必然的に同じ軌道をなぞる。
つまり軌道の予想が可能なんだ。
「大樹の根源より流れし息吹を以て――」
今だ――と思うと同時に、盾を構えて一気に右前方に飛び出した。
すると僕の軌道と、ウツクシィーさんの軌道が重なって、正面衝突する形になる。
予想ドンピシャだ。
「全てを呑み込む渦と――ぬぁッ!?」
ウツクシィーさんが事態に気付き、剣を構えようとしたけれど、間に合わない。
最高に速度が乗った状態で僕の盾へと突っ込んでいく。
「なななななんでぇ――」
「魔勁!」
ウツクシィーさんが盾に触れた瞬間、ありったけの魔力を流し込んだ。
盾から放出された魔力にウツクシィーさんは跳ね飛ばされ、石畳へと顔面から突っ込んでいってしまう。
「イヤァーーー止まれないィーーー!?」
自らに降り掛かる惨劇を予想して悲鳴をあげるウツクシィーさん。
マズい――と思って咄嗟に手を伸ばそうとしたけれど、杞憂だった。
ウツクシィーさんの突っ込む先には、ハジュン様の姿が立ってくれている。
「否――止まれる」
ハジュン様の一言で、ウツクシィーさんは空中でピタリと静止。
即座にハジュン様が彼女の身体を受け止め、お姫様抱っこの状態となる。
「私の相棒の強さ……理解できたか、お嬢さん?」
自分より背丈の高いウツクシィーさんを抱えたまま、ハジュン様が涼しげな顔で微笑む。
その群青色の瞳に見つけられると、ウツクシィーさんは赤面し、弱々しい声で「はひぃ……」とか細く答えた。
あっ、オチたな――と思った。
いつもハジュン様にときめく僕だから、よく分かる。
ハジュン様のあの瞳に見つめられると、一瞬で心を掴まれてしまうんだ。
ウツクシィーさんはハジュン様に地面へ下ろされたあとも、真っ赤な顔で呆けていた。
「あの女、まるで魂が抜けたようだが、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。今のうちに馬車小屋に幌馬車を移動させましょう」
ハジュン様と一緒に幌馬車の御者台へと戻って、馬小屋に向かった。
幌馬車を停めて馬小屋から出てくると、平素の調子に戻ったウツクシィーさんが、腕を組んで待ち構えていた。
「ウツクシィーさん、怪我はありませんか?」
「……それが本気で襲いかかったワタクシへ、真っ先に訊ねることですの?」
ウツクシィーさんが溜め息を吐き、僕を指差して続ける。
「勇者様には、赤い兜を常に身に着けた相棒がいると聞いたことがあります。あなたがその相棒……『勇者の盾』ギアフリート・ゼファーですのね?」
「たはは……面と向かって言われると、恥ずかしいですね」
気恥ずかしくて、兜の頬部分を掻きつつ答えた。
「今の戦いで分かったと思いますが、実際はそんな大したヤツじゃないんですよ。魔術の腕前だって半人前ですし、容姿だってあなたのように優れてはいません」
「そうおっしゃる割には、ワタクシに歯向かったじゃありませんの」
「ハジュン様の相棒の座だけは譲れませんから」
そう言い切ると、ウツクシィーさんがキョトンと目を丸くした。
隣のハジュン様はクスッと微笑し、僕の手を握る。
「ウツクシィー、私の相棒はまだ醜く見えるか?」
「……いいえ。迷いの無い忠誠に、必ずやり遂げようとする覚悟。このような美しさもあるのだと、感心いたしましたわ」
「見せかけの美しさもいいが、芯の美しさを私は尊ぶ。もしまだ私の仲間に加わりたい意志があるのなら、内面も磨くといい」
「……返す言葉もありませんわね」
ウツクシィーさんが深く深呼吸をしたあと、腰に吊り下げた十字剣を手に取り、自身の長い前髪を斬り落とした。
露わとなった琥珀色の瞳には、出会った頃よりも覇気に満ちていて鋭い。
斬れたブロンド髪が風に吹かれていく中、十字剣の切っ先を僕に向け、得意げに口角をつり上げた。
「ギアフリート! あなたをワタクシのライバルに任命して差し上げますわ! いずれ必ず、勇者の相棒の座を奪い取りますから、覚悟なさい!」
それだけ言うと、ウツクシィーさんは高笑いをあげながら去っていった。
まさに嵐のような人だ。
でも、潔く敗北を認める辺り、きっと悪い人じゃない。
また機会があれば、ゆっくり彼女の話を聞いてみたいな。
「さて、そろそろ水を買いに行くとしよう。それと、小腹が減ったから何か食べていきたいな」
「この街は燻製で有名だそうだから、燻製料理を食べていきましょうか」
それから僕とハジュン様は、様々な店が連なる街の中心部へと向かった。
すると不思議なことに、道行く店々から親しげに声をかけられていく。
「勇者ハジュン様とギアフリート様ですね。代金はウツクシィーさんが払ってくださるそうなので、ご自由に注文なさってください!」
「ウツクシィー様のご友人ですね! さぁ、どうぞどうぞ!」
「ウツクシィー様のご友人、バンザーイ! バンザーイ!」
……と、こんな調子で代金も払わずに買い物ができてしまうのだ。
きっとウツクシィーさんなりのお詫びなんだろう。
言葉に頼らず行動で示すなんて、『美し過ぎる美剣士』らしい計らいだ。
「では、そこのベーコンとハニーハムをあるだけいただこう。ん? 生ウインナーも美味そうだな……ギア、幌馬車の冷蔵庫で生ウインナーは何日保存できる?」
「長くて五日ですけど、三日以内には食べ終えたいですね」
「では一箱で我慢しよう」
遠慮も迷いも無く食材を注文していくハジュン様の様子に、思わず吹き出した。
ヒトの強さは、戦いだけでなく、普段の行動にも表れる。
僕もウツクシィーさんやハジュン様のように、強いヒトになることを願うのだった。