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第0章 13話『完全燃焼』

 目が覚めると見知らぬ部屋にいた。


 元々僕が住んでいた家と比べると一回り小さく、ベッドとテーブルセットくらいしか家具は置かれていない。テーブルも椅子も、床に釘でしっかりと固定されていて、まるで騎士時代に叔父様に連れて行ってもらった家具の展覧会を想わせた。


 身体を起こしたところで、痛みでたまらず呻いてしまう。

 しかも、兜をつけたまま眠ってしまったのだから、気分は最悪だ。


 手も足も首も顔も、身体中の節々が痛くてあまり動かせない。

 冴えない頭で、昨日の記憶を頑張って思い出してみた。


「ああ、そうか……僕は、ミノタウルスと戦って……」


 勇者ハジュン様に助けられた後、彼女を城まで運んだんだ。

 ヌイにハジュン様を預けてそのまま帰ろうと思ったけれど、僕の家はミノタウルスに家を破壊されていたので、城内に停車していた馬車で眠らせてもらうこととなった。


 勇者様を助けた功績と、本来城には立ち入り禁止である僕の身分とを考慮しての、折衷案といったところだ。

(というかヌイが大臣を脅して馬車への宿泊を認めさせた)。


 僕としては野宿でも良かったのだけど、雨風をしのげるのはありがたい。

 親友の厚意に心から感謝しよう。


「それにしても、スゴい馬車だなぁ……」


 痛みを我慢しつつ立ち上がって、馬車の内部を見渡してみた。

 大柄な僕が寝泊まりしても不自由ない広さの上に、家具付き。


 天井と壁を包むほろは恐らく、防寒性と対魔術性能に優れた魔羊毛ブルーウールで編まれている。

 確か、こういった長旅用の馬車を、帆馬車キャラバンというのだったかな。


「それにしても、魔羊毛ブルーウールってかなり加工が難しいのに、どうやってこの大きさまで編み上げたんだろう……加工法、教えてもらえないかな」


魔羊毛ブルーウールなんて編んでどうするんだ?」


「ヌイの誕生日の贈り物に、魔羊毛ブルーウール布鎧クロスアーマーを考えているんです。

 あの子、防具には本当に無頓着だから、ちょうど良いかなって」


「ときめく返答だ。

 この馬車を造ったイルザに加工法を教えるよう、私から頼んでおこう」


「ありがとうございます、ハジュン様……って、ええ!?」


「おはよう、ギア。よく眠れたかな?」


 いつの間にか、ハジュン様が目の前に立っていた。

 それも、桃色の髪から滴がポタポタと垂らした、全身びしょ濡れの状態で。


「ハ、ハジュン様……? どうして、ここに?」


「ここは私の馬車だ。持ち主が馬車にいて何が悪い」


 勇者様の馬車だったのか。

 どうりで規格外の広さと設備のはずだ、と僕は一人納得した。


「イーゼンブルク城は名城と聞いていたから期待していたんだが……やはり風呂の設備はないか。

 馬車に浴室を造らせておいたのは正解だったよ」


 残念そうに語るハジュン様の白い胸元を、滴が伝っていく。

 その身体は衣服をまとっておらず、タオル一枚で辛うじて隠されていた。


 つまり……ほぼ全裸だ。

 勇者様が今、生まれたままに近い姿で目の前に立っている。


 色々と勇者様に聞いてみたいことがあるのに、全部頭から吹っ飛んだ。


「ハ、ハジュン様! あ、あ、あの、は! はだ! はだ! はだだだ!」


「肌? ああ、美しいだろう?

 自分で言うのもなんだが、この肌は控えめに言っても真珠を思わせる滑らかさで、転生前とは段違いだ。

 ふふ、存分に目の保養とすると良いぞ」


 なんだか僕が褒めたみたいになってますけど違いますハジュン様!

 こうなったら直球で言うしかない。


「は、裸じゃないですかー!?」


「風呂上りだからな。

 何を当たり前のことを叫んでいるんだ、キミは」


 首を傾げられてしまった。

 更にハジュン様は、顔色一つ変えずに僕の隣へと腰かけた。


 濡れた素肌が腕に触れてビクリとしてしまう。


「済まないが、火の魔術で髪を乾かしてもらえるか?

 私は魔術がからっきしなんだ」


「ひ、火の魔術……ですか?」


 心臓が飛び出そうなくらい高鳴っているけど、何とか言葉を返せた。

 緊張のあまり死んでしまいそうだ。


「ああ。普段ならイルザに頼むんだが、彼女は今市場で買い出し中だ。

 髪がいたんでしまう前にお願いしたい。頼むよ、ギア」


 隣でハジュン様が困ったようにはにかんだ。

 憧れの勇者様にこんな風に頼まれて、断れるワケもない。


 僕は昨日から装着しっぱなしだった手袋グローブ型の魔導具ルーターを前にかざし、魔力を手に集中。


 ゆっくりと丁寧に、一番基礎的な詠唱を行った。


「我は道をひらく者。火のことわりよ。

 我が呼び掛けに応えよ」


 手に集中した魔力が弾けるようにして、手の内に火の玉が生まれる。

 その火をパンの生地を伸ばすみたいに、薄い壁状に変形させた。


「こんな感じでいかがでしょうか」


「うん、良い具合だ。キミは器用だな、助かったよ」


 ハジュン様がタオルを身体に巻いたまま立ち上がって、火のそばへと歩み寄る。


「私も炎の一つ二つ、簡単に出せるようになりたいんだが……」


「ハジュン様は魔導具ルーターをお持ちでないのですか?

 この手袋型は戦闘用で扱いが難しいですけど、日常生活に使う簡易魔導具ルーターなら、魔学まがくを修めてなくても使えるかと」


 魔導具ルーターはその名の通り、世界の核『世界樹』から力を引き出すための、通りルートを創る道具。


 通常、創り出す通りルートを詠唱で指定しなければならないが、『炎』や『風』といった固定の通りルートを製作段階で刻み込むことで、誰でも扱える種類も出回っている。


 ただその手の魔導具ルーターは、表面に魔法陣が彫り込む関係上、大きくなりがちだ。


 使用魔術も悟られやすいため、実戦で使われることはほとんどない。


「……私は重度の魔術音痴なんだよ。すぐに魔導具ルーターを壊してしまうから、触らないで欲しいと言われている。

 私だって自分の魔導具ルーターくらい、与えられて然りだと思うけれどな」


 勇者様の意外すぎる一面だった。

 拗ねて自分の頬を指で叩く様子がおかしくて、僕は苦笑する。


「むっ。今私をバカにしたな?

 少しキミの魔導具ルーターで練習させろ」


「ちょ、ちょっと危ないですよ!

 火が燃え移っちゃうから、落ち着いてください!」


いな、危険などない。

 常に成長してこその私だ、勇者の才覚を見せつけてやる」


 掴みかかってきたハジュン様を何とか宥めた。

 ハジュン様は機嫌を直し、僕の操る炎へと身体を晒す。


 万遍なく熱を当てるためか、くるりくるりと、適度に角度を変える様子が愛らしい。

 でも、肌色が多すぎるその光景は僕には刺激が強すぎるので、そっと視線を反らした。


 尊敬の対象にも反応してしまう、自分の中のオークの血が憎い。


「ギア。キミは、昨日湯浴みもせずに眠っただろう?

 そこの奥の扉が浴室に繋がっているから、キミも風呂に入ると良い。生き返るぞ」


「ふ、風呂、って……あの、昔の偉い人たちが入っていたという……アレ、ですか?」


「ああ、そうか。この世界……いや、この国には定着していないのだったな。

 風呂は良いものだぞ。我らが日本人の心だ。なくてはならないものだ」


 うっとりとした様子で語るハジュン様。

 よほど風呂が大好きなようだ。


「私が入った湯はまだ残っているし、すぐに入れるぞ」


「ゆ、勇者様の入った湯に入る!?

 む、無理です、無理無理! 恐れ多すぎます!」


「ん? キミは潔癖症の気があるのか?

 それはすまなかった、気を悪くしないでくれ」


 勇者様の浸かったあとのお湯を浴びるなんて……。

 想像しただけで恐縮のあまり石化してしまいそうだ。


 あとでいつもみたいに、水浴びで済ませてしまおう。

 それにしても、ハジュン様の言葉には聞きなれない単語が多い。


 イーゼンブルク国からよほど離れた地域の出身なのだろうか。


「ところでギア、今後の話をしておきたいのだが良いか?」


 不意にハジュン様に話しかけられた。

 僕の返答を待たずに、ハジュン様の言葉は続く。


「キミを私の下僕とするに当たって、色々と手続きが必要なようでな。

 あのクロゥネゥイという魔人ハーフフェアリーの少女にも協力してもらっているが、なかなかに苦労しているんだ」


「え……? げ、下僕?」

 話が見えない。どういうことだろう。


「あ、あの……順を追って説明していただいてもよろしいですか?」


「ああ、すまない。確かに話が突飛だったな……私の悪い癖だ、反省するよ」


 ハジュン様が申し訳なさそうに頭を下げた。

 勇者様にこんな顔をさせてしまうなんて、逆にこちらが申し訳なくなってしまう。


 しっかりと話を聞いて、彼女の意図を理解していこう。


「僕がハジュン様の下僕になるって、どういうことですか?」


「キミの今後の生涯を私に捧げるということだよ」


 初手で理解の範疇を超えてきた。

 まさか、今後の一生に関わるお話だったなんて。


「そ、それっていつ決まったんですか?」


「昨日のミノタウルスとの戦いのあとだ」


「誰が決めたんですか!?」


「私だよ。私以外の誰がそんなことを決めるんだ?」


 多分……本来なら僕自身だと思います。

 でも、あまりにもハジュン様が自信満々に言うものだから、不安になってきた。


「まぁ話はクロゥネゥイが来てからにしよう。

 彼女も交えて話をした方が円滑だ」


 そこで何やら、焦げ臭い香りが立ち込め始めた。


「あ、ギア、すまない」


 ハジュン様に呼びかけられて、思わず絶句。

 彼女の巻いたタオルに魔術の火が燃え移っていた。


「近づき過ぎた」


「ハ、ハジュン様ぁぁぁぁぁ!?」


 僕はたまらずハジュン様に駆け寄ると、燃えているタオルを剥ぎ取って床に何度も叩きつけてなんとか鎮火させた。


 溜息と共に、脱力して膝をついてしまう。

 危なかった……危うく大火事になるところだ。


 ハジュン様が無事で本当によかった。


「ありがとう。ギア、助かったよ」


 股の方からハジュン様の声がした。

 視線を下げると、両足の間の位置にハジュン様の顔が収まっている。


 そうか、さっきタオルが剥ぎ取った時に転ばせてしまったんだ。


「ご、ごめんなさいハジュン様! す、すぐにどきますので!」


「ああ。すまないが頼む。重たくて少し苦しい。

 それに……くさいぞ。すぐに風呂へ入れ」


 どこうとしたところで気付く。

 今、ハジュン様はタオルまで失っている。


 つまり……全裸だ。

 今は自分の身体で死角になって何も見えない。


 でも立ち上がったら、必然的に色々と見えてしまう。

 僕は完全に身動きをとることができなくなってしまった。


「おい、ギア。この姿勢は苦しいぞ。

 早くどいてくれ。そして風呂に入ってこい」


「は、はい、わかってます! で、でででも! その……」


「むぅ……何をしているんだ。じれったいぞ」


「ギア、おっはよーん!」

 どっこーんと大きな音が鳴り、浴室とは別の扉が開いた。


 扉を押し開いたのは僕のよく知る赤髪の妖精。


「親友のヌイちゃんの登場だ、ぞ……」

 ヌイが僕とハジュン様の方を見て、表情を引きつらせる。


「朝から何してんだ……テメー」


「え?」

 僕とハジュン様の体勢を客観的に考えてみた。


 ハジュン様=全裸。苦しげ。押し倒されている。

 僕=ハジュン様に股を押しつけている。


 完全に誤解される体勢だ。

 ヌイは僕の顔に向けて手のひらをかざし、火の玉を作り始めた。


「せっかくさー……アタシが寝ずに色々と交渉事を引き受けてあげてたってのにさー……

 憧れの勇者様と出会った途端に男の本能剥き出しか、テメーコノヤロー……」


 昔の粗暴な口調に戻って、ぶつぶつと独り言を繰り返すヌイ。


 ヤバい。経験則でわかる。

 完全にキレた時のヌイだ。一番怖い奴だ。


 ここで起死回生の一言を彼女に返せなければ僕は彼女の魔術の餌食になる。

 なんとかしないと……なんとかしないと……


「なぁ、オイ……言い残すことはあるかよ?」


「ご、誤解だよ、ヌイ! 僕が尊敬する勇者様を押し倒すワケないでしょ!?」


「んん……? でもギアってオークだし、男はオオカミだっていうし」


「僕の意気地なさは、親友のキミが一番知ってるじゃないかッ!」


「それもそっか。そっかそっか」


 ヌイが構えを解いて、納得いったように手を打った。

 自分で言ってて悲しくなってきたけど何とか説得できそうだ。


「おい、ギア……早く、入ってきて、くれ……もう我慢、できないぞ」


 ハジュン様の苦しげな声が馬車内に響いた。

 ヌイが震える手で巨大な火の玉を作りだして、大きく振りかぶる。


「ギアのスケベ野郎ーーーーーーーーーーーーっ!」

「誤解だってーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 ヌイの放った爆炎に僕は焼かれた。



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