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第1章 16話『イーゼンブルク家の血』

 闇夜の森の中を何かが駆け抜けてくる。


 木々の間から飛び出し、焚き火に照らし出されたのは、青毛の馬と、その馬に乗る青い髪の男性。


 髪の奥から満月を思わせる美しい金色の瞳が輝き、イーゼンブルク家に代々受け継がれる紺色の鎧をまとった勇姿。


 イーゼンブルク国の第一王子である、ザイン叔父様が馬にまたがって現れた。


「……フン。

 こんなところに居たか、劣等種」


 馬から僕を見下ろして、叔父様が苛立たしげにつぶやいた。


「んぎゃー!? ザイン王子!? 本物!? 本物ですのー!?」


 黄色い悲鳴をあげるウツクシィーさん。

 そんな彼女を睨みつけ、ザイン叔父様が一言告げる。


「醜い声をあげるな……ブスがッ!!」


「ブスッ!? ワワワ、ワタクシが!? ブブブブ――きゅう……」


「ウツクシィー!」


 卒倒したウツクシィーさんの身体をハジュン様が受け止めた。


 あまりの暴言に、脳が耐えきれなかったのかもしれない。

 ザイン叔父様は国内でも有数の女性人気を誇るから、ままあることだ。


 ウツクシィーさんを地面にそっと寝かせるハジュン様をよそに、ザイン叔父様は馬から降り立ち、切れ長の目を細め、僕の全身を値踏みするように観察していく。


「V級のサキュバスと戦ったというから、ボロ雑巾になっていることを期待して駆けつけたが……指一本欠けていないとはな。

 ツマラン……所詮サキュバスなど、淫売に過ぎんか」


 叔父様らしい傲岸不遜なセリフ。


 その言い回しに不慣れなテル・ケルは不機嫌そうに表情を歪ませて、叔父様の顔を覗き込んだ。


「淫売で悪かったねぇ~……その淫売に手玉に取られる屈辱、味わってみたら?」


 妖しく輝くテル・ケルの紫陽花色の瞳。

 サキュバスの能力『恋惑ラブリーチャーミー』で操るつもりか。


 ところが、ザイン叔父様はまるで動じること無く、テル・ケルの首を片手で絞め上げる。


「色仕掛けなら、そこの劣等種ブタにでもしておけ。

 俺様の心には、何人たりとも踏み入ることなどできん」


「うっ――」


 叔父様が手に力を込め、テル・ケルの悲鳴が漏れた。


 マズい――と思ってザイン叔父様を止めようと動き出す。


「テルを離してください!」


 僕より先にティプ・ケルが動いた。


 その手に魔力マナを込めて、ザイン叔父様に拳を振るう。


 いくら肉弾戦が苦手なティプ・ケルでも、彼の尋常ならない魔力マナを込めたなら、相当な威力のはず。


「なんだ、そのカスのような拳は」


 ところが、ザイン叔父様は片手で受け止め、つまらなそうに溜め息を吐いてみせた。


「小僧……肉弾戦は素人だな? 拳とは、こう振るうものだ!」


 受け止めたティプ・ケルの手を跳ね上げ、無防備な腹に拳を叩き込むザイン叔父様。


 その一撃でティプ・ケルが吹き飛び、遥か後方の大木に背中から叩きつけられた。


 僕が魔蝕エクリプスで強化した状態でなんとか破った魔術耐性マナガードも、叔父様には問題にならない。


 魔術すら使わず、魔力マナを込めただけの突きで、必殺の威力だ。


 これがイーゼンブルク最強の魔術師。

 少しは近づけたと思っていたけれど、今の僕とは比較にすらならない。


「俺様に色目を使ったキサマには、もう少し仕置きを加えておく」


 ザイン叔父様が、テル・ケルの首を絞め上げたまま、もう片方の拳を大きく振りかぶった。


 まさか、無防備なテル・ケルを本気で殴る気か?


 テル・ケルは必死に魔力マナを身体に集中させて攻撃を防ごうとしているようだけれど、ずっと叔父様を見てきた僕にはわかる。


 本気の叔父様の拳はどんな防御も通じない。

 まともに受ければ、無事では済まないだろう。


「覚悟はいいか、サキュバスの小娘。せいぜい死なないことを祈るといい」


 ザイン叔父様の拳がテル・ケルに向かって打ち込まれた。


「――やめてください、ザイン叔父様!」


 ザイン叔父様の懐に飛び込み、拳を盾で受け止める。


 あまりの威力で身体が吹き飛ばされそうになるのを、盾を斜めにして威力を横に受け流すことで、ギリギリのところで耐えた。


 幼い頃から受け止めてきたザイン叔父様の拳だ。

 力の流れも、癖も、文字通り、痛いほど理解している。


 衝撃でシビれながらも、痛みで意識が飛びそうにありながらも、盾からは手を離さない――。


「俺様の拳を受け流すとは……相変わらず、忌々しい劣等種だ」


 ザイン叔父様にそう言われて、なんとか拳を受け流せたことに気付いた。


 叔父様が「のけ」と言って僕を軽々と薙ぎ倒し、僕の腹の上へとテル・ケルを乱暴に放り投げる。


 よほど安堵したのか、目に涙を浮かばせて僕の腹にキュッと抱きつくテル・ケル。


 その身体は恐怖からか僅かに震えていた。


「相も変わらず失礼が鎧を着て歩いているような男だな、ザイン王子」


 ハジュン様とザイン叔父様が向き合った。

 国内で最強の魔術師と、勇者様の対峙。

 ただ睨み合っただけで空気が張り詰め、背筋が冷たくなってしまう。


 ハジュン様がいつになく目を鋭くし、叔父様がわざとらしく舌打ちを打つ。


 お互い、相手への嫌悪感を隠そうともしない。


 この二人は初対面の時から、あまりにも相性が悪すぎるんだ。


「ザイン王子、お前は国の防衛のために城に残るという話ではなかったのか?

 だからこそ、私とギアは仲間たちを残し、二人だけで冒険者の失踪騒ぎを調べるという話だったろう?」


「俺様の情報網を舐めるなよ、勇者ハジュン。

 お前たちが冒険者の失踪騒ぎの犯人を見つけ出し、一戦交えたことは把握している」


 そこで、たくさんの馬の足音が聞こえてきて、森の奥からこちらに向かってくる騎兵の姿が見えてきた。


 騎兵たちは叔父様のハンドサインに従い、僕らを包囲してしまう。


 騎兵の数は十五。

 それも、叔父様直属の手練ばかりだ。


 もし逃げ出そうとしても、とてもじゃないが、逃げ切れそうにない。


「怪しいと思って馬を急がせてみれば……始末すべき魔獣と仲良く食事をしているではないか。魔獣と親しくする勇者など、前代未聞だぞ」


 ザイン叔父様は生粋の魔獣嫌いにして、人間主義者。

 街を支配するサキュバスの話なんて聞いたら、街ごと滅ぼしかねない懸念があった。


 だからこそ僕らは叔父様に勘づかれる前に二人だけで街に乗り込み、ティプ・ケルの説得に臨んだんだ。


「勇者ハジュン……魔獣をかばった罪、どう申し開きをするつもりだ? 返答如何では、勇者とて許さんぞ」


 そう言って、ザイン叔父様が腰から下げた長剣を抜いて、ハジュンに切っ先を向けた。


 勘の鋭い叔父様は恐らく、僕らの意図も察している。

 もしここで返答を間違えれば、ティプ・ケルとテル・ケルもろとも、僕らも国賊扱いを受けかねない。


 次に返す一言が重要だ……。


「相変わらず器が小さい男だな」


 ハジュン様が考え得る限り最悪の言葉を返した。


 周囲の騎兵たちが一斉に剣を抜き、ザイン叔父様の握った長剣が振り上げられる。


 ダメだ、完全に怒らせてしまった。


 このままだとハジュン様と僕は、お尋ね者となって、イーゼンブルク国から追放されてしまう――。


「よく考えろ、ザイン王子。ティプ・ケルやテル・ケルのように話し合い、わかり合える魔獣など、この世界にどれほどいる? こんな貴重な人材を、一時の感情で始末して良いのか?」


 ハジュン様の言葉に、今にも振り下ろされそうだった長剣の動きが止まった。


 その様子を見てハジュン様はニヤリと笑い、言葉を続ける。


「勇者の仕事は、世界を平和にすることであって、魔獣を始末することではない。

 広い視野で見て考えれば、ここでティプ・ケルとテル・ケルを殺すよりも、二人と分かり合い、仲間となった方が、ずっと世界のためだと考えたんだよ」


「詭弁だな、結果論に過ぎん。

 そもそも魔獣など口八丁で嘘つきなものだ……口でどう言おうとも、裏切るに決まっているだろう」


いな、この勇者ハジュンが断言する。

 ティプ・ケルも、テル・ケルも、決して裏切りはしない」


「……何を根拠に言っている? 

 裏切られた時に全てを失う覚悟も無しに、軽々しい言葉を振りかざすな」


「覚悟ならある。

 二人が裏切った時には……この首を差し出そう」


 迷いなくそう反論したハジュン様を、ザイン叔父様がじっと見つめる。


 それから、まだ地面に倒れたままの僕を一瞥し、苛立たしげに舌打ちをした。


「付き合いきれんな……我々は城に帰ってイーゼンブルク王に報告し、『魔獣裁判』でサキュバスどもの処分を求める。

 魔獣どもを救いたければ城へ来るがいい」


 それだけ言うと、馬に飛び乗り、ザイン叔父様は騎兵を引き連れて去っていった。


 残された僕は、ハジュン様と共にティプ・ケルやテル・ケルの手当てをしつつ、身内の非礼を心から詫びる。


「ごめんね、みんな……ザイン叔父様も、本当は優しい人なんだけど……」


「嘘はよせ、ギア。

 ヤツがお前にどれほどの理不尽を強いてきたか、忘れたのか?」


 僕の言葉を一蹴するハジュン様。

 その顔はいつになく苛立たしげで、冷静じゃない。


「ところでさ、ところでさ、あのゴリラ王子がギアの叔父さんって本当? 信じられないんだけど!」


 テル・ケルが明るい声で僕に訊ねた。

 きっと雰囲気を明るくしてくれようとしているんだ。


 その気遣いに心の中で感謝しつつ、僕は素直に質問に答える。


「見た目が違いすぎるから信じられないよね。ザイン叔父様は、僕の母さんの弟だよ。母さんはザイン叔父様が幼い頃に、魔獣に連れ去られたそうでね……魔獣の土地から救い出された時には、二人の子供がいたんだ」


「その一人が、ギアだったんですね……」


 ティプ・ケルが腹に巻いた包帯をさすりつつ、悲しげに言った。


 境遇に重ねる部分がある彼には、その後の僕がどう扱われたのか、すでに想像がつくのだろう。


 王族が魔獣にさらわれただけでも一族の汚点。

 更に魔獣の子を産んだともなれば、その扱いは奴隷よりもずっと酷い。


「ティプ・ケルたちは話してくれたし……今度は、僕が過去を話す番かな」


 僕はとうとうと語り出した。


 王族の忌み子として産まれたハーフオークがどんな人生を歩んできたのか。


 そして、如何にして勇者ハジュン様と出会い、救われることができたのかを――。



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