第1章 15話_幕間『ハジュン様は料理ができない』
15話がとても暗いお話になったので、急遽オマケを書き足しました。
本筋に絡まないので、読まなくても大丈夫なお話です。
それは、食事が始まる、少し前――。
野営の準備を終えて、みんなで焚き火を囲んでいた時の出来事。
「さぁ、料理を始めるぞ!」
ハジュン様がナイフを手にしたのを見て、僕は全力で止めた。
「ハジュン様、料理なら僕がやります。
戦いで疲れているでしょうから、休んでいてください」
「否、疲れてなどいない!
疲れているのは何度も能力を使ったキミの方だろう?
おい、ナイフを返せ……! 私は勇者だぞ!」
僕にナイフを取り上げられて不機嫌なハジュン様の様子を見て、テル・ケルが声を出して笑う。
「にゃはは、ハジュンってば子供みたい。
そんなに料理がしたいなら、やらせてあげればいいのに」
「そうだぞ、ギア。私だって成長しているんだ。
肉や野菜の一つや二つ、華麗に切ってみせるさ」
真剣な目でじっと僕を見つめるハジュン様。
ああ……この目には、弱い。
だけど、ハジュン様が料理に挑んで、上手くいった試しが無いから、ここは心を鬼にしないと。
「ティプ・ケル、キミからもギアに言ってやってくれ。
私は、頑張って戦ってくれた相棒に、自分の手料理を食べてさせてやりたいんだよ」
「……ごめんなさい、ギア」
近くで見守っていたティプ・ケルが丸メガネを外して、僕の顔をそっと覗き込んできた。
目と目が合った瞬間、胸の鼓動が高鳴り、「ハジュンさんにナイフを返してあげてください」と耳元で囁かれると、抗えずにナイフを手放してしまう。
これが恋惑に操られる感覚……まさか、この状況で初めて味わうなんて。
「フッフッフッ、よくやってくれたぞ、ティプ・ケル。
これでキミたちのために料理ができる」
「……もうギアが下味つけてくれてるから、あと適当に切るだけじゃん」
テル・ケルのツッコミを無視して、ハジュン様はご機嫌に包丁を振り回しつつ、タレにつけこんだ肉と野菜の壺を、幌馬車から運んできた。
ああ……気分が高揚しすぎて、ナイフの扱いが雑になってる。
もう危ない。どうか、怪我人が出ませんように……。
「ギア、肉は一口大で切ればいいんだったな? どのような形に切ればいい?」
「串焼きにするので、食べやすい大きさなら、どんな形でも大丈夫ですよ」
「完全に理解した」
ハジュン様が壺からタレ付きの肉を一枚取り出して、皿の上に置く。
それから、まるで聖剣のようにナイフを振りかぶった。
「はぁぁぁぁッ!!」
ハジュン様がナイフを横薙ぎに一閃。
次の瞬間、皿の上の肉は網目状に細切れとなって、皿いっぱいに広がった。
「どうだ? これなら食べやすいだろう?」
「は、はい……それは、そうなんですけど……」
テル・ケルが小麦の粒ほどに細かいその肉をスプーンですくい上げ、声を張り上げる。
「いや細かすぎるから! 串にさせないでしょ、この細かさじゃ!」
「……なるほど。盲点だった」
テル・ケルのツッコミに、ハジュン様は目を丸くした。
「え……? まさかハジュン……今の、ボケじゃなくて、本気だったの……?
本気で、この細切れ肉を作り出したの?」
「ハジュン様はいつだって、何事にも本気だよ……テル・ケル」
そう、本気を出して、この有様なんだ。
戦闘だと天才的で、勘も鋭いハジュン様だけど、何故か料理になると、いつも壊滅的な方向に向かっていってしまう。
だから、ナイフを持ってもらいたくなかったんだ。
「ま、まぁまぁ。テル、落ち着いてください。
細切れになったお肉は、パン粉と水を混ぜて寝れば、肉団子にしましょう」
困ったような苦笑いを浮かべつつも、フォローしてくれるティプ・ケル。
あまりにも鮮やかな助け舟に感動する。
僕が目で感謝を示すと、ウインクを返してくれた。
「オホホホホホ!
料理が苦手とは、意外な弱点があったものですわねぇ!
ワタクシが切った、この鮮やかな野菜をご覧あそばせ!」
それまで黙っていたウツクシィーさんが、自分の切った野菜が乗る皿を見せてくれた。
なんと人参に玉ねぎ、ピーマン……用意した野菜が全てバラの花を模した形となっている。
まるで皿の上に色とりどりの花が咲き誇っているかのようだ。
素晴らしい手つきに集中力。
いつも高笑いをあげるウツクシィーさんが、じっと黙り込んで作っていただけのことはあると感じた。
「……串に刺して焼いたら意味なくない?」
テル・ケルが言いつつ、花型野菜の中心に、串焼き用の鉄の串を突き立てる。
それを見たウツクシィーさんが悲鳴をあげた。
「何をしますのー!? せっかくこの美し過ぎる美剣士ウツクシィーさが美しく切りましたのに! 串に刺してしまっては台無しですわ!」
「だ! か! ら! 串に刺す前提で切れっつーの!」
テル・ケルのツッコミが炸裂。
テル・ケルがいてくれてよかった。
僕一人じゃ、とてもツッコミ切れない。
「大体わかった。遊びはここまでにしよう」
右手にナイフを、左手に人参を持った状態で、目を閉じたハジュン様。
そのあまりに強烈な集中力で、周囲の空気が張り詰めていく。
更に、ナイフの刀身が魔力を帯びたのか、群青色に発光。
ここまでハジュン様が集中した様子は、戦闘中でも滅多に見られない。
もしかしたら、この集中力の高さなら本当に、上手くいくんじゃ――?
「否我掌握の調理」
ハジュン様が群青色に輝くナイフを華麗に振るった。
一口に切れた人参が、皿の上にパタパタと落ちていく。
やった。本当にやった。
ハジュン様が見事、野菜を切ることに成功した。
「ハジュンもやればできるじゃん! せっかくなら、この調子で他の野菜も――」
次の瞬間、すぐそばの木が倒れてきて、テル・ケルの頭にゴツンとぶつかった。
「んぎゃっ!?」
敢え無くテル・ケルは気絶。
間髪入れず、隣のティプ・ケルにも木が落下してくる。
しかしティプ・ケルは流石の頭の回転の速さで、素早く頭上に手を上げ、木を受け止めた。
「一体どうして木が倒れて――」
ところが、木は一部が斬れた状態だったようで、受け止めた場所から先の部分が分離――ティプ・ケルの頭の上に落下。
「きゃうっ!?」
乙女より乙女らしい可愛い悲鳴と共に、ティプ・ケルは気絶した。
「テル・ケルさんに続いて、ティプ・ケルさんまで!
ワタクシは木くらいにやられませんわよ!」
鼻息荒く語るウツクシィーさん。
その周囲の木が全て一気に倒れ込んでくる。
「えっ、ちょっ、流石に数が多すぎ――ぎょえええっ!?」
全然美しくない悲鳴と共にウツクシィーさんも気絶した。
周囲の木々が全て切り株状態となった中で、二人きりとなる僕とハジュン様。
ハジュン様は照れくさそうに頭を掻きながら笑う。
「てへへ……野菜と一緒に、周囲の木々まで一口大に切ってしまっていたようだな」
「……『てへへ』で済む被害じゃありませんよ、ハジュン様」
僕のツッコミを受けたハジュン様は、妙案を思いついた様子で手をポンと叩き、手のひらから群青色の光を発した。
「否――被害など出てはいない」
眩しくて目をつぶってしまい、まぶたを開けると、切り株となっていた周囲の木々は元の状態で、気絶した三人も元気そのもの。
先ほど倒れてきた木で頭を打った記憶すら無さそうだ。
否定の能力で、起きたことすらも無かったことにしたんだろう。
負担が大きい能力なのに、なんて無駄な使い方を……。
「気持ちは十分伝わったし、ここまでにしておきましょう。
ハジュン様が切った人参は、ありがたく食べさせてもらいますから」
「ふふっ、そうか。なら存分に舌鼓を打つといい」
上機嫌なハジュン様が、切った人参の乗った皿を僕に手渡そうとした。
そこで気付いてしまう。
否定の能力によって……先ほどハジュン様が綺麗に切った人参も、元通りだということに。
「失敗したな……よし、もう一度だ。
改めて否我掌握の調理を行う!」
「絶対同じ結末になるからやめましょう!!」
半ば悲鳴に近い僕のツッコミが、森にこだまするのだった。