第1章 14話『戦いを終えて』
■第1章 14話『戦いを終えて』
アヴィニオンの街での戦いを終えたあと、僕とハジュン様、ティプ・ケルの三人は近くの森で野営を行い、幌馬車に乗って戻ってきたテル・ケルとウツクシィーさんと合流した。
合流できた頃にはすっかり日も落ちていたので、そのまま夜を明かすことに決定。
みんなで焚き火を囲み、串焼きにした肉や野菜を頬張りつつ、長かった一日について語り合っていく。
「オホホホホホ! この美し過ぎる美剣士ウツクシィーが居なければ、ハジュン様の勝利はありませんでしたわねぇ!」
串に刺さった野菜を、わざわざ一つずつフォークで取って頬張りつつ、ウツクシィーさんが高笑いをあげた。
実際、今回の勝因は彼女がハジュン様をアヴィニオンの街まで運んできてくれて、消耗を最低限に抑えられたことが大きい。
だけど、どうしてハジュン様はウツクシィーさんと合流できたのだろう?
「ふふっ、ティプ・ケルの転移魔術で遠方の地に飛ばされた時は、流石に肝が冷えたよ。時空間を否定しての瞬間移動は消耗が激しい上に、アヴィニオンの街へ戻るための道筋も不明だったからな」
「そこまでは僕の作戦通りだったんですね……まさか、戻ってこられるなんて思いませんでした」
丸メガネを掛けたティプ・ケルが癖っ毛を掻きつつ、溜め息をつく。
ウツクシィーさんに服装がハレンチ過ぎるからと着せられたチュニックも相まって、もはやただの美青年にしか見えない。
「ハジュンさんは僕の罠にかかって途方に暮れた状態から、どうやってウツクシィーさんと合流したんです?」
「遠くにキュルナッハの街の門が見えたおかげだ。ザクセン村で保護した冒険者たちを街に運んでいるのは、ウツクシィーだからな。キュルナッハの街とザクセン村の間を移動していれば、いずれはウツクシィーと合流できることはわかっていた」
なるほど。
一日前、冒険者の保護のためにザクセン村に来てくれたのは、ウツクシィーさんが率いる騎士団だった。
キュルナッハの街の位置さえ分かれば、ウツクシィーさんとの合流も十分に現実的だったんだ。
「まぁそれに何より、ウツクシィーの姿は遠目でも目立つからな」
そう言って笑いながらハジュン様が指差したのは、ウツクシィーさんが全身にまとう、豪華絢爛な黄金の鎧。
その上、彼女は高いところが大好きでよく飛び回っているとか。
遠くからでも目立つのは当然だと思う。
「美しさは罪……勇者様さえ救ってしまう、自分の美貌が恐ろしいですわ」
きっとハジュン様はからかい半分で指差したのだろうけど、ウツクシィーさんはただただ自分の美貌に酔いしれ、ウットリとするばかりだった。
「ねえ、ハジュン……お兄ちゃんとアタシは、イーゼンブルク国に着いたら処刑されるの?」
ワンピース姿のティプ・ケルが、焼きすぎて黒焦げになってしまった肉の串を手に、問い掛けた。
その紫陽花色の瞳は、とても悲しげながらも、後悔のや絶望の色は滲んでいない。
「当たり前、だよね……魔獣なのを隠して街に潜んで、男性たちを片っ端から能力で支配して、冒険者たちを秘密裏に罠に掛けて奴隷としていたんだもん。覚悟は、できてるよ」
「早合点はダメだよ、テル・ケル。確かにイーゼンブルク国に戻るのは、僕の父イーゼンブルク王に罪を告白することだけど、その結果、どうなるかは誰にも分からない」
そう諭したものの、テル・ケルは顔を上げなかった。
「ギアの言葉は嬉しいし、救われるけどさ……冷静に考えると、やっぱり手遅れだったよ」
死人は出ていないとは言え、本来なら処刑は免れない罪だ、
ハッキリ言って、希望を持てと言う方が、無理がある。
それでも――
「大丈夫。テル・ケルも、ティプ・ケルも、僕が絶対に、幸せにしてみせるよ」
そう僕が言い切ると、テル・ケルとティプ・ケルは二人して目を丸くした。
こんな言葉は気休めだ、非現実的だと笑う人も居るだろう。
だけど、テル・ケルも、ティプ・ケルも、今までずっと希望も無しに生きてきたんだ。
気休めでも非現実的でもなんでも、まずは希望を示してあげるのが、これから仲間になろうと考えている僕の役割だと思う。
「流石ギアだ。私が言おうとしていたことを、真っ先に口にしてくれたな」
ハジュン様がテル・ケルの手から黒焦げとなった肉の串を奪い取り、手をかざす。
すると、瞬く間に肉が鮮やかな焼き色に変化。
食欲を掻き立てる香ばしい匂いまで漂わせ始めた。
「この私は手遅れな状態すらも否定する。私とギアが居る限り、何も心配はいらない。
今は安心して、食事に舌鼓を打てば良いんだ」
ハジュン様が差し出した肉の串を受け取り、テル・ケルが肉にかじりついて破顔した。
「まあ、こんなツヨツヨな反則カップルが居たら、どうとでもなるか~」
「カップルって……反則なのは、ハジュン様だけでしょ?」
「僕も、ギアは十分反則だと思いますよ。ハジュンさんが戻ってくるまで、たった一人でいつまでも時間を稼がれちゃいましたしね」
ティプ・ケルが同調して、その隣のウツクシィーさんが「ぐぬぬ」と唸る。
「一つの街を支配できるV級の魔獣を相手に、たった一人で……お見事、流石はワタクシの宿敵ですわね」
「みんな、よく分かってるじゃないか。
その通り、私の相棒ギアは、反則級に頼りになるんだぞ」
なぜか僕を褒める時間が始まったので、反応に困って、肉を口いっぱいに詰め込む。
生まれてこの方、ハジュン様以外だと友達のヌイくらいからしか褒められたことが無いから、とにかく褒められることに耐性が無い。
「……きっとギアは、親に愛されてきたんでしょうね」
そこで寂しげに、ティプ・ケルがボソリと呟いた。
僕が視線を向けると、ハッとした顔となって「失礼なことを言って、すみません」としどろもどろに詫びるティプ・ケル。
その姿は、昼間の戦闘中に脳裏によぎった光景の中の、幼い少年の表情と重なる。
「ねえ、ティプ・ケル……実は、オークが異性の体液を口にした時、身体能力の強化や回復以外に、もう一ついやらしいことが起きるんだ。
それが何か分かるかい?」
「……体液の持ち主の過去の記憶を覗き見ること、でしょう?
戦闘中に、僕が昔テルに語りかけた言葉を、口にしましたもんね」
「は……!? ギア、アタシの記憶を勝手に見たの!?」
テル・ケルが怒りの形相でコチラを睨みつけた。
僕はすぐに深々と頭を下げて、正直に打ち明ける。
「ごめんね……過去を覗き見る力は、自分でも制御できないんだよ。
少量だから平気だと思ったんだけど、ほんの一瞬、見えてしまった」
「……ちぇっ。
そんなヨワヨワなクソ雑魚顔されたら、怒れるワケ無いじゃん」
テル・ケルが怒りを鎮めて、不満げに唇をとがらせた。
「その代わり、ギアの昔のことも今度話してよね。主にハジュンとの馴れ初めとか、馴れ初めとか、馴れ初めとかさ」
「うん、もちろんだよ。約束する」
もう一度、ティプ・ケルとテル・ケル、それぞれに頭を下げて、真っ直ぐに二人と目を合わせる。
きちんと自分の気持ちが、相手に伝わるように。
「もし平気なら……
二人の過去に何があったのか、話せる範囲で教えてもらえないかな。
僕の能力で勝手に覗き見てしまう前に、二人の口から、聞いておきたいんだ」
サッと空気が静まり、焚き火の音以外、無音となる。
ティプ・ケルもテル・ケルも、うつむいたまま、何も言葉を返さない。
けれど、意を決したようにティプ・ケルが顔を上げて、静かに語り出した。
「最初に断っておきますが……決して気持ちがいい話ではありませんよ。
それでもいいなら聞いてください」
そして僕らは知ることとなる。
人間の土地に生まれた半端な魔獣が、一体どれほど残酷な扱いを受けるかを……。