表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/47

第1章 12話『男性サキュバスが支配する国③』


「くっ……! ナメないで、ください……!」


 ティプ・ケルの足の向きが変わった。


 ――魔弾が来る!


 気付くと同時に身を屈めて、魔弾を回避。


「僕の足しか見ていないのに、なぜ回避できるんです……!?」


 ティプ・ケルが動揺している。

 格闘術の達人なら、足の動きさえ見ていれば重心の移動を把握し、大体の行動が読めることを知らないんだろう。


 ここまでの戦いで、魔弾と能力頼りなことはわかった。

 やっぱり付け入る隙があるとすれば、格闘術の差だ。


「くぅ――」


 また足の向きが変わり、重心が下がるのが見て取れた。

 踏ん張りを強めたということは、無理をしてでも魔弾を連射している証拠だ。


 僕に向けられた手を跳ね上げて、手のひらをティプ・ケルの胸に当てる。


魔勁ブリッツッ!」」


 衝撃を逃さないよう地面を蹴りながら魔勁を放った。


 先ほどは弾かれたけど、今度は手応えあり。

 ティプ・ケルが背後の壁に深くめりこみ、衝撃の大きさを物語る。


「ギ、ア、フリートォ……!」


 ティプ・ケルが怒りの声を発しながら指を鳴らした。


 すると、数えきれないほどの男性が駆けつけてきて、数の暴力で僕を無理やりティプ・ケルから引き離してしまう。


「……この数は、相手にできない」


 ハジュン様の血液を飲んで魔蝕エクリプスを発動し、男たちから力ずくで逃れて、屋根の上に跳び乗った。


 ところが、屋根の上にも男が待ち受けていて、息をつく間もなく襲ってくる。


 どこに行っても逃げ場が無い。

 まるで、街そのものが敵になったみたいだ。


 これが、魔獣『サキュバス』の本気の能力か。


「ふぅ……そろそろ諦めたらどうですか?」


 ティプ・ケルが僕の前へと飛来し、前髪を掻き上げながら溜め息をついた。


 チラリと見えた顔は、先ほどの僕の打撃によって頬が膨れ上がり、唇から血が垂れている。


「もっと男前になったね」


「ええ、おかげさまで。

 ……たっぷりお礼をしてあげますよ」


 表情こそ笑顔なものの、寒気がするほどの殺気を感じる。

 もう魔蝕エクリプスは一度しか使えない。

 どう時間稼ぎをしようか。


「ティプ・ケル、キミは随分とこの街に馴染んでいたようだけど……支配することに後ろめたさは覚えないのか?」


「雑談に見せかけた時間稼ぎですか。

 乗ってあげたいところですが……確実な勝利のために拒否します」


 ティプ・ケルが僕へと向けた手のひらから、魔弾より大きな魔力マナの塊が放たれる。


 咄嗟に横っ飛びで回避。

 空を切った魔力マナの塊は後方の家屋へとぶつかり、二階建てのレンガ造りの建物を一撃で粉微塵にしてしまった。


「魔獣の血が流れる同志ですし、殺したくなかったので魔弾のみにしていましたけど……仕方ありませんね。

 魔砲まほうで跡形もなく消し飛ばしてあげますよ」


 当初肉弾戦を控えていた僕への意趣返しとばかりに、挑発するティプ・ケル。


 あんな威力の技を手足に喰らえば、確実に千切れてしまう。


 いくら魔蝕エクリプスでも千切れた手足までは復活しないから、そうなれば一巻の終わりだ。


「出し惜しみ、している余裕は無いね」


 残りのハジュン様の血液をすべて飲み干した。

 全身の魔力マナをみなぎらせ、盾を構えて、攻撃に備える。


 そしてハジュン様の姿を思い浮かべながら、ティプ・ケルに向かって吠えた。


「来い、ティプ・ケル! 僕は『勇者の盾』だ……!

 どんな攻撃だって、耐えてみせる!」


「無駄な足掻きですよ……! 魔砲ドキュンッ!!」


 再びティプ・ケルの手のひらから魔砲が発射。

 あまりの風圧で、周囲の男たちは枯れ葉のように吹き飛んだ。


 直撃すれば即死だ。

 でも盾で素直に受けても防ぎ切れない。


 それなら――


魔力強化エンチャント――シールド!」


 盾に魔力マナを込めて強化し、先ほどと同様、斜めに構えて受け止めた。


 触れただけで吹き飛びそうになる魔力マナ


 盾を持つ指の骨がきしみ、激痛が走る。

 歯を食いしばって痛みに耐え、盾にかかる衝撃を受け流した。


「ぁぁぁぁああああッ!」


 叫びつつ魔砲を弾き飛ばした。


 しかし間髪入れず、次々と魔砲が飛んでくる。


「みっともない足掻きはやめましょうよ……!

 何事も諦めが肝心ですよ!」


「諦めて、たまるか……!」


 無我夢中で盾で次々と魔砲を弾き続けた。


 途中、衝撃で指の骨の一部が砕けてしまったけれど、魔蝕エクリプスで治るまでの間、盾の端に噛みついて足りない力を補強。


 手の出血は服で拭い取り、足の痙攣は気にせず、一瞬たりとも隙は生まない。


 力の限り、とにかく魔砲を防ぎ続けた。


「ハァ――ハァ――しぶとい、ですね……」


 遂に魔砲が止んだ。

 魔蝕の効果はとっくの昔に切れていて、手も足も限界寸前。


 その事実を悟られないよう、平然とした顔で盾を構えたまま、ティプ・ケルに近づいていく。


「何度やっても無駄だよ、ティプ・ケル。

 国を支配しようだなんてバカなことは、もうやめるんだ」


「バカなこと……?」


 顔色を変え、フルフルと震え出すティプ・ケル。


「何も知らない部外者が……! 勝手なことを言うなァ!!」


 次の瞬間、突然ティプ・ケルが飛び掛かってきて、屋根の上に組み敷かれてしまった。


 更に僕の腹の上へと伸し掛かり、白い指で首を絞めてくる。


 僕より細く、小柄にも関わらず、跳ね除けられない。

 なんて凄まじい力と執念だ。


「こんな醜い戦い方は嫌だけど……もういい。

 どうせ男なんて、サキュバスの僕の前じゃ、みーんな奴隷ペットになるんだから……」


 ティプ・ケルの指が僕の頬を掴んで、強引に目線を自分と合わせようとする。


 目を合わせて、恋惑ラブリーチャーミーで操る気か。


 懸命に抵抗を試みるものの、魔蝕エクリプスが切れた反動で、力が入らない。


 このままじゃ、ティプ・ケルと目が合ってしまう――


「ん……?」


 その時、頬に水滴が落ちてきた。


 見れば、ティプ・ケルの頬を涙が伝い、僕に滴っている。


 目は見えないものの、表情が酷く歪んでいるのは間違いない。


「ティプ・ケル……泣いてるのか?」


「は……? 何を、言ってるんだ……?」


 無自覚の涙だったのか、僕の問いに狼狽えるティプ・ケル。


 しかし、すぐに涙を拭って、再び僕の頬を掴む手に力を込めた。


「男なんて……男なんて、みんな奴隷ペットなんだよ……!

 支配するのは僕だ……もう誰も、僕らをけがさせない!」


 もはや表情に優雅さなど欠片もなく、乱暴に、なりふり構わず僕を支配しようとしてくる。


 その様子を見て、僕の脳裏にぼんやりと不思議な光景が浮かんだ。


 それは――明らかに僕の記憶には無い光景。

 仄暗い小屋の中で、青い癖っ毛の幼い少年が、自分を抱きしめてくれている。


 そして耳元でこう囁くんだ。


「大丈夫……テル・ケルには指一本触れさせないよ。

 お兄ちゃんが、守ってあげるからね」


「その、言葉……」


 ティプ・ケルの手から力が抜けた。

 どうやら僕は無意識に、記憶で聞いた言葉をそのまま口にしてしまっていたようだ。


 僕の言葉を耳にしたせいか、ティプ・ケルは青ざめた顔で僕から離れ、頭を押さえて座り込んでしまう。


「なんで、お前が僕の過去を知ってる……? 

 まさか、誰かが吹聴してるのか……? 

 うっ、うううぅ……ううううううう……ッ!!」


 ガリガリと頭を掻き、全身を震わせるティプ・ケル。


 明らかに様子が変だ。

 もはや、戦いどころじゃない。


「ティプ・ケル、一体どうしたんだい?」


 僕は心配になってティプ・ケルに声をかけようとした。


 ところが、ティプ・ケルが全身から発する魔力マナで弾き飛ばされ、近づけない。


「近寄るな……醜い男が……! 僕たちに近寄るなぁぁぁぁッ!!」


 ティプ・ケルの叫びに呼応したかのごとく、街中から響く獣じみた咆哮。


 これまでと比較にならない数の男が屋根の上によじ登ってきて、周囲一帯が男で埋め尽くされてしまった。


 男たちの表情はティプ・ケルの怒りを体現するかのように、激しく歪み、飢えた野獣を想わせる。


 あんな状態が続けば、操られた男たちだって無事じゃ済まない。

 早く助けてあげないと。


「覚悟しろ、ギアフリート……! もうキミを奴隷ペットにすることにはこだわらない!

 触れちゃいけないものに触れたキミは確実に始末する!」


 相手の戦力は無尽蔵。

 周囲一帯を敵で埋め尽くされて、逃げ場は無し。

 頼みの綱であった魔蝕エクリプスも、もう使えない。


 それでも、僕は最後の最後まで諦めず、ハジュン様を待ち続ける。


「ハジュン様は必ず来てくれるさ……今までだって、どんな時だって、あの人は不可能を可能にして来たんだから」


 そう僕が口にした時――遠くの空で何かが輝いた。

 その何かは徐々に輝きを増して、大きくなっていく。


「まさか……」


 いや、きっとそうだ。

 金色の輝きがハッキリと輪郭を現すに連れて、期待は確信へと変わる。


 輝きの正体は、金色の鎧をまとって飛行するウツクシィーさんと、その背中に乗るハジュン様だった。


「待たせたな、ギア」


 ハジュン様が僕の隣へと飛び降りてきた。

 ウツクシィーさんは僕に軽く手を振ると、そのまま街の外へ飛び去っていく。


「勇者、ハジュン……! なぜ、戻ってこられた!?

 戻ってくるなんて、不可能だったはずだッ!!」


 固まっていたティプ・ケルが動き出し、ハジュン様に向かって魔砲を発射。


 ハジュン様は魔砲に手をかざし、軽々と無効化してみせた。


いな――不可能など無い。

 不可能を可能に否定かえてこその、私だ」


 ハジュン様が僕に向き直り、アゴを引き寄せて唇を奪った。

 そのキスで魔蝕エクリプスが発動して、限界間近だった肉体が息を吹き返す。


 血で染まった僕の鎧に指を添わせつつ、ハジュン様は悲しげに目を伏せ、僕にだけ聞こえるよう囁きかける。


「……随分と無理をさせてしまったようだな。

 私がドジなばかりに、本当にすまなかった」


「相手が一枚上手だったというだけです。

 僕の方こそ、罠に気付けず申し訳ありません」


「ふふっ、この戦いが終わったら二人で反省会をしようか」


 そして僕らは手を繋ぎ、二人でティプ・ケルと向き合った。


「ティプ・ケル、お前の負けだ。

 お前が作り上げたこの歪んだ国は――私が否定する」」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ