#6. そんな目で見ないで
私は巨人の女の子の体になったの? なんで? わけわからない。
自分の手を……いや、この巨人の手を動かしたり握ったり広げたりじっと見つめたりしながら必死に事情を飲み込もうとしている。
そういえば口の中は……?
さっきまで自分の体が入れられた口という洞窟に指を入れていろんなところで探ろうとしてみた。けれど何かあるような気配はない。私の体は確かにさっきこの中に入ったはずだよね? もしこの体はあの巨人の体だったらそうに違いないだろう。だけどなぜか何も感じていない。
もしかしたら喉の中に呑み込まれて胃袋の中に? そんな可能性もあると思うけど、なんか違う気もする。いや、実際によくわからない。一応お腹のところを触ってみたけどやっぱり中身がわかるわけがない。
周りの地面を見回しても人のような形のものは何も見つからない……。あ、これは……メイド服だ。間違いなくさっきまで私の身に纏っていたメイド服だ。脱がされた後は屋敷の近くに捨てられたんだな。私はそれを指で摘んで持ち上げてじっと見つめてみた。ちっちゃいな。今の私から見ればまるで人形の服みたい。自分がこんなちっちゃい服を着ていたと思うと複雑な感じだ。好きな服だったのに、もう着ることはできないのかな……? でも今着ている巨人の服も結構可愛いよね。
……って、今服のことなんてどうでもいいでしょう! 結局私の体はどうなっているの?
私がこの体になる前の最後の記憶は自分の体が千切れたような痛みと絶望感だ。恐らく歯で噛み砕かれて潰れただろう。あんな状態で救いなんてあるはずがない。もう命はないだろう。
だけど実際に私はまだ生きているようだ。ただし自分の体ではなく、この体で。
それって要するに『私』という人格は元の体から離れて、この巨人の体に入ったってことだよね。なら元々巨人だった人格は? 入れ替わって私の体に入ったとか? だけどその体は見つからない。口の中で完全に姿を消している。だったら多分違う。
だとすると乗っ取り? それとも同化した?
私の体はこの巨人の中に消えていった。それってつまりこの体の一部になったのか? それは魂も人格もか? やっぱりわからない。
もういい。それより今の状況って、よく考えてみたらもう助かったのでは? さっきまで町で暴れていた巨人はもういない。いや、体はまだここにいるけど、人格はもう違う。私の人格がこの体に入ったことで、町を壊すことはもうないだろう。だって、私は自分の町に危害を加えるはずがないもの。どんな姿になっても私は私だ。
原因とかは後でいい。今こんな体で何ができるか考えよう。まずは目の前にいるアリレウだ。彼女は今でもまだ私……というよりこの巨人の顔を見えて怯えている。
「もう大丈夫だよ。何も怖がることなんてない」
私はアリレウのいる寝室へ顔を近づけて安心させようとそう言った。やっとこんな台詞を言えるようになったな、私。
だけどなぜかアリレウはまだ怖い顔のままで、しかも……。
「ຢະດະ ໂຄະໄນເດະ ໂຄະໂນະບະເກະໂມະໂນະເມະ ວະຕະຊິມະເດະທະເບະຣຸກະ」
アリレウは何か言っているようだ。でもなぜか私は全然聞き取れない。声が小さすぎる所為なのか? でも確かに今彼女ははっきり叫んで、私の耳にも入っているはず。それなのにまだ聞き取れないなんて……。もしかしたらこれは音量が足りない所為なのではなく、発した言葉自体は……。まさかね……。
「アリレウ、私だよ。こんな体になったけど、私はミウリラだ。信じて」
私はもう一度アリレウに声をかけた。しかし……。
「ຊັກກິກະຣະນະນິໂອະອິຕເຕະຣຸໂນະກະ ມັຕຕະຄຸວະກະຣະໄນໂຢ」
やっぱりまた何かわからないことを言っている。それに彼女もまた私の発した言葉を聞き流しているように見える。
どうやら本当にお互いの言っていることを理解できないようだ。おかしい。なんでこんなことに? アリレウが私の知らない言語を喋るはずがない。私だってただ普通に今まで使っていた言葉で喋っているつもりだ。伝わらないはずがない。巨人の言葉ならわからなくてもおかしくないけど、私は……。
あ、まさか……、私はこの体になった所為? 変わったのは体だけでなく、言葉まで巨人の言語になっているのか?
そういえば違和感を感じなくもない。屋敷の前の大通りの店にある看板を見ればなぜか私の見たことない文字になっている。この看板は今まで普通に読めていたはずなのに。いきなり文字を忘れるなんて、あり得るだろうか?
でも実際にそうなっている。体ごと変わったのだから、言葉が変わってもおかしくないかもね。原理はよくわからないままだけど。
とりあえずアリレウを連れてどこかで話す方法を探そう。きっとわかり合えるだろう。そう信じたい。
そう思って私は手を伸ばしてアリレウに向かう……。
「ໂຄະໄນເດັຕເຕະບະ ຢະດະ ໂອະເນຈັງໂອະອຸບັຕຕະເທະດະ ເຄະງະຣະວະຊີ ຊະວະຣະໄນເດະ」
だけど、近づいてくるこの巨大な手を目にして彼女は大声で泣き出して全力で否定しようとしている。そんな彼女を見ると私は我に返った。
泣かないで。こんな顔をしないで。彼女がつらくて苦しむと私もつらくて心が痛い。
しかも今アリレウを泣かせたのは私だ。それは更に許せないことだ。
アリレウが怖がっているのは私ではなく、この巨大の体だ。そんなことくらいわかっているはずなのに……。それでもアリレウにこんな反応されたら私は心が痛くてたまらない。そんな目で見られたくない。
もうこれ以上迷惑かけるわけにはいかないか。
今アリレウの目に映っているのは私ではなく、巨人の姿だろう。自分の町を壊して、大好きな姉(つまり私自身)を奪ったばかりの残酷で最悪な化け物。怖がって恨んでもおかしくない。実際に私だってこの体のことを憎らしく思っている。
やっぱりこの体ではアリレウのそばにいることなんてできるはずがない。実際今の手で彼女の体を触れることさえ怖い。だってこれはすでに何人も殺して血で汚れている手だもの。こんな忌々しい手を大好きな妹に触れさせるなんて私自身は許せない。
早くアリレウの前から姿を消さないとね……。
そう考えて名残を惜しみながらも私は渋々と立ち上がってきた。
「私は生きてるよ。でもごめん。もう一緒にはいられない。とにかく達者でね」
私は最後に声をかけて屋敷から背けた。今の私の言葉をアリレウが聞き取れるはずがないとわかっているけど、それでも少しでも何か言いたかった。
「ໂດະໂກະນິອິກຸກິ ວະຕະຊິໂອະທະເບະໄນໂນະກະ ມັຕເຕະ ມິອຸຣີລາໂອະເນຈັງກະຣະຮະນະເຣະຕະກຸໄນ ອິກະໄນເດະ...」
アリレウは何か叫んでいるようだけど、聞き取れないので私は無視して振り向かずに歩き出して屋敷から離れていく。
悲しいけど、アリレウが生き残ったと知っただけでも私にとってもう十分。
さよなら、私の一番大切な人。