#5. 不思議な味わい
巨大な女の子の手に掴まれて、アリレウと別れて自分の運命を悟った私の体はどんどん高く空へ浮かんでいく。
しばらくしたら、私の体を握っている巨大な指の力は緩んで、私は巨大な手のひらの上に倒れて寝転んでいるという体勢になった。
一応体の自由は取り戻して好きなように動くことができるが、どうせ彼女の手のひらの上だから逃げ場なんてあるはずがない。この高さで飛び降りることはただの自殺行為だ。下の方へ視線を向けることさえ怖い。文字通り手のひらの上で踊らされている。
この手のひらは巨人の視線と同じくらいの高さに浮かんでいる。また彼女と目が合った。
なんでこんなに私をじっと見つめているの? なんですぐに殺さないの? どうせ逃げ道がないからせめて早く楽になりたいのに。覚悟はとっくにしておいた。
『ぺろ!』
しばらく私の見つめた後、なぜか彼女は舌舐めずりをした。なんか嫌な予感だ。まさか……。
「དོན་ན་འ་ཇི་འོ་སུ་རུ་ནོ་ད་རོའུ། ཏ་མེ་ཤི་ཏེ་མི་རུ་ཀ་འི་ག་འ་རུ་ནེ། དེ་མོ་ཕུ་ཀུ་ཝ་ཇ་མ་ད་ན།」
次に彼女のもう片方の手の指は私に迫ってきた。今回の狙いは私の着ているメイド服だ。
「やだ!」
「ས་སུ་ག་ཀ་ཝ་འི་ཕུ་ཀུ་ད་ཀེ་དོ་ ས་སུ་ག་ནི་ནུ་ནོ་འོ་ཏ་བེ་རུ་ནོ་ཝ་ཏེའི་ཀོའུ་ཀང་ག་འ་རུ་ཡོ་ནེ།」
その指は無理やり私の服を脱ごうとしている。まるで着せ替え人形になった気分だ。反射的に私は抵抗しようとしたが、どうせ無駄だろうとわかったからすぐ諦めた。
「見ないで!」
身に纏っていたメイド服を失って生まれたままの姿になった私は恥ずかしくてもう誰にも見られたくない。あまり意味ないかもしれないけど、一応私は腕で大事なところを庇おうとしている。この辺りにはこの巨人とアリレウしかなく、男に見られることはないだろうけど、それでも町中こんなあられもない姿を晒すのは恥ずかしくて死にたい。まあ、どうせもうすぐ死ぬだろうね?
彼女はなぜわざわざ私の服を脱がせたのか? その理由は見当が付なくもない。さっき舌舐めずりの音が聞こえた時から私はすでに自分の末路を予想できてしまっている。
なんでこんなことに? 今までこの巨人の動きを観測していたからわかったことだが、彼女はいっぱい暴れて手や足で人を潰しまくっていたけど、今の私みたいな扱いは今まで一度もなかったはずだ。つい自分が彼女の特別だとか思ってしまうけど、そんなの全然嬉しくない。
その予想の通り、私のいる手のひらはどんどん彼女の口に近づいていく。大きく開いた口はまるで洞窟みたいだ。私の身長よりは少し小さくて堂々と歩いて入れるような広い洞窟ではなさそうだけど、這い蹲って入れるくらいはできる広さだ。
その洞窟から大量の水蒸気を感じて、水に当たっていないはずなのに私の髪の毛は濡れ濡れになった。
やっぱりこの巨人も息をしているのね。生き物だから。本当に人間だよね。心臓の音も聞こえている気がするし。あ、もう……こういう時でも私はまだこんな余計なことを考えているのか。彼女は実際に人間かどうか今更そんなこともうどうでもいいはずなのに。
そして女の子の顔は少し仰向けに傾けて、そこで私の乗っている手のひらは彼女の顔より少し高いところまで持ち上げられた。
「དེ་ཝ་འི་ཏ་ད་ཀི་མ་སུ་ནེ།」
そして私はその手のひらから解放されて下の方へ落ちていく。絶望の洞窟の中へ……。
「やだ……!!!」
次の瞬間自分の体が濡れ濡れで温くて柔らかいものに包められたと感じた。これからもう何も見えたくない。知りたくもない。私は目を閉じて何も感じようとしないことにする。
それでも人間の触覚というものはやっぱり自分の意思でスイッチオフすることなんてできるはずがない。私の体が洞窟の中の巨大で柔らかい蛇みたいなものに翻弄されているのを感じた。蛇というか、やっぱりこれは巨人の舌だろうね。私の体を堪能しているのか? 味はどうだろう? 美味しいのか? 私は自分の味なんてわかるはずがないし。
その時私もつい自分の指を自分の口に入れてみた。私だって口と舌があるよ。最後にちょっと味見してみてどうだろう? なんちゃって、こんな頭おかしいこと考えてしまったね。
「あれ? 指輪?」
右手の指に指輪が付いていることを気づいた。父がくれた不思議な石から作られた指輪だ。奇跡を起こしてくれるっていう石。
服は全部脱がされて身に付けているものは何もないと思っていたが、実はまだこれが残っているみたい。巨人にとってこの指輪は小さすぎて存在すら気づかれていないだろう。だから残されている。
でもそれを持ってどうするの? 今更奇跡が起こることなんて……。
……絶望感はどうしても変わらない。
そう考えながら悶え続けて、次の瞬間私の体は何かすごく硬いものに挟まれ潰されて、今まで生きてきた中で味わったことないくらい一番の痛みを感じながら意識が途切れた。
……もう、終わったの? やっと終わらせてくれたか? これで私はもう死んだよね?
痛みはもう感じていない。そしてなんか空気がよくていっぱい深呼吸してしまう。
あれ? おかしいな……。死んだはずなのになぜかまだ息をしている?
私はその違和感に気づいて、目を開けたら、そこで……。
「眩しい……」
さっきまで巨人の口と呼ばれる窮屈な洞窟の中にいたのに、今は外に? それに私はまだ生きているの? なんで? わけわからない。
周りを見れば青い空と白い雲が見える。いつも見ている空と変わらないはずだけど、なぜかこれを見ることで嬉しく感じる。そして下の方へ視線を向ければ……。
「嘘だろ……」
屋敷だ。巨人の手で屋上が破壊されて半壊状態になっている自分の屋敷が……。そして屋上のない部屋の中に怯えて縮こまっている小さな女の子……。アリレウだ! まだ無事なのね。よかった。
そんなアリレウを見て、私は反射的に手を伸ばして……あれ? この手?
私は無意識に手を動かしてしまったけど、その瞬間なんか違和感を感じて途中で止めた。これは私の手なのか? と、疑ってしまう。
それに今私が高いところにいるはずなのになんで手を伸ばしたらすぐアリレウまで届いてしまいそうな気がする?
それだけではなく、そもそもなんで私は屋敷を見下ろしているのだろう? まさかここはまだ巨人の手のひらの上に? 確かに今の視線の高さは座っている巨人の頭くらいだろう。
私は一旦伸ばした手を引き戻して、視線をもっと下へ向いたら……。
「スカート、膝……?」
下にあるのはぺたんと座っている自分の膝と群青色のスカート……いや、自分の? 私ってこんな短いスカートを履いていたのか? しかもいつからぺたんと座っている? でも間違いなくこれは自分の下半身だと感じた。感触があるし、手で抓ったら痛いし。
いや、そんなことより、この足……いや、この体はなんかやけに大きい。座っているだけでも屋敷より高い。まるで巨人みたい……。
「まさか……」
そしてやっと私はある可能性に気づいてしまって、もっと自分の体を調べた。
上半身は白いシャツで赤いリボン。自分の髪の毛を引っ張って目の前まで運んでよく見てみたら自分のいつもの水色とは全然違って、真っ暗だ。しかもツインテールになっている。それにこの手、さっきまで自分の乗っていた巨大な手と同じような気がする。
もう十分だ。服装といい。大きさといい。この姿勢といい。私はつい確信してしまった。
私、あの巨人になっている。