✧30. 大きな夢がある彼女は眩しい
走り出してから数秒後麻理味は足を止めてこっちに振り向いてきた。移動した距離は正確に測りにくいけど、恐らく1キロを超えている。もちろん、この世界のスケール基準でだ。たった数秒でこんな距離走るなんて地球ではあり得ないだろう。
「あはは。いっぱい踏んで壊して虐殺して楽しいね」
麻理味は楽しそうに笑った。今みたいな満足に遊んでいきいきしている彼女の顔を見て、あたしもついドキッとした。やっぱりこの笑顔が大好き。
「すごい破壊力ね」
あたしが麻理味のところへ向かいながら感嘆した。
「恵美沙の方もね」
「そうかな? あたしは麻理味ほどではないはずよ」
あたしも歩いている間も通った道でいっぱい建物を踏んで破壊した。一応わざわざ麻理味に破壊されたのと違う道を選んだから麻理味と比較できる。やっぱりあっちの方は被害が大きい。
「でも恵美沙もすごく楽しんでいるのね」
「まあね」
今の和服の格好で麻理味みたいに速く走れないけど、あたしも歩きながら暴れてきて楽しかった。
「あたしも軽い服を着た方がよかったかもね」
和服は好きだけど、洋服ほど使い勝手がよくないのも事実だ。家にいる時いつも着ているけど、外出は洋服を着る。今日は家からログインしているから和服そのまま。
「でも和服姿で暴れている恵美沙はすごく素敵だよ。このままでいいよ」
「そうかな?」
「うん、恵美沙にはやっぱりこういう服は一番似合う。こういうキャラだから」
「麻理味がそういうなら……」
そうだな。和服はあたしのキャラだから。麻理味もこんなあたしのことを気に入ってくれているようだし。
「麻理味も和服を着てもいいね。あたしも和服姿の麻理味を見たいし」
「私はそういうキャラじゃないかな。それに動きにくいしね。恵美沙みたいに着慣れているわけではないし」
「たとえ着慣れてもワンピース服より動きにくいのは事実だけどね」
現代の日本人は和服より洋服が好むのはその理由だろうね。
「まあ、それは仕方ないよね。でもそもそもここではさっきみたいに走る必要はあまりなかったし。今の私たちは普通に歩いてもここの馬よりも速いから」
「そうだね。あたしも別に走ることは好きではない」
あたしの運動神経がよくないのはその所為でもあるかもしれない。
「それと、さっきの話の続きだけど、もう一つ物理法則の違いが働いてくれているのは、声のことだ」
「声って? 今あたしたちが会話している声のこと? この世界の小人と話が通じないこととは関係あるの?」
「いや、あれは単なる言語の問題だよ。そんな話ではなく、今のは物理学の話だ。生物学でもあるね」
やっぱり関係ないか。ここは自動翻訳機ないしね。
「どういうこと?」
「人の発する声は声帯から出るものだ。どんな声が出るか声帯の形次第と言える」
そう言って麻理味は指で自分の首のところに触れた。
「声帯が太いと生み出す声の波長が長く、つまり声が低い。そして体が大きくなると当然声帯も太くなる。だから私たちの声は低く……つまり怪獣みたいなものになるかもしれない。こーんなーふーにー」
今麻理味は頑張ってできるだけ低くて怖い声を出そうとているようだけど、それでも可愛らしい女の子の声であることに変わりはない。
「なんてね。やっぱりどうしても普段の私の声に聞こえているでしょう? これも特別な物理法則の換算のおかげだよ」
「そうか。よかったね。だって麻理味が怪獣の声だなんて、そんなの嫌だよ!」
想像するだけでも嫌……。こんな可愛い麻理味には絶対似合わない。
「だろうね。だからこうやって普通の声のままでよかった。恵美沙の可愛らしい声が聞こえなくなるなんて嫌だよね」
「麻理味の声もすっごく綺麗だよ。怪獣になるなんてあたしは絶対に許さない」
「まあ、でも今私たちも怪獣みたいに派手にやっているから、怪獣の姿と声になった方がそれらしいかもね?」
「そんなことない! 麻理味はそのままの姿と声で暴れる方が素敵だよ。絵になるよ!」
笑顔で楽しんでいる巨大な美少女が町で暴れて建物を壊したり人間たちを虐殺したりする……。何という素晴らしい場面! あたしはさっきからそんな麻理味の姿を眺めて本当に興奮した。これが怪獣に入れ替わったら……やっぱりこんな気持ちはないはずだ。あたしは怪獣の特撮などには全然興味ないし。
「恵美沙もよ。和服で派手に遊ぶ姿、本当に素晴らしい。恵美沙を誘って一緒にここに連れてきて本当に正解だった」
「麻理味……」
あたしも誘われて本当によかったと思っている。
「それで物理学のことはまだそれだけではないよ、もっと聞きたい?」
「まだあるのかよ!? えーと、やっぱりもういいかな。麻理味にとって簡単かもしれないけど、あたしにとっては難しいことばかりで、聞いても上手く理解できるわけではないし」
「ではこの辺にしておこう。まだ言いたいことはたくさんあるけど、夢を壊すことばかりかもね」
「そうだね。まったくだ」
体が重くて動けないこととか、声が低くて醜くなることとか……。現実は酷すぎるのよね。ここは仮想世界でよかった。物理学に関する計算でコンピューターがいろいろ処理してくれることはわかった。
「でも麻理味はそんな小難しいこと詳しく理解しているのね? すごいよ! やっぱり天才!」
同じ15歳で高校1年生のはずなのに、身につけている知識は全然違う。あたしが頭悪い所為でもあるだろうけど、実際に麻理味の知っていることは並の高校生レベルを超えているから。時々麻理味に勉強を教えてもらったこともあるけど、あたしの頭ではなかなかついていけないんだよね。
「そんなことないよ。ただ私はいろいろ努力をしてきただけ。この世界……いや、現実世界でやっていけるにはやっぱり本格的な知識が必要だとわかっているからだよ」
「あたしはそこまで考えたことないよ」
「まあ、恵美沙の家は神社だし。将来神社を継ぐんだよね?」
「うん、だから勉強のことなんてあまり本気ではない。そこまで必要だと思っていないから」
これについて麻理味には言ったことがある。あたしは本当に今神社の仕事で満足しているし。もちろん一番の理由は虫と遊び放題だけどね。
「でも私は科学が好きだ。科学を理解したらいろいろできるし。このVR世界を作ったのも科学の力だしね」
「確かにそうだな」
科学ね。それはそうだけど、麻理味はすごく頭がいいからそんなこと堂々と言えるし。
「それに私はやっと夢を見つけたの」
「夢?」
そういえばまだ聞いたことないね。麻理味の夢って。まあ、あたしだって夢なんてまだ特に持っていないけど。
「この仮想世界にやってきて、これがどれくらい素晴らしいものなのか知ってしまったから。だからもう決めた。私は技術者を目指す。自分でこんなものを作ってみたいから」
「自分で……作れるの?」
こんな世界を作った人はきっととんでもなくすごい人だ。自分たちで作るなんてあまり想像できない。でも確かに麻理味なら……。
「まあ、もちろんこれは一人で作れるものではないとはわかっている。だから私は少なくともこんな素敵なものを作れる会社や研究所で仕事をしたいね。この世界を作った私のおじいさんの会社とかもいいかもね。おじいさんの会社を継ぐことも考えられる」
「すごい……。そこまで考えて……。麻理味らしいね」
あたしはただ遊べるならそれでいいと思っているけど、好きなものを自分で作りたいとかそんな発想まではなかった。まあ、たとえやりたくてもあたしなんか無理だと思うけどね。そんな簡単なことではないはずだし。
まるで住む世界は違う……。麻理味ってやっぱり眩しいな……。




