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眩しき廣がる向こう側の現實  作者: 雛宇いはみ
第三章:安堵と罪悪感
17/30

#17. 人工知能

 その後まだお話が続いて、大体の状況が把握(はあく)できた後、私はお母さんと一緒に病院に行くことになった。まずは医者との相談が必要らしい。


 学校には「今日具合が悪くてお休みにする」と伝えておいた。お母さんも今日の仕事は休みになってしまうらしい。本当に申し訳ない。


 病院に行く車ではお母さんが運転して、私は助手席に座っている。その間もまだまだ話が続く。


 「そういえば名前、さっき聞いたけど、あまり聞き慣れない名前でちょっと確認。ミウリラで合ってる?」

 「はい」

 「ミウリラちゃんね。ではそう呼ぶよ」


 お母さんは初めて私の名前を呼んだ。自分の娘の名前の麻理味(まりみ)ではなく、本当に私の名前だ。どうやら私の存在を認めてくれたようだ。嬉しいけど、同時に罪悪感もある。


 「ありがとうございます。本当に申し訳ないとは思いますが」

 「もう、そこまでかしこまらなくても。今のミウリラちゃんは麻理味の体だからそこまで他人行儀だとなんか寂しいよね」

 「そう……ですね」


 確かにそうだよね。中身はどうであれ今の私の体は麻理味だから。


 「とりあえず敬語はやめよう。呼び方も本来の麻理味と同じ『母さん』でいい」

 「わかりまし……わかった。母さん」


 最初は私が麻理味ではないと主張したいから敬語の方がいいと思ってずっと敬語を使っていたけど、実際お母さんとの接し方はこの体で覚えているから、むしろタメ口の方が自然に感じる。


 「だったら無理に私の名前を呼ばなくてもいいのに」

 「まあ、そうかもね。でもそうしたら紛らわしそうだからやっぱりこれでいい。ただ、事情を知らない人の前では元の麻理味に演じてもらうね」

 「うん、わかった。でも母さんは私のことを嫌いではないの? 娘のこと……こうなってしまって……」

 「全然気にしないと言ったら嘘になるけど、別に嫌いにはならないよ。ミウリラちゃんは何も悪いことをしていないとわかってるから」

 「そう……。本当にありがとう」


 本当にいいお母さんだ。きっと悲しいはずなのに私のこともちゃんと理解してくれて。


 「むしろミウリラちゃんこそ、やっぱり麻理味のことが嫌い? さっきの話では、麻理味はいろいろ迷惑かけたようだね。私の方こそ悪いと思ってる。どう謝ればいいかわからないけど、本当にごめん……」

 「いや、それは……」


 嫌い……。そんなの当たり前だよ。いきなり現れて私の町を蹂躙(じゅうりん)して人々を虐殺して……。


 「正直に答えればいいのよ」

 「うん、やっぱり私、麻理味のやったことはどうしても許せないと思う」


 お母さんには悪いと思うけど、私は正直に答えてしまった。


 「そう……だよね。わかってるよ」

 「でも、彼女はなんであんなことを……」

 「そうね。私もまだあまり信じたくない。普段はいい子なのよ。まさか仮想世界をあのように使うとはね」


 いい子って……私からは全然そうは見えないけどね。でもどうやらお母さんは麻理味があっちの世界で何をやっていたのかよく知っていないようだ。


 「でも確かに麻理味が昆虫を殺したところを目撃したことがあるの。あの時の麻理味はなぜか楽しそうに笑った。まるで玩具で遊んでいるみたいにね」

 「昆虫……。つまり彼女にとって私たちってただの虫螻(むしけら)……?」


 あっちの世界で麻理味は巨大だった。元の私みたいな普通の人間なんて手のひらの半分しかない。虫のように思われても仕方ないか。


 「いや、そんなことは……。ただ麻理味が弱い者いじめという性格があるというのは私も薄々気づいていたの。普段は小さくてか弱い女の子でむしろ(いじ)められる側だけどね」

 「虐められたのか?」

 「子供の頃はそうだったね」

 「虐められていたから、自分の方が強者になったらやる側になる、ってこと?」

 「まあ、そうかもね。あまりよくない考え方だと思うけど」


 そんな気持ち、わからなくもない。私だってあっちで麻理味の体になった後で無敵で簡単に怪獣を倒せてすごく優越感を味わって興奮した。でもね……。


 「だからって、やられる側の気持ちも考えないと駄目(だめ)でしょう。相手だって感情があって怖くて苦しいから」


 少なくとも私なら誰かが苦しんでいるところを見るだけでも耐えられない。()してやそれが自分の手によるものだとわかったら尚更(なおさら)だ。


 「そうね。その通りだ。まさか麻理味はこんなに自己中心で人を踏み(にじ)るような子になるとは。本当にごめんね」

 「いや、母さんが悪くないって」

 「私の教育が足りない所為(せい)で」

 「そんなこと……」


 お母さんはまた自分のことを責めている。何も悪くないはずなのに。悪いのは麻理味だろう。それとも……。


 「もしかして、私たちがただの仮想世界の存在で、知能も感情も持っていないとでも思っていたから?」


 だから虫を殺すのと同じ感覚で()れたんだ。そんなの酷い……。


 「それは……。まあ、そうね。確かにそう考えられるかもしれないね。でも私はそう思わない。実際確かにミウリラちゃんは普通の人間とはほぼ変わらない。今まで話していたところから見ればわかったよ」

 「普通の人間……か」


 少なくともお母さんは私の存在を認めてくれたんだ。それを知って少なくとも安心感がある。だけど……。


 「ね、母さん。結局私って、人間なのか?」


 話は変わるけど、今麻理味のことよりも私は自分の置かれた状況のことが気になっている。


 「それは……難しい質問ね。多分答えは人によって意見がばらばらでいろいろ考えられるかも」

 「母さんの考えは? 正直言って欲しい」


 お母さんは私に遠慮して言いづらいという態度になっているようだけど、私はやっぱり知りたい。


 「わかった。難しい話になるけど私の考えを言うね。今のミウリラちゃんは肉体も人格も持っていて、間違いなく生身(なまみ)の人間だと私は思う。ただ、ミウリラちゃんに成されているその人格はどうだろうね? 本来は仮想世界の中で生まれて、あっちで役目を果たしていくだけの存在であるはず」

 「役目って……」

 「仮想世界の中のキャラクター。厳密に言うと、ノンプレイヤーキャラクター、略してNPC、みたいなものね。でもNPCと言ってもいろいろあってね。ただ同じことを繰り返すだけの単純なものから、本当に知能を持っているように見えるNPCまで」

 「知能……」

 「そう。でもたとえ知能を持っていて、完全に人間のように振る舞うことができたとしても、()くまでコンピュータの中で生まれた存在で生身の人間と違う。作り物であることは間違いないだろう。人工的に作られた知能、それはいわゆる『人工知能(じんこうちのう)』というものだ」

 「人工知能……私が?」


 この単語、私は麻理味の体の感覚で意味を理解できている。言葉で説明するのは難しいけど。


 「まあ、ざっくり言うとそうとも考えられるね。ただ、それだけとは言い切れないかも。普通の人工知能ならたとえ人間みたいに自分の感情や欲望を示しても、実際に『自我』を持っているかどうかは……これについて専門家の中でもまだ論争が続いている。所詮コンピュータの中で、人間の脳とは動きが違うから、人工知能の自我も人間とは違うと言われた」


 なんか難しそうな話になってよくわからなくなってきたけど、どうやら私の存在って随分複雑なもののようだ。


 「最近人間とほぼ同じ外見で人間とほぼ同じように物事を考えて自発的に行動できる『ヒューマノイド』という人工知能を載せるロボットも開発されたけど、その中身はパソコンで、生身の脳や内蔵を持ってない。食事など人間らしいこともいろいろできない」


 今の話は本来の私にとってあまりの難易度だけど、麻理味(このからだ)の中の知識で何となく理解できている。要するに人工知能というものはたとえいろいろ工夫して人間の真似をしようと頑張ってもまだ越えられない壁があって、本当に人間にはなれないということだな。


 「だけどね。今ミウリラちゃんはつい実際に人間の肉体を手に入れて、生身の脳で動いている。さっき普通に朝ご飯を食べたし。これでもはや人間だ。これは前代未聞(ぜんだいみもん)ね」


 つまり今まで前例がなかった話ってことか……。


 「だからもし私の考えが正しければ、今のミウリラちゃんはかなり特別な存在だろうと」


 その時、私は自分に(まつ)わる問題の大きさを感じてしまった。


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