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眩しき廣がる向こう側の現實  作者: 雛宇いはみ
第三章:安堵と罪悪感
16/30

#16. お母さん

 「バーチャル・リアリティ……? どういうことですか?」


 私はまだお母さんの言った結論の意味をよく理解していない。今の話だと、私の町は……世界は作り物だと?


 「私もあまり信じられないことだと思うけどね。寝室にあるプラスチック製の帽子みたいなものは最先端の技術によって作られたVR装置だ。これを使うことで異世界転移みたいな感覚で仮想世界へ飛び込めるの」

 「異世界転移……」

 「もちろん、厳密には本当に物理的に異世界へ飛んでいくというわけではいけどね。実際に肉体はずっとここに座ったままで意識だけは仮想世界に入り込む。あっちの世界で何か起きようと体に影響を与えることはなく、結局必ず無事にこっちに戻れる。たとえあっちでの体が死んでもね」

 「つまりあっちの世界の体は生身の体ではないですか?」


 だから食事も睡眠も必要ないわけ? その説明だと大体納得いけるかもしれない。


 「それはどうだろうね。少なくともあっちでの肉体は普通の人間とあまり変わらないように作られたもののつもりよ。ただ、食欲や眠気など人間の不便なところまで再生する必要がないから略されるのが一般的だな」

 「なるほど……」


 確かに都合のいい体になっているとは思っていたけど。


 「それに生身の人間じゃないって、そんな言い方だとあっちの人間たちだって……」

 「え? つまり『私』は人間ではないって?」

 「それは……。別にそうとは言ってないよ。微妙な話ではあるがね。少なくともあっちの人にとって間違いなく普通の人間ね」

 「あっちの世界にとって……ですか。でも世界も町も私が感じていた何もかもは作り物だから、結局私の存在だってそうなのでしょうか?」


 それが本当だとしたら酷すぎる真実だ。私はちゃんと存在しているのに。そう信じていたのに。


 「それは違うと思うよ。いや、半分間違いというか……」

 「え?」

 「確かに世界自体は意図的に作られたものだ。でもほとんどの町や生き物は少し違って、直接に作られたものではない。少なくともあの世界ではね」

 「私の世界のこと?」

 「うん、あれはかなり特殊なものでね。それを開発した会社は父さんの……。あ、つまり麻理味(まりみ)のおじいさんの会社だ。まだテスト中で一般公開していないけど、社長の孫娘だから特別に。まったく父さんって麻理味には甘いんだから」


 そうか。おじいさんはこの世界を生んだ会社の社長ってことか。


 「って、話はちょっと脱線しちゃったね。要するにあの仮想世界はまだ新しいものだ。スケールも大きいし、関わる技術も高い。その世界の人間たちの成り立ちも簡単ではないね。そもそも世界というのは細かい要素が多くていちいち設定するのは面倒だ。特にあの世界は非常に莫大な規模だ。いっぱい町や人間やモンスターが存在するだろう。一つずつ作るのは不可能でしょう」

 「確かに……」


 実際に私の世界は広かったよな。昨日までずっと冒険していたからよく実感できた。


 「実際にあんな大きな世界を作る方法はいろいろあるけど、あの世界の場合は……初期の設定だけを付けて数千年放っておいて勝手に進化させるという方法だ」

 「数千年?」

 「あ、数千年と言ってもこれはあの世界の中の時間の話ね。コンピュータの中だから時間の概念は本物と違って加速することもできるから」

 「加速? 時間の流れの違い……? もしかして私が冒険していた時間も……」

 「まあ、そういうことね」


 考えてみれば最初にお母さんと会った時の反応から見ると納得できる。だってあれはどう見ても数日会えなかった娘と会う時の反応ではない。つまり私にとって10日以上経ったけど、実際にこっちでは1-2時間だけ。


 「話は戻るけど、あの世界での数千年の中で町や文化や歴史があの世界の人間によって自由に紡がれていく。本物の地球みたいに。こうやって本物とほぼ変わらないと言ってもいいくらいリアルな世界が出来上がり」

 「それが私の世界の正体?」

 「うん、そうだよ」


 だから『私』という存在は作り物だとは言えないよね。それを聞いて少なくとも(ひと)安心できたかも。


 「だけど作り物の世界だという事実に変わりはないでしょう? だったらなんで私はここに?」

 「そう。問題はそこだな。これはあり得ないはずの話。仮想世界の人間は現実世界で生きることになるなんて」

 「でも実際に私はそうなっていますよ?」

 「それはまあ、今の話が本当だったらね。いや、でもやっぱり信じられない。何かの間違いだよ」

 「まだ私の言ったことを疑っていたのですか?」

 「まあそうだね。だってどう考えても無理がある話なんだから」


 さっきから私の話をちゃんと聞いていたけど、お母さんはやっぱりまだ完全に信じているわけではないみたい。今は「今の話はただの仮説に過ぎない」という態度らしい。


 「それに、これが本当だとしたら本物の麻理味は今どこに?」


 そう言って、お母さんはいきなり冷静さを失って不安そうな顔になった。


 「それは……。私もわかりません」

 「だろうね。やっぱりそんなのおかしいよ」

 「でも……」

 「ね、麻理味(・・・)、もしこれがただの冗談ならもうやめて。全然面白くないから」

 「え?」

 「言ってよ。今までの話は嘘で、麻理味はまだここにいるって」


 お母さんは悲しくて辛そうな顔で言った。話がここまで進んでも私の存在を否定して全部が麻理味の自作自演だと信じ込もうとしているみたい。


 「そんな……。私は……」


 彼女はさっきから冷静で私の話に付き合っていたけど、考えてみればこれはあまりにも残酷な話で、冷静でいられるのも限界があるでしょう。


 いきなり自分の娘が他人になって、その代わりに本物の娘がどこにいなくなったかわからない。


 もしかして、私はとんでもないことしてしまった。いや、私は別に何も……。だってそもそもこんなことは誰も起こって欲しいはずがないし。私だって麻理味になりたくて彼女になったわけではない。むしろ押し付けられたのだ。乗っ取りの原因は、元はと言えば麻理味の所為(せい)だろう? 突然現れて、町を(おそ)って、私を()み込んでしまったのだから……。


 だから私は悪くないと言ってもいいのでは? そのはずだと思うけど、お母さんの悲しい顔を見ると私も辛い。今の状況は麻理味の起こしたことで彼女が悪いと思うけど、お母さんは別に何も悪くない。


 なら私はどうするべき? 私が麻理味のフリをして今の話は全部冗談だと言ってなかったことにする? 多分そんなの無理。実際に私は麻理味ではないから、彼女になり切ることはできまい。


 それに、やっぱり私は自分の存在を否定したくない。


 「ごめんなさい。私はミウリラです。本当に麻理味ではありません」


 本当にごめんなさい。


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