#1. 侵略者は美少女
「これはいったい……?」
私は自分が今目の前に起こっている出来事を現実だとあまり信じたくない。
だって、あまりにも荒唐無稽な光景だから。こんなのあり得るものなのか?
たった今、私たちの住んでいるセサウキティウという町は、突如現れた一人の『女の子』によって脅かされているのだ。
女の子……か? そんな呼び方は当て嵌まるのか実はよくわからない。確かにあれの姿を見れば間違いなく女の子そのものだ。見た目は年頃の……多分15歳の私と同じくらい。
しかもよく見てみたらすごく整った顔で、容姿端麗と言ってもいいくらいの美少女だ。女の私から見てもつい惚れてしまいそうくらいね。目が大きくてキラキラ輝いて見える。髪型は背中の真ん中まで長いツインテールでとても可愛らしい。
髪の毛の色は黒で、この辺りではあまり見かけない色だから、彼女はこの町の人ではないってのは確かだ。服装に関してもあまり見慣れないものだし。上半身は半袖の白いシャツで、襟の部分が紺色で広くて、その上に赤くて大きいリボンが付いている。下半身は紺色のスカートで長さは膝の少し上まで。
こんな格好はどこの国の服かわからないけど、これは正に女の子らしく可愛らしい装束だ。
彼女がすごく楽しそうに笑って、絵になるくらい生き生きしている美少女だ。
これだけ見れば確かにただの女の子で間違いない……のだけれど……。
女の子の手は今人間みたいな形のものを握っている。ううん、『みたい』ではなく、ちゃんと動いていて実際に生身の『人間』で間違いないのだ。女の子の手のひらの中に収まるくらいの小さな人間……。ううん、これも違う。その人間は小さいのではなく、恐らく普通の人間と変わらない大きさだ。しかも男の人のようだから、私より大きいでしょう。それなのになぜ女の子の手の中に?
そう。もう現実を認めよう。彼女は普通の女の子ではなく、とんでもないくらい『巨大』なのだ。人の体を簡単に片手で握って待ちあげられるくらい。
「こんな大きい生き物、聞いたことないよ」
常識外れにもほどがあるでしょう。
人間なら大きな男でもせいぜい2メートルくらいだろう。人間でなくても、森の怪獣なら6メートルで、ドラゴンなら15メートルくらいは聞いたことがある。
だけど、この女の子はただこれくらいのレベルではないみたいだ。目算では多分身長が少なくとも20メートル……ううん、恐らく30メートルくらいあるだろう。手のひらだけでも普通の人間の体の2倍くらい大きいのだから。
巨大な人……、『巨人』という呼び方は多分一番適切だろう。
手の中の男は必死に抵抗しようとしていたが、次の瞬間巨人が手の握りに力を入れて、数秒後男の体が動かなくなった。
「そんな……」
恐らく彼はもう……。
握り潰された男の体は彼女の手からポイ捨てされて、地面に落ちた。まるでゴミみたいに……。
「こんなあっさりと……」
今更驚くことではないだろう。だってさっきからこの女の子……巨人はずっと町で暴れてきて人を襲って建物を壊しまくってきたから。
数分前、どこからかわからないが、巨大な女の子が前触れもなく現れて、微笑みながら町を蹂躙し始め、これはこの町の地獄の開幕だった。
彼女が一歩一歩歩むたびに、地面も地震のような大きな震動が起きて、恐らく町中のどこからでも感じられるだろう。
この町の建物はほとんど1階と2階建で、6メートル以下だから、巨人が足を上げれば建物はその足の下……。その足が下ろされたら建物は簡単に砕け散ってしまう。
もちろん、人間も彼女の足の下にあればそれは言うまでもなく即死だろう。自分より2倍くらい大きい足だから。
その足は茶色の革靴と膝の半分くらいまでの白い靴下に包まれているが、それがどんどん真っ赤な血に染まっていく。茶色だったはずの靴と、白いはずの靴下はたくさん赤い染みが付いている。
そういえば、彼女のこんな格好……スカートだから下にいる人から中身は丸見えじゃないかな? 同じ年頃の女の子としてついこんな余計なことを心配してしまった。
あ、でも考えてみればどうせ下にいる人間に見られても次の瞬間足で潰されるだろう、と思ったらそんな心配はないかもね、と納得してしまった。
大体こんな状況で呑気で覗きなんかするほどの度し難い男なんているのか? 命を捨ててでも巨大な女の子のパンツを見たがるくらい変態な人はいないはずだ? いないよね?
いや、それはさておき。今巨人のパンツの心配より自分たちの心配だろう。
人々は必死に巨人から逃げ惑っているが、巨人の動きは意外と早すぎて、もし追われたらすぐ追いつかれてすぐ巨人の足の下敷きになってしまう。
逃げずに勇敢に巨人と立ち向かった人たちもいるが、まったく歯が立たなくて数秒で全滅だった。どんな魔法も武器もこのサイズ差の前では無力で、勝てるすべは全然見えない。こんな相手にどうやって戦うと言うの?
例えば剣を持って攻撃しようとしても近づけば手を出す前に巨大な足に蹴り飛ばされて戦いにならない。矢で攻撃しても巨人の肌が当たったら跳ね返って、傷一つもできない。魔法で炎を呼び出して攻撃して巨人の柔肌に当たっても綺麗なままで火傷なんて見えない。そして抵抗する人はみんなすぐ反撃されて、簡単に命を落とす。
巨人の暴れは基本的に足での攻撃が多いが、時々しゃがんで手でパンチをしたり、人間を鷲掴みにしたりもする。掴まえられた人間は握り潰されたり、投げ出されて落下死したり……。それだけならまだましかもしれないけど、息が絶える前にもっと酷いことされる人もいるようだ。でもあまりにも残酷だからやっぱりもう考えたくない。
それにしても……。
「なんで、笑っていられるの?」
彼女の顔だけ見れば目の前の玩具で満足して無邪気で幸せそうに笑って燥いでいる女の子みたい。だけど実際彼女がやっているのは人を殺めることだ。虐殺だ!
冗談じゃない! 何が楽しいの!?
巨大な侵略者は笑いながら人の命を奪っていく。人が苦しむのに心が痛まないのか? ううん、それどころかむしろ彼女はその光景を見て満喫して楽しんでいる。
見た目は可愛くて天使みたいな少女だけど、やっていることはまるで悪魔だ。
自分の町が壊され、人が命を落としていく光景を、私はただここから見ることができない。
私の今いる場所は町の真ん中の近くで、巨人が暴れているところとはある程度距離があって、しばらく安全……だと思っていたけど、彼女が暴れ続けていたらこことの距離が縮んでゆき……。
「やっぱりここももう……」
最早この町で安全な場所なんてないだろう。巨人がこっちまで来る前に逃げなくちゃ……、と思っている人が多いだろう。この辺りの人々も大事な荷物だけ持って必死に巨人と反対側の方向へ逃げていく。
だけど私はここから逃げるわけにはいけない。だってここに大切な人がいるから……。
「怖いよ。ミウリラお姉ちゃん……」
後ろから私の名前を呼ぶ女の子の声が響いてきた。その声は恐怖で震えている。
「アリレウ……」
私は彼女の名前で返事した。恐れ慄いている小さな少女……妹のアリレウに対して、『大丈夫よ』、『怖がらないで』、と言いたかったのに、それができなかった。
だって、バレバレな嘘なんて何の意味もない気がする。今の状況はどう見たって万事休すというのだから。
そして巨大な少女がここに近づくにつれ、私の心の中の絶望感が深まっていく。
今まで書いていたのと違う新作ですが、よろしくです。
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