世界計算資源の最適化計画
「AIが人の仕事を奪う」と言われてから数十年、AIは当時の人々が夢見たような汎用性を確保し、人間と区別がつかない精巧なロボットに組み込まれて……
といった夢のような進化を遂げる事は無かった。
その代わり、社会の隅々まであらゆる種類の機能特化AIが浸透し、人の仕事を肩代わりするようになっていた。結局人間は従来の仕事を奪われてしまったものの、AIが氾濫したこの社会ならではの問題が生まれた事により、新たな仕事を獲得するのだった。 ※レスバトルがあります。
「お前みたいなのがこのグレードでレスバなんて100年早いんだよ」
「論理破綻して人格批判でしか反論できないような奴はマニュアルサーバで大人しく脳筋作業しとけ」
「どんな大学出てようと、それは環境のおかげだってわかって良かったな。お前自身はザコなんだよ」
―本日の業務を終了します。お疲れさまでした―
分散処理を実行していた脳が、記憶の統合処理を行い、目を覚ます。時系列がリンクしていない複数の記憶が存在していて相変わらずの違和感を覚えるが、酔い止めを飲むほどではない。人によっては全く気にならないこともあるらしいが、そいつは普段から物事の因果関係が気にならないやつなんだろう。
脳波の反応を補足するヘッドセットを取り外して、ワーキングサーバへのアクセス端末になっているリクライニングチェアから起き上がる。硬くなった体を伸ばしながら、今日の報酬を確認する。
ブレインサーバの俺は相変わらず良く稼いでいる。脳のリソースを充分割いているだけあって記憶も鮮明だ。一方、マニュアルサーバにばら撒いている俺たちの成果は今ひとつだ。ボンヤリとだが、トロくさく働いている記憶が存在している。自分の事とはいえその無能ぶりに少しイライラするが、ブレインサーバにリソース振り向けている以上は仕方ないことなんだろう。
今は17時30分。飲み会は18時からだ。シャワーでも浴びて準備するか。
◇ ◇ ◇
「AIが人の仕事を奪う」と言われてから数十年、人類の種々のニーズに応える特化型AIと、それに最適化されたクライアント・デバイス自体を設計・創造するAI ――「マザー」と呼ばれる―― が実用化されたことをきっかけに、人間が対処しなければならない業務領域は極端に減少した。
頭脳労働のほとんどはAIが分析・提案を行うため、人間に残された作業は複数の候補の中から“好みの”提案を受け入れることだけだった。肉体労働もHUI(ヒューマナイズド・ユーザー・インターフェース)がサーバ上のAIから命令を受け取って作業するようになり、小売、建設などの労働集約型産業はもはや人間を必要としなくなっていた。
そのため、一時期は「人間の仕事がなくなる!」とAIに対する風当たりが強くなっていたが、AIの普及によって生まれた“ある問題”に対処するため、結局は大量の人間に仕事が与えられることになったのだった。
その“問題”とは、『計算リソースの不足』である。あらゆる社会活動をAIが肩代わりするようになったため、社会を持続させるためには莫大な計算リソースが必要になっていった。
マザーは、激増するAI・HUIに対し、半導体資源の供給体制が心もとないのではないかと、自身が創造した社会モデルの持続性に懸念を持ちはじめたのだ。そこで、代替が難しいHUIに半導体資源を優先的に供給し、AIに利用する計算リソースについては、半導体に頼り過ぎない手法を生み出した。それが
“人類脳分散処理計算システム”
マザーは、不足した計算リソースを人間の思考回路で補うことで、自身を頂点とする今の社会モデルを維持したのだった。
◇ ◇ ◇
―購入品が搬送されております。宅配ボックスをご確認ください―
予約に合わせて、玄関の宅配ボックスにお酒とツマミが届いていた。ボックスからそれらを運んで居間に並べ、準備完了。ARグラスを装着し、今日の飲み会部屋に接続する。
―Pルーム104793に接続します―
高校の同級生だった吉田と和泉が、ARグラスを通じて自分の両隣に現れる。なぜかこうやって定期的に飲み会を開くようになった腐れ縁だ。もう二人共飲む準備はできているようだ。
吉田が痺れを切らして喋りだす。
「都築、遅くねーか? もう始めるところだったぞ」
「仕事が終わるのが五時半なんだから仕方ないだろ」
「何のためのARだよ。仕事終わったらすぐ来れるじゃねーか。まあいいや、とりあえず乾杯!」
吉田は体力自慢であまり物事を深く考えないタイプのどうしようもない奴だが、なぜか俺に懐いてくるのでこうやって相手をしてやっている。
早速飲み始めやがったので仕方なく目の前にあるビールのプルタブを起こす。
「はいはい、乾杯! 仕事終わった後にシャワー浴びていたんだよ。オンラインと言ってもARなんだから多少身だしなみには気を使うだろ」
AR会合サービスが参加者の外見や行動を、“自宅で飲み会をしているように”再現してくれるおかげで、実際に会っているような感覚で飲み会をできるようになったのは大変ありがたいのだが、顔を見せないオンライン飲み会と違って自分の格好がARで再現されてしまうせいで準備が必要なのが玉に瑕だな。
「で、どうなんだ? 仕事の方は。なんかいい感じらしいじゃん」
和泉が尋ねてくる。こいつは飄々としていて掴みどころがない奴なんだが、俺と吉田だけだとすぐに詰まってしまう会話をうまく流してくれる。きっと潤滑油ってのは、こいつのような奴の事を指すのだろう。
「“カルキュレータ”の話か?」
「そうそれ、”カルキュレータ”だ。都築は今カルキュレータをやってんだろ?」
誰が名付けたか知らないが、マザーに計算リソースを貸し出す職業は、“カルキュレータ”と呼ばれるようになっていた。
「いや、終わってから思い出すと、業務中いろいろな事やってるみたいな気もするんだけど、なんか夢を見ているみたいにふわふわした記憶がほとんどなんだよなー。一番リソースを割り振っている頭脳労働系のサーバの記憶はそれなりにはっきりしてるけど」
「リソース? 労働系サーバ?」
既に二本目を開けた吉田が顔に大きなはてなマークを浮かべている。
「マザーがやってる計算のどの部分に、自分の脳みそをどれだけ使わせるかって話だよ。
大きく分けると、対話や複雑な行動をメインにした頭脳労働系のブレインサーバと、反射的な反応や同じ事を繰り返すような肉体労働に近いマニュアルサーバがあって、自分の論理性みたいな部分はブレインサーバAに、反射神経がメインって部分はマニュアルサーバCに、みたいな感じで自分の能力を切り分けて適材適所に配置していくんだ。戦略ゲームみたいで面白いぞ」
「あー、おれそういう難しいの苦手」
「吉田はそうだろうな、お前みたいなやつは肉体労働系サーバに全力で突っ込んでいけばいいんだよ。肉体労働系のサーバは歩合に近いからな、リソース突っ込んだだけ給料は得られるぞ。儲けたければ成果報酬型の頭脳労働の方がいいが、ココがいるんだよな」
左の人差し指で自分のおでこのあたりを数回つつく。
「基本的にはその場で相手を論破する仕事だ。そういったロジックの組立で使う脳内計算がマザーの計算に還元されるらしいから、簡単に言うと口げんかが強いほど儲かる」
「都築は昔から頭も要領も良かったしな。向いてそうだわ」
まあ、お前らと違ってな。
◇ ◇ ◇
高校受験に失敗した俺は、滑り止めのはずだった私立高校でこいつらと出会った。遊んでいてもそれなりの成績が取れたので、仲間うちでは一目置かれていたが、こんな環境だ。大学受験も希望したところには合格できず、妥協した先でずるずると卒業、求職が少ないこのご時世で何とか日銭を稼いで暮らしていた。
そんな俺にとって、この“カルキュレータ”という仕事は天職に思えた。専門知識が必要になるスペシャリストサーバは難しいものの、頭脳のポテンシャルだけで成果があげられるこの仕事は、環境や運で成功してきたやつらを見返すチャンスだった。
◇ ◇ ◇
―おはようございます。リソースの振り分けを設定してください―
翌朝、いつものように脳分散処理ポートフォリオを構築する。まずは『思考力』を中心とした論理系リソース、それから『怒り』に代表されるような、相手への攻撃性を有する一部の感情リソースをブレインサーバに集中させる。
状況を有利に進めるには、激昂や侮蔑といった感情も役に立つことをこれまでの経験で学んできた。
考える上で役に立たない身体能力系のリソースや、憐憫や感謝といった邪魔な感情リソースはマニュアルリソースに回して効率化を図っていく。
能力の無駄をする事なく稼げている感じが心地いい。
お? ブレインサーバでアクセス出来るサーバが増えている。
これまで、1番報酬水準が高いサーバは「対話機能」サーバだった。
それが、実績が貯まったおかげなのか、より報酬水準が高い「説得・提案機能」サーバに行けるらしい。やってみるか。
―業務を開始いたします。本サーバは勤務者の説得力や提案力に応じて報酬が支払われる、完全成果報酬型のサーバです。
困難な説得を成し遂げる程報酬が上がりますが、説得すべき相手を説き伏せられない場合、報酬が得られない可能性があります。よろしいでしょうか?―
「了解、始めてくれ」
―『了解』の意思をレコーディングしました。それでは、説得・提案機能サーバにログインします―
自分の思考が文字で埋め尽くされる。人によっては音声だったり映像だったりするらしいが、そんなものは邪魔なだけだ。状況がタイムラインで流れていく。
―『スグカウ』と、『イマカウ』、どっちを買うべきかしら?―
“そりゃあ『スグカウ』だよ、何てったって安いし”
“いやいや、『イマカウ』の方が高機能だよ、安物買いの銭失いっていうじゃないか”
手元には二つの商品の説明書き。どちらかを売り込めば良いのか。なるほど、面白い。
「こんなの、『イマカウ』を選ぶ奴はバカだね、態々高い物を喜んで買うような奴は、金持ち自慢のロクなやつじゃない」
“おいおい、いきなり横暴だな。そんなのニーズを聞いてみないとわからないだろ”
「はいでた、「ニーズ」。カタカナ言葉で煙に巻くやつは全員詐欺師だから信じない方がいい」
“何言ってんだよ? どっちを買うか悩んでいるんだったらまずはどういうのが欲しいのか聞くべきだろ”
「お前らがちゃんと話を聞くって保証は? どんな話をしたって値段が高い方を「ニーズに合ってますよ」って売りつけてくるに決まってるだろ」
“そんなこと言ってたら話にならないだろ”
「その通りだ、高い方を売りたがってるお前らは話にならんと言ってるんだ」
“ばかばかしい、面倒だから次いくわ”
「はい逃走。じゃあ『スグカウ』を買うってことで」
―ごめんなさい、今のお話、ちょっとよくわからなかったから今回はどっちもやめときますね。皆さん無報酬です―
ちょっと待てよ。相手が逃げたから俺の勝ちじゃないのかよ。なんだよ、両方やめとくって。混乱していると、次の相談が流れてきた。
―わたしマンガ描いても中々他の人に読んでもらえないし、公募にも引っ掛からない。もう描くのをやめようかしら?―
“公募に引っ掛かるのなんて1%未満なんだから、気にする必要はないよ”
“教えてくれたら読むから、まずはいろんなところで宣伝してみませんか”
チッ、こういう綺麗事は本当にイライラする。
「本当に描ける奴は他人がどうだろうと描く情熱を抑えきれないから描くんだし、そういう奴らだけがプロになれるんだよ。迷うくらいならやめちまえ。そもそもこんな相談は「そんなことないよ」って言ってもらうのを待ってるだけでやめる気なんかさらさらない奴の言い分なんだよ。そこまで欲しいなら言ってやるよ。『そんなことないよ』」
“おい、言いすぎだろ”
“そういうのは求めてねーんだよ”
―わかりました。ここで聞いたのが間違いでしたね。失礼します。皆さん無報酬です―
“マジ勘弁。素人がマウント取りに忙しくて仕事の内容分かってなくて困るわ”
“頼むから現実で対人コミュニケーションを学んでから来てくれ”
は? 俺に言ってんの? 相手のご機嫌取るだけの雑魚が、この俺に?
「論破されたからってこっちにあたるのはやめてもらえますかね? 自分の無力を嘆けよ」
“はいでたよ、論破したら勝ちだと思ってる論破厨。論破したら相手の心が動くと思ってんの?”
“まあ落ち着いて。慣れてないだけかもしれないだろ。キミ、ココは相手を説得するサーバだ。必要なのは口喧嘩の強さじゃない。共感を生む物言いや、複数の意見を聞きながら新しい知見を与える発想力が大事になるんだ。相手を言い負かそうとしているだけだと、何も得られないよ”
―今の発言に報酬が発生しました―
報酬? 俺の言い分が間違えていてあいつが正しいってことかよ。
「うるせえよ。確かに来るサーバを間違えたわ。仲良しごっこするようなところは俺には合わないわ」
“ちゃんと相手と議論することは大事さ。ただ、相手の意見を聞かずに頭ごなしに否定しても『説得』にはならないってことさ”
「ならお前も俺を説得できてないから一緒だろ。お前だって俺を否定している時点でダブスタなんだよ」
“歩み寄りは双方の意思がないとそりゃ無理さ。キミがこちらに心を開いてくれないと”
「なんでこっちが折れなきゃいけないんだよ。俺を説得できてないのはお前だろ」
“もうこんなのに構う必要ないだろ”
“いやこれ高度なミッションなのでは?”
“(笑)難易度高すぎだろ”
野次馬がうるさい。もうこんなサーバにはこねえよ。システムコンソール、ログアウトだ。
―業務を中断しました―
分散処理を実行していた脳が、記憶の統合処理を行い、目を覚ます。記憶の焦点が定まってくると、沸々と怒りがこみ上げてくる。
どいつもこいつも俺の事をバカにしやがって。特にキミ呼びしてきたやつの上から目線、許し難い。
報酬を確認すると、ブレインサーバの方は腹立たしいことにゼロだが、マニュアルサーバも報酬が減っていた。
あぁ、マニュアルサーバも中断扱いだから報酬下がったのか。マニュアルサーバの出来事が朧げに蘇ってくる。
……
「いつもトロくてすいません」
“仕方ないよ、リソースが割り当てられてないんだ。もう少しリソースがあれば、脳の神経回路が繋がりやすくなって、『慣れる』ことができるんだけどな。そうすれば効率は上がるから、ここだけは覚えて帰ると良いよ”
「ありがとうございます! 頑張って覚えておくようにします」
……
きっとこいつのいう事も一理あるのだろうが、俺はマニュアルサーバなんかで負け犬に甘んじているつもりはない。ブレインサーバにいる、したり顔してそうな奴らをボコボコにしてやらないと気が済まないんだよ。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、説得・提案機能サーバにどれだけリソースを割いたところで、結果が好転することはなかった。どいつもこいつも腹立たしいが、特に毎回のように現れる“教育者”を気取ったやつらの俺を見下しきった発言は、絶対に許せない。寝ても覚めても、あいつらの言葉が耳にこびりついて離れないのだ。
“相手の意見を否定するのは自分の意見じゃないって言っているだろ”
“論点ずらして人格攻撃したところで、ロジックがちゃんとしてないんだから評価なんてされないぞ”
“そもそも相手をリスペクトしてないと交渉ごとなんかできないってわからないかな?”
うるさい。
“え、リソース減らされちゃったの? それじゃ仕事覚えるのも大変だろう。仕方ない、ほら、手伝ってやるよ”
“世の中助け合いだろ、俺はこういう肉体労働得意だからマニュアルサーバがあって良かったよ。人の役に立てている気がして楽しいんだ”
うるさいうるさいうるさい!
―Pルーム105819に接続します―
今日は久しぶりの飲み会だ。出席するような気分でもないが、約束した以上仕方ない。
「都築、仕事の方はどうだ?」
いつものように和泉が話を切り出してくる。
「別に。ぼちぼちだよ」
本当はハラワタが煮えくり返っているが、ここでそんな話をしても仕方がないので興味なさそうに答える。
「どうした? 何かあったのか?」
「なんでもねえよ」
和泉はこういうところに目ざとくて、少しイライラする。すると、普段からあまり空気を読まない吉田が、身を乗り出してきて話しかけてきた。
「聞いてくれよ都築。こないだ俺にはマニュアルサーバの仕事が合ってるって言ってたじゃん。俺さ、それを信じてカルキュレータ始めたんだ、もちろん肉体労働全振りでさ。したらめちゃくちゃ楽しくてさ」
っ……? マニュアルサーバの記憶がフラッシュバックする。
「みんなそれほどリソース? を割かないから子供みたいな感じで頑張ってるんだけど、やっぱり限界があって、俺はそういう奴らを手伝ってあげたりしているんだ。報酬はそりゃあそこそこだけど、充実してる」
恩着せがましく手伝ってくるやつ……
「ぅるせえよ……」
「都築、どうした?」
和泉が俺の変化を感じ取ったらしいが、吉田は全く気付いていないようで、目を輝かせて話を続ける。
「これまで脳筋脳筋って言われてきたけど、脳筋であることがこんなに褒められることもあるんだな、と思ってさ。紹介してくれてありがとな。今の仕事、色んな人の役に立てている気がして楽しいんだ」
その言葉……、もしかして、吉田、お前なのか。
「うるせえ、上から目線でモノ言ってんじゃねーよ。マニュアルサーバなんて脳のゴミみたいな部分を集めているだけのスクラップ工場みたいなものなんだよ。そこでお山の大将気取ってさぞ気分はいいんだろうな。けどそんなマウント取ったところで現実には意味ねーんだよ」
「つ、都築、どうしたんだよ、突然。俺は頭いいお前が勧めてくれたから……」
「頭いいってなんだよ。お前らが阿呆なだけだろーが。そんな俺にマウント取っておきながら、表面上はいい人を気取りやがって。バカにするのもいい加減にしろよ」
辛抱できずに吉田に殴りかかる。
「落ち着け都築! ARだぞ。拳が当たるわけないだろ」
和泉が俺を抑えようとするが、ARだから止めることはできない。自分の拳も空を切るばかりだったが、それでもひたすら殴り続ける。
「俺はなぁ、お前らみたいな負け組に仲間意識持たれて尊敬されたってなぁ、何にも嬉しくねーんだよ!」
涙声になって叫んだところで、俺の意識は途絶えた。
―「対話機能」サーバにログインします―
ん? いつの間に業務開始したんだ? まあいいや、対話機能サーバは久しぶりだな。レスバで相手を潰せばいいんだから、こんな楽なサーバはない。あいつらをボコボコにした後は、偶にここで気晴らしをするのもいいだろう。
“ねえねえ、仲良くならない?”
今回の相手はこいつか。対話機能サーバでは、とりあえず相手を攻撃していくのが自分の定跡だ。
「俺と仲良くしたいって頼む立場なんだったら、それなりのものが必要だよな? お前は俺に何が差し出せるわけ?」
“大切にするし、困っていたら助けるよ”
「はっ、そんなの当てになるかよ。いざとなったらすぐに裏切れるだろ。そんな口約束は意味ないね」
“そんな簡単には裏切れないよ。でも、もし僕が友達だったら信じてくれる?”
「そんな仮定は意味ないね。お前は俺の友達じゃない」
“友達になれない? あなたに友達は居るの?”
「お前には関係ねーだろ」
“友達は、大事にしないとだめだよ”
……またか。ここでも俺に説教か?
「正論のつもりかもしれないが、俺からするとそれは大間違いだ。大事にしたい相手だけが友達であって、大事にしてない奴は利用しているだけの知り合い。そもそも友達じゃないからどうでもいいし、お前に心配される筋合いはねーよ」
“それは困るよ。あなたがそう思ってなくても、彼らは僕の友達でもあるんだから”
は? 何を言っているんだ?
“だから、和泉と吉田だよ。いつだって冷静で周りの事がよく見えている和泉と、まっすぐで、あなたの事を心の底から信じている吉田。二人とも大事な友達なんだ”
こいつ……
“あなたが急に殴り掛かるから、あの後は大変だったよ。とにかく必死に謝って許してもらったよ。あいつらはいい奴らだよ”
こいつは、俺か?
“やっと気づいてくれた。だから最初に仲良くなろうっていったんだ。あなたは僕の事が嫌いみたいだけど、あなたは僕で、俺はお前。だからうまくやっていきたいな、と思って”
なるほど。友人に対する『感謝』、俺に対する『憐れみ』、道理でいう事が一々鼻につくわけだ。
「俺がお前? 一緒にするなよ。お前は要らないから俺が捨てたゴミじゃねーか。ゴミが人間様と仲良くなろうなんて傲慢だな。自分の身の程をわきまえろよ」
“ゴミでごめんね。でもたとえゴミだって、譲れないものはあるんだよ。あの二人は、僕の友達なんだ”
ああ、そうか。『友情』ね。これもゴミだったか。
「ゴミは要らないからゴミなんだよ。邪魔だから消えてくれないか」
“……わかったよ。僕はあなたの前から消えることにするよ。でも、彼らはもらっていくから”
「目ざわりだから、早く消えてくれ」
―ログアウトします。人格統合処理を不要とする意思表示を受け付けました―
あれ以来、日常生活で違和感を覚えることが増えた。まず、カルキュレータの報酬が増えた。対話型サーバで以前と同じようなことをやっていても、だ。理由は分からない。一方で、飯を美味いと感じなくなったり、テレビを見る気がなくなったり、少し不便なことも増えた。
だが、一番の違和感は和泉や吉田に会った記憶が全く残らないことだ。行動履歴データを参照すると確かに定期的に会っているはずなのに、一切覚えていないのだ。そもそも会う必要を感じていないから、記憶がないこと自体には問題はないが、記憶障害は脳に異常がある可能性がある。
丁度今日は月に一度行われるカルキュレータ向けの定期健診だから、しっかりと診てもらう必要があるだろう。
―「診察室」サーバに接続します―
“単刀直入に申し上げます。行動履歴データや問診結果を総合すると、あなたは解離性同一性障害です”
診察AIが診断結果を伝えてくる。解離性同一性障害?
“一般的には、多重人格と呼ばれる症状です。ただし、人格のスイッチは適切になされており、日常生活に支障をきたすほどではありません。友人と会合した記憶がないのは、別の人格が現れているというだけです。現在は行動履歴データが残るので、記憶が多少飛んでいてもそれほど心配する必要はないでしょう”
「仕事に支障はないのですか?」
“少なくとも、カルキュレータの業務を遂行するのに問題はありません。むしろ、分散した人格の統合処理をスキップできるため、個々の人格は安定する傾向にあります。カルキュレータの皆さんは、分散した人格をマザーが把握していますので、このまま安心して業務を続けてください”
なるほど、安心だ。
―ログアウトします―
ゆっくりと目を覚ます。どうやら解離性同一性障害らしいが、問題ないらしい。安心だ。ふと、『安心』という感情に引っかかりを覚えた。こんな感情は久しぶりだ。自分はこんな人間だっただろうか。
違和感を解きほぐしていくと、次々に疑問が浮かぶ。診察室サーバに入っている間、他の人格はどうしていたのか。そもそもなぜ、自分は診断結果に疑念を抱かなかったのか。解離性同一性障害は本当に問題がないのか。
記憶が飛ぶようになったきっかけは、あの会話だ。そもそもあの場は、誰がセッティングしたんだ。分割した自分を同一のサーバにログインさせることなんて通常できない。
そして、最後のシステム通知。
『―ログアウトします。人格統合処理を不要とする意思表示を受け付けました―』
マザーは、この意思表示を受けることで計算リソースが節約できたはずだ。確信に近い疑念が次々と浮かんでくる。
しかし、それらの疑念は、浮かんではすぐに靄がかかり、徐々に重要な事ではないのだろうと思えてきてしまう。仕方のないことを考えていた気がしてきて、気分転換が必要だと思い始めた頃、メッセージの通知音が響いた。和泉からだ。
“都築、一度お前がキレておかしかった時があっただろ? あれからお前が妙に柔和になって、さすがに変だったから調べてみたんだよ。
そしたらさ、最近急に友人の人格が豹変して困ってるってやつらが何人もいるんだ。当人たちにはそんなに豹変した意識がないから調査は難航しているみたいだが、どうもカルキュレータが原因の一端なんじゃないかって話だ。お前、カルキュレータを続けていて大丈夫なのか?
柔和なお前はそりゃあ付き合いやすいけど、俺たちはそもそも勝ち気でやたらプライドの高い、けれどなんか一緒に居てくれるお前と友達になったんだからな”
メッセージを閉じる。どんなに和泉たちが困惑してようと俺には関係がない事だ。
なぜなら、俺自身はカルキュレータをしていれば安心なんだから。
<了>
お読みいただきありがとうございました。
レスバトルの熱量……それをどうしたら仕事にできるんだろうと考えた作品です。日常生活で常時レスバしてる人なんて見ないから、きっと人々はレスバ特化人格を持っていて、それが特定の場所で顕現しているのだろうという推測を形にしてみた結果、きっと行き過ぎるとこういう事になるのかな……と考えた次第です。