しんでた
英雄という言葉がある。
読みは言わずもがなえいゆう。最近ではヒーローと字を当てられるようなこともある。
正義の味方、みんなに頼りにされ、悪が蔓延ることを許さない。多くの苦しんでいる人を救ったり、巨悪を滅ぼしたりでつけられる称号だ。同時に男の子なら誰しも一度は憧れたことがあるような、羨望の対象でもある。
例に漏れず僕も絶賛憧れている口だ。
では、英雄になる条件は前述したとおりだが、条件を達成するには、何が必要か。
強い力。
勇気。
自己を顧みない心。
守るべきもの、大切な人。
間違いない。僕の知ってる物語の中の英雄たちはみんなそれらを兼ね備えていた。
加えて、英雄になるにはさらに、きっかけが必要だ。
世界の危機。
強敵の襲来。
活躍の場がなければ、英雄と呼ばれるのは難しい。
どんなに勇敢な剛力無双も、日々デスクワークに追われていてはそうそう英雄とは呼ばれまい。
そこでそろそろ僕、花咲 玲の話をしよう。
ぼくは自分で言うのもなんだが、運動も勉強もそれなりにできる高校3年生。18歳。
親や周りの人間に恵まれたのもあって、まっすぐ育ち、正義感に溢れている。
……自分で言うと些か滑稽な自覚はあるが、それほど見当はずれなことは言ってないように思う。
そんな僕はある日、偶然にも暴走トラックに轢かれそうな子どもを助ける。僕の身を犠牲にする形で。
その後、神様と邂逅した僕は、神様の手違いで死んだのでファンタジーな異世界に転生させてもらえることになった。
その世界では魔王の侵攻が始まりそうであり、危機が迫っているとかなんとか。
そうして、神様の力で並外れた身体能力と魔力を付与してもらった僕は、魔王を打倒し異世界の英雄となるため異世界への転生を果たしたのだった。
だけど僕はそこで、一つの物をもらいそびれていた。
英雄になるのに必要なもの、
強い力。
勇気。
自己を顧みない心。
守るべきもの、大切な人。
それよりもっと大切な、僕が持っていないもの。
元の世界で僕が失ったもの——
「僕、死んでね?」
——命。
英雄になりたい僕はとりあえず、どうやらとんでもない忘れ物をしてしまったようだった。