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交差点の馬  作者: 石原羊
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確信と願望

今日もあの日の先輩と2人で,例の交差点へと向かう.


あの日から3日経ち,僕と先輩が再び例の交差点に割り当てられた.3日前,交差点で見た馬は,本当に大学生の仕業なのだろうか.そして,本当に我々への挑戦状なのだろうか.


3日間,馬が路上に放置されていたというようなニュースは耳にしなかった.本当にずっと放置されていればニュースになりそうなものなので,今僕が何も知らないことは,あの馬は持ち主の手によって回収されたということを意味していた.


先輩の方は,3日前は少し苛立っていたようだが,今は特にそうでもなさそうだ.というより,忘れているようだ.先輩は基本的にやる気のない人間で,僕が軽トラックを運転している間スマホを触ったり眠ったりしている.


そして,例の交差点に差しかかる.

「あっ」

思わず声が漏れた.先輩もその声で全てを察し,

「あっ」

と同じ声を出した.


交差点の南西の角,ドラッグストアの前,まさに3日前と同じ場所に,あの気高い馬がいた.馬は落ち着いていて,一定の距離を保って奇怪な目を向ける通行人には全く無関心だった.


「やっぱり.誰か知らんけど,ここの学生の仕業やな.舐めよってからに」

先輩は3日前の苛立ちを思い出したかのように腕を組んで周りを見渡している.

「そんなに撤去して欲しいんやったら撤去したるわ」

軽トラックを停めると,先輩はすぐさま降りて馬の方に駆けていった.


「おい,こいつ,どうやったら持っていけるんや」

意気込んでいた先輩も,いざ馬のそばに行ってみると,その迫力で近寄れずにいる.

いくら大人しいと言っても,刺激すれば大変なことになりかねない.そもそもここは歩道なので,暴れられれば大事故になるかもしれない.

「まあまあ,僕らで持っていくのは無理でしょう.警察にでも電話しますか」

僕は冷静な対処法を口にした.

「それやと負けた気になるやんか」

先輩はプライドが高い.

「まあまあ,そもそもこんなところに馬を放置するのは犯罪でしょう」

「ちゃうねん,俺らへの挑戦やねんから,俺らが勝たんと意味ないやろが」

先輩はそう言うものの,馬に近寄る勇気はないらしい.

「どうしましょうか.ひとまず自転車を撤去しますか」

そう言って,ある程度馬から離れた場所の自転車を担いで荷台に運んだ.先輩も渋々ではあるが自転車撤去作業に移った.


自転車を運びながら,馬の方へ目をやった.

馬の周りには,自転車がたくさん停められている.馬から5メートル程離れた場所では,1人の女子大生らしき人が馬をじっと見つめていた.どうやら,馬のすぐ近くの自転車の持ち主らしい.大きな馬がいることにより,自分の自転車を取れないらしい.

「あの馬のやつ,あいつが居ることでチャリの回収もできへんやんけ,ほんま腹立つなぁ」

「もしかしてそうやってチャリを守っとんのか」

先輩はぼやいているが,僕はそこで重要なことに気がついた.


「違う.そうじゃないです.重要なところは」

自然と先輩に声をかけていた.

「あの女性は自分の自転車を回収したいんです」

「あ?見たらわかるやろそんなん」

「馬が怖いのなら,馬のそばに停めますかね」


よく考えればそうだ.わざわざ馬の近くに自転車を停めることはない.1台ぐらいなら勇気ある人が停めたと考えることもできるが,そこにはたくさんの放置自転車があった.

「つまり,あの馬は自転車が停められたあとにあそこに来たんですよ」

「確かに,なるほどなぁ.ってことは,まだここに来てそんな時間は経ってない言うことか」

「そうなりますね.我々がここへ来る直前にここに放置されたと考えていいんじゃないでしょうか」

見ると,自分の自転車を回収したい人々は,あの女子大生の他にも何人か増えたらしい.交差点に駐輪する人は,ドラッグストアなど,この辺りの店を利用する人がほとんどだ.だから,多くの人は短時間で戻ってくる.思い返せば,3日前もそうだ.あの馬の周りにはたくさん自転車が置いてあった.


「ほな,俺らがここに来るのに合わせてあいつをここへ連れてきたんやな」

「その可能性は高いです」

「やっぱり俺らへの挑戦やないか,絶対持って行ったるからな」

今日と3日前のことから,僕らが来るタイミングに合わせてこの馬が連れてこられたの可能性はかなり高いだろう.しかし,だからと言って僕らへの挑戦とは限らない.馬を連れてきた犯人の意図はまだ不明だ.


推理をしているうちに,ふと時計に目をやると,もう次の漁場へ出発している時間だった.まだ南西の角しか終わっていないのに.交差点の対岸へ目をやると,我々の存在に気づいた人々が既に自転車を引き上げ,放置自転車はあまり残っていなかった.

「先輩,もう時間ですよ.ひとまず,上に報告して,次に行きましょう」

「あぁ,しゃあないな,次こそは覚悟しとけよ」

先輩は馬に向かって吐き捨て,助手席に乗って対岸に移った.

馬に時間をとられ,既に多くの自転車は引き上げられていたため,今日の漁は不漁に終わった.


交差点を北に走り,少しずつ撤去を行いつつ,右折して東に向かう.このあとは,さらに北に向かい,撤去自転車の保管場所へと走る.一番の漁場は例の交差点なので,ここから先はほとんど撤去を行わない.

「なぁ,ちょっと寄り道せぇへんか」

先輩は突然そう言った.行き先は言われなくても分かった.

「行きましょう」

左折するはずの交差点を右折し,さらに少し走った先で右折した.行き先は,先程の交差点だ.


もう一度交差点に着き,赤信号の停止中にドラッグストアの角を見た.そこには馬はおらず,馬のそばにあった自転車もなくなっていた.あの女子大生も自転車を回収できたことだろう.

「やっぱり.居れへんな」

「居ませんね」

「俺らが来てる間だけ置いとくってことか」

「その可能性が高いですね」

ここまで来ると,「可能性が高い」だけでは済まず,もはやそうに違いないと確信するようになっていた.というより,そうであって欲しいと望んでいたのかもしれない.

「ちょっと停めて誰かに聞いてみよ」

「えっ」

「ドラッグストアの前停めて」

先輩に言われるがまま停車し,軽トラックを降りた.さっき撤去したばかりにも関わらず,自転車の放置がちらほらあった.慌てて自転車に乗って走り去る人を横目に,先輩を追いかけてドラッグストアに入った.

「すいません,さっきこの店の前の道路に馬がいたと思うんですけど」

先輩は躊躇なく女性の店員に話しかけた.

「あー.いましたね」

「その馬,どうなりました?」

「ついさっき,4〜5人ぐらいの人が連れていきました」

「そいつら,誰ですか?若い?」

「えっと...大学生ではありそうでした...」

「なるほどな.ありがとうございました」

先輩は聞きたいことを聞くだけ聞いて,その店から出た.

「帰るで」

「あ,はい」


犯人についての手がかりを掴み,先輩は少し嬉しそうだった.

「次,馬置いてたら絶対に撤去したるからな.アイデアは持っとるから」

「そう,なんですか」

「あぁ.」

それから車内は沈黙したが,僕は運転しながら,自分なりの推理を進めた.恐らく先輩はどうやって撤去するか作戦を立てているのだろう.2回馬を見たからといって,3回目があるとは限らない.しかし,僕は3回目もきっとあるのだろうと思っていた.そしてそれは自分の願望であるということにも薄々気づいていた.次にあの交差点に来たとき,どんな風にしたら馬を撤去してやれるのか.先輩はどんな作戦を練っているのか.馬を連れてきた人たちの真の目的は何なのか.この時僕も先輩も考え事に夢中で,馬がいたことを上に報告するのをすっかり忘れてしまっていた.このことが幸いし,僕らは3回目の戦いに招待されることになる.

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