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悪女エリザベートによる軌跡  作者: 無位無冠
もう一度呼んでくれませんか
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報告

 自分がエリザベートお嬢様ならどうする。


 侍女部屋で休憩するといつもこの話題になる。エリザベートに付いている侍女ヘレーネは、うんざりした気分だった。


「許せるわけないじゃない。昔はあんなに仲がよかったのに」


「殿下相手だよ? 私だったら身を引くなぁ。もちろん泣く泣くだけど……」


「王太子様なんだから、旦那様みたいにみんな囲ったらいいんだよ」


 言い方は違えど、だいたいこの三つに分かれる。何度やっても同じになるなら、もう止めればいいのにと思っている。ちなみに執事の一人とお付き合いをしている子によれば、男も同様の話をして、大半が王太子殿下の甲斐性なしが問題と言っているらしい。


 ともあれ、話をその先に進めたくなくて、話題を変える。


「あの方の婚約者、部屋で塞ぎ込んでいるらしいですね」


 あの方とはウィケッド家から除名されたウィリアムを指す。

 エリザベートお嬢様の婚約破棄を手引きしたのがウィリアムと聞いたときは、家中の全員が驚きを隠せなかった。次の日には除名が告げられ、平民となったために敬称が要らなくなった。むしろ付ける訳にはいかなかったが、爵位を持たない使用人からすると収まりが悪い。そこで、徐々にあの方と呼ぶようになっていった。


「そりゃあね。婚約者が姉の流言を飛ばして、公爵位を狙ったとあれば……」


「しかもエリザベートお嬢様を糾弾するのをご覧になったんでしょ?」


「お可哀そうに。食事も取ってないって聞いたよ」


「お父上の子爵様もやつれていらしたもの」


 新しい話題に、みんなが収集した情報を披露してくれる。うまくいったと思いながら、飲み物に口をつけた。これでのんびり聞いていられると思ったが。


「でもさぁ――」


 一人が再び話題を変えてきた。


「エリザベートお嬢様、ほんっとうに捕まった犯罪者と関係がなかったのかな?」


 それまで姦しかった部屋が静まりかえる。誰もが、もしかしてと考えないことではなかったからだ。


 嫌だけれども、この話になったらエリザベートお嬢様に付いている自分が出るしかない。他の者では何も言えず、沈黙が続いてそれが本当のことのようになってしまうからだ。


「エリザベートお嬢様なら、殿下のお相手を襲わせるのにわざわざ他人を雇いません。いくらでも人はいるのですから」


 ヘレーネは、周りと顔を合わせないように自分の飲みかけの(カップ)へ視線を落とす。


「ウィリアム様は変な嘘をつくような人じゃなかった」


「目の前に公爵位がぶら下がったので、欲が出たのではないですか? そもそも、どうやって犯罪を犯すような輩と、公爵令嬢が接点を持つというのです? 屋敷の外では、私たちなり護衛が付き添っているのですよ」


「そうだけど……」


 どうせ付き添う私たちが口裏を合わせているなんてことを言うのだから、さっさと黙らせることにする。人や話の切り口が変わるだけで、同じ話題に対処しているから方法はわかっている。疑われるのも不愉快だと言わんばかりに強気に出るか、反論できない権威を持ってくればいい。


「まさか、私たちが側にいない時がある屋敷内か王宮で、犯罪者と会っていたと言うのではないでしょうね」


 そんなことはあってはならない。今度は公爵家や王家が犯罪者とつながっていると言うようなものだ。それがわかっているのだろう、話題を変えた侍女は自分の飲み物を飲み干して部屋から出ていこうとする。


 ヘレーネは、じっと自分の杯を見つめながら、口を開く。


「それと、あの方を様付けで呼ぶのは止めなさい。爵位をもった方が多く出入りしているのです。聞き咎められても知りませんよ」


 乱暴にドアが閉まる音が響き、居たたまれない沈黙が部屋を支配する。

 これだからこの話題は嫌なのだ。


「そ、そうだ、ヘレーネ」


 比較的仲の良い子が自分に話題を振ってくる。沈黙が嫌だったので、なに?とばかりに首を傾げて見せて続きをうながす。


「ヘレーネもさ、残念だったね。今回のことで結婚が延期になったでしょ?」


「もう知っていたの。仕方ないわ、こんな情勢ですもの」


 ヘレーネは肩をすくめた。


 本来なら憤るべきなのだろうが、旦那様自ら謝罪してくれたうえに、相手の家にも自筆の詫び状と謝罪金まで送ってくれた。かえって不気味に感じるほどの丁重さだったらしく、手紙で今回のことが落ち着くまでいつまでも待っていることと、その旨を旦那様へ伝えて欲しいと取り成しを頼んできた。思わず声を出して笑うものだから、同室の子からひどく心配された。


 私の達観した態度に、みんなが面白くなさそうな表情をする。


「ふーん、気にしてなさそうね。ところで、休憩前に騎士様と話してたでしょう。最近よく話しているみたいだし、何の用事だったの?」


「何を疑ってるんですか? 違いますよ、あの方はヴィルマお嬢様の一族の騎士です」


 一瞬浮気かと浮き立ちそうな空気が、一気に納得の気配を漂わせる。


 ヴィルマお嬢様は、周囲の予想に反してエリザベートお嬢様に可愛がられている。エリザベートお嬢様に敵視されるのでは、とヴィルマお嬢様を心配していた使用人たちはほっと胸をなでおろしたものだ。


「ヴィルマお嬢様の一族にとっては、将来がかかった一大事。お二人の仲を随分と心配されているのです」


 下級貴族の一族から、出世頭となるはずの若君が最悪の形で消えた。一族の姫君を心配して、様子を確認しているのだろうと周囲も理解した。


「ごめんごめん。ちなみに今日のエリザベートお嬢様のご機嫌はどう?」


「朝はすこぶるご機嫌でした。今はヴィルマお嬢様を着せ替えてお遊びしているはずです」


 着せ替えは、異母姉妹であるのにお揃いにしていると良く似ていたから始めたお遊びだ。不敬であるが、年若い侍女たちも一緒になって遊んでいる。


「じゃあ、私はもう行きます」


 ヘレーネは椅子から立ち上がる。また嫌な話題になる前に抜け出すことにしたのだ。


 みんなが、もう休憩を終えるのか、と意外そうな顔をする。追及されるのも面倒だから、ふと思いついた冗談で煙に巻くことにする。(もと)は、結婚相手から手紙とともに贈られてきた劇の台本の台詞だ。娯楽にと回し読みしたので、分かってくれるだろう。


「一刻も早く、囚われたヴィルマ姫を魔王の手からお助けしなければ」


 剣を持つ仕草をし、声を低くして告げると、部屋中が一拍おいて大笑いする。


「勇敢なる騎士様にご武運を〜」


 笑い声を背に、部屋から出る。そして、ドアを閉じると静かにため息を漏らした。主人を笑いの種にするのは問題であるが、使用人の噂を消して回っているのだから許されるだろう。


 そう自分自身で納得し、ゆっくりとエリザベートお嬢様の部屋を目指す。本当ならまだ休憩していてもいいのだ。問題はない、ヴィルマお嬢様が玩具になっている時間が少し延びる程度だ。


 玄関ホールを横切る時、来客と執事長セバスティアンを見かける。来客は、王宮からの使者のようだ。

 婚約破棄がなされてからすでに十日。王宮もようやく仕事ができるようになってきたと噂で聞いた。しかし、ウィケッド公爵家一族一門の多くは未だに出仕していない。人手不足と業務の内容がわからず四苦八苦しているらしい。


 旦那様は王宮からの使者に、病と称して会わないうえに、手紙すら受け取ろうともしない。なのにそれを尻目に一族の貴族が部屋へ通されていく。会わせるよう強弁を振るう使者に、爵位を持った貴族である執事長も対応に苦慮していた。使者を帰した後に、胸を押さえる姿を見かけているので心配になる。


「わかっておるのか、我らは国王陛下からの勅使であるのだぞ」


「さよう。それを何度も足を運ばせおってからに」


「我らは公爵と知り合いなのだぞ。それを使用人風情が」


 聞いていても仕方がないと、ヘレーネは足早に通り過ぎていく。


「あの方々も毎日よく来るものです。王宮には人材がいないのかしら」


 だんだん小さくなっていく声を聞きながら呟く。


 そして、行き違う同僚たちに何度か会釈しているうちに目的の部屋が見えてきた。

 近づくにつれて華やかな声が響いてくる。


 自分が甲斐甲斐しくも、主人の悪評を消すという命じられてもいない憂鬱な仕事をやっていたというのに、随分楽しげではないか。


 腹が立つ気持ちを我慢して、心持ち強くドアを四回ノックする。ヴィルマが着替え中かもしれないために、ドアを開けるときはゆっくりだ。


 エリザベートの部屋に入ると、あちらこちらにエリザベートが着ていた昔のドレスが広げられている。ヘレーネは、これは片付けるのが大変そうだと嘆息する。


「ヘレーネ? どうしたのかしら」


「エリザベートお嬢様、お伝えすることがございます」


 ちょうど新しく着せる服を吟味中だったらしい。

 エリザベートが残念そうに、持っていたドレスを侍女に渡す。ヘレーネを含む侍女たちも心得たもので、部屋中のドレスを片付け始める。


「また遊びましょうね、ヴィルマ」


「はい、お姉様。楽しみにしております」


 姉妹はにこやかに挨拶し、ヴィルマは自分の侍女を伴って退出していく。


 ヘレーネはドレスを片付けながら、そんなヴィルマの姿を目で追っていた。

 髪の色や長さこそ違えど、ヴィルマがエリザベートの昔のドレスを着ていると、当時のエリザベートの姿を思い出して懐かしくなってしまう。


「あとはヘレーネにやらせるから、他も出ていきなさい」


 エリザベートの一言で、侍女たちは息を揃えて、かしこまりました、と頭を下げて素早く出ていってしまう。ヘレーネはそれを恨みがましい目で見送るしかなかった。


「それで、何かあった?」


 エリザベートがお気に入りの椅子に腰掛ける。ヘレーネも片付けを中断して、エリザベートに向き直った。


「まずはウルストラについてです」


 エリザベートがうなずいて続きを促す。


「傍流も傍流ですが、エイチンク伯爵の一族なのは本当です。殿下に近づく女ということで、旦那様が調べておいででした。家格からしてせいぜい愛人にするしかないと、甘く見ておられたようですね」


「ご自分も愛人を囲っていらっしゃるのだから、それに文句を言うお父様ではないか」


「旦那様は殿下と違って、義務は果たされていると思いますが……」


「そう? まあいいわ。続きを」


「私たちに調べがつかなかったのは、どうやら父親までしかエイチンクからしても一族と認識されていなかったようです。エイチンク一族から婿を迎えない限り、ビンゲン家は別の系譜に名を連ねていたでしょう」


「一族とか一門とか複雑怪奇だわ、由来も仕来りも知らない他家のは特に。紋章院に伝手がない私たちにはわからないか」


 ヘレーネは黙して答えない。本題は次なのだから。エリザベートもそれを察したのか、小さく手を振って続きを催促した。


「続けます。父親同士の口約束でありますが、ウルストラに許嫁がいたことがわかりました」


 気怠げに聞いていたエリザベートが身を起こす。予想もしていなかったのだろう。


「口約束程度なので、もちろんすでに破棄されています。こちらは殿下自身が動かれたとのこと」


「略奪愛とでもいうの……さぞ、燃え上がったのでしょうね、殿下は……」

 

 エリザベートが苛立たしげに髪をかきあげた。


 ヘレーネと同じ色の髪であるのに、艶があり、明るいとヘレーネとは別物のようであった。それを改めてヘレーネは実感する。そして、そんな感傷を見せることなく、情報を苛立つエリザベートに伝える。


「相手はクライン男爵家の三男アーネスト・クライン。兄二人は死亡しています」


「クライン…………クライン…………聞いたことがあるわ」


 こめかみを指で叩きながら、エリザベートが考え込む。


「もう何年も前にお亡くなりになっておりますが、祖父はテオフィル・クライン。国王陛下の幼少時に家庭教師を務め、存命中は最も低い王位継承権をお持ちの方でした」


「思い出した。関わりもないし、王家とも言えない末席の家だったから私は弔問しなかったけれど、お悔やみは殿下と連名で署名したわ。確か、クライン家の王位継承権はテオフィルで最後だったはず」


「その通りでございます」


「王位継承権がありふれた安物になったのか、偶然か。それともビンゲン家が狙っていたのか」


「王家への介入を狙っていたと? 存命中の婚約とはいえ、老齢で役職からも退いているテオフィルを利用するというのは、さすがに考え過ぎでは?」


「だと良いのだけれど」


 エリザベートは考え事をするように瞑目する。


 エリザベートお嬢様は、ウルストラを弱小貴族と侮って手痛い反撃を食らったので警戒してらっしゃる。しかし、精々がテオフィルの伝手でビンゲン男爵を良い役職につけるくらいしかできないだろう。


 ヘレーネは主の思考を妨げないようにしていると、エリザベートは悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。


「略奪愛のこと、あなたの結婚相手に教えたら面白い劇を作ってくれるかしら?」


 真剣に考えていらっしゃると思えば、そんなことを思いつくなんて……。


 ヘレーネは大きくため息をつき、(かぶり)を振った。


「お止めください。お嬢様もご存知でしょう? 彼はそうした台本は書きませんので……」


「あら残念。人気が出そうなのに」


 エリザベートの口調は、言葉だけでまったく残念そうではなかった。


 ヘレーネ自身、確かに愛憎劇には魅力を感じてしまっている。いっそ自分で書いてしまおうかと脳裏をよぎるが、まずは報告を続けて話を逸らすことだ。そうしないと、本当に結婚相手に書かせることになりかねない。


「ウルストラについては以上でございます。次に、ドワルド夫人の側仕えから返事が届いておりました」


「向こうは何と?」


「夫人もお嬢様とお会いしたいとおっしゃっている、とのことです」


「そ。会う日取りはあなたが決めておいて」


「かしこまりました。……それにしてもよろしいのですか、旦那様にご報告しないで」


 ドワルドはウィケッド家に次ぐ高位貴族になる。いくら当主ではなく、その奥方に会うと言っても問題ではないだろうか。


「構わないわ。邪魔が入らないうちに手を打っておきたいから」


 ヘレーネの心配をよそに、エリザベートは上機嫌であった。


 ヘレーネは、主人の機嫌が良いうちに疑問に思っていたことを聞いてみたくなった。自分の将来もかかっているのだから、できれば知っておきたい。


「旦那様は……如何(いかが)なさるおつもりでしょうか?」


 旦那様、ウィケッド公爵は穏健だった。もはや過去形で言われるようになっている。

 王国一の貴族家の当主であり、資産も資金も潤沢にある。政治を左右する大きな力によって反対勢力からは嫌われているが、温厚な性格と気前の良さでそれ以上の貴族に慕われている。

 そんな旦那様が、国王陛下と王太子殿下によるエリザベートお嬢様への裁定は、流言を証拠にした間違いであると抗議した。影響力を行使し、貴族の出仕を止めて王宮を機能できなくさせている。

 世間ではどう決着をつけるのか、震えながら見守っていた。


「さあ? とりあえず考えられるのは……」


 エリザベートは柔らかく握った手をヘレーネに示す。


「王家をも左右する力を持つ。もしくは取って代わる」


 閉じていた手から指を一本、また一本と笑顔で伸ばしていく。


「独立する。帝国に寝返る。そして、王家を交代させる」


 手が開かれたところで、エリザベートが笑い顔をおさめて続ける。


「他にも考えてらっしゃるかもしれないけれど、これまで通りというのは絶対にない」


「それは、やはり他家から侮辱されたからでしょうか」


「そうだと思っていたのだけれど、違う気もするわ」


 これは結婚は当分先になりそうだとヘレーネは落胆する。事が落ち着いて、エリザベートが結婚するまで自分は嫁ぐことができない。

 彼は待っていてくれる。待っていてくれると信じているが、お嬢様のように邪魔者が入るかもと思ってしまう。


「で? 報告は終わりかしら?」


「いえ、あと一つあります」


 正直に言えば、言いたくはなかった。しかし、言わなくてはならない。黙っていても無駄になりそうだから。


「お探しの例の男を見つけました」


「本当に見つけたの?」


 エリザベートお嬢様が、驚きに目を丸くしてらっしゃる。探すように指示を出しておきながら、見つかるとは思っていなかったのだろう。自分も、三日前に報告されたときは誤情報と思ったのだ。三度も確認させて、ようやく報告する気になった。だからしっかりと首肯する。


「向こうもこちらと接触を持ちたかったみたいです。殿下からの追及が緩んでいる今のうちに動いたけれど、守衛が多くなっているために、こちらから探さなければ連絡が取れなかった、と」


 エリザベートが立ち上がり、窓から外を眺める。


「………………」


 窓に映る顔からは何らの感情も読み取ることはできない。

 だが、ずっと側近くで仕えてきたヘレーネは知っている。主エリザベートは、激怒している。そして、それが今まで三度しかなかったのも知っている。


 最初は、プレゼントの鳴き虫をウィリアムが逃したこと。次に殿下がウルストラに愛情を向けられ、自分を顧みなくなったこと。そして、最後は例の男、カールがウルストラを仕留め損なったこと。


 ヘレーネは人員をどうするか考えながら、じっと命令を待つしかなかった。

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