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悪女エリザベートによる軌跡  作者: 無位無冠
もう振り返ることはしません
19/26

決別

 お祈りに集中していたためか、従兄弟が呼びに来るまで時間が経っていると気づかなかった。


 案内された部屋に行くと、父と姉、ラディスラウムにマーロムがすでに待っていた。


「遅くなって申し訳ありません」


「いやいや、私もいま来たところです。ちょうど始めるところなので、大丈夫」


 穏やかに姉の隣を示すマーロム。


 こっそりと深呼吸してから、姉の隣に腰を下ろす。姉は、ちらりともこっちを見てくれはしなかった。


「それでは、聞き取ったことを報告しましょう。まずは……ヘレーネという侍女を殺害した女から」


「あの女は何と?」


 エリザベートがマーロムに問いかける。ヴィルマから見て、特に変わった様子は見られない。


「どうやら、暗殺犯の背後に誰かがいるというのはないようですな」


「そんな馬鹿な。あれだけ状況を混乱させておいて、誰もいない? 真実なのですか、司教」


 ラディスラウムが椅子から身を乗り出す。


「そのようです。どうやら、その女はウィリアムに恋情を抱いていたらしい。ウィリアムからも、屋敷の侍女の中では親しくしていた方だという証言がとれました」


「もともとは、私の母の友人の娘と聞いています」


 だから、自分たち兄妹とは親しかった。姉にとってのヘレーネほどではないが、小さい頃はよく遊んでもらった覚えがある。


「凶行に及んだのは、ウィリアムが除名されたことによるみたいですね。その原因となったと思っているエリザベート嬢へ、相当な恨みがあるとのことです」


「叔父上、それは」


 ラディスラウムが口を挟もうとするが、マーロムがそれを手で押さえつけるようにして制する。


「まだ明らかなことではありません。ここは、お下がりを」


 ラディスラウムが口をつぐむ。


「とにかく、エリザベート嬢へ恨みを募らせていました。ウィケッド家を除名になった後のウィリアムは殿下のところにいると考えていたが、殿下が公爵にウィリアムの居場所を聞いたため、行方不明とわかったとのこと」


 エリザベートがラディスラウムに視線を向ける。それに応えるようにラディスラウムはエリザベートを睨みつけた。マーロムが咳払いをすると、二人が視線をそらす。


「ウィリアムが殺されたと思い込み、夜に犯行に及んだ。その際、侍女の……ヘレーネをエリザベート嬢の前に殺害するつもりだったようです。けれども見つからなかったためにエリザベート嬢の部屋に行ったと証言しました。殺したのはずっとエリザベート嬢だと信じていたらしい。なので、誰かがエリザベート嬢を演じていると思い込んでいましたよ」


「あの日はヘレーネとお酒を飲んで、二人で寝てしまいました。おそらく、ヘレーネが誤魔化してくれたおかげで、わたくしは暗殺を逃れられたのですね……」


 エリザベートが目をつむって天を仰ぐ。


「貴方の友に安らぎがあらんことを」


 マーロムの祈りにエリザベートとウィケッド公爵が感謝の意を示す。


「あの、マーロム司教。お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんでしょう、ヴィルマ嬢」


「どうして暗殺者が……ウィリアムと一緒にいたのですか?」


 自分と兄が暗殺を指示したのではないことがはっきりした。これで、一族の疑いは晴れる。しかし、二人が一緒にいた理由を明らかにしないと、何か起こるのではないかと不安だ。


「女は、神が添い遂げさせてくれた、とばかり言っています」


 なんですか、それは。


 あまりの答えに呆気にとられる。


(らち)が明かないので、ウィリアムに確認しました。二人が会ったのは、ドワルドの反乱が起こったころです。反乱によって平民街も混乱状態にありました。暴漢に襲われていた女を、ウィリアムが偶然助けたらしいのです。助けるまで、誰かは知らなかったと言い張っています」


「偶然……ですか」


 結局、誰も暗殺を企図したわけではなかった。二人が一緒だったのも全くの偶然。拍子抜けするが、これで自分の一族に向けられる目は柔らかくなるだろう。


「では公爵、二人の身柄なのだが……」


「こちらはヘレーネを殺した犯人さえ任せてもらえればかまいません」


 父と殿下の話し合いは問題なく進むはずだ。殿下も潔白が証明され、わざわざ暗殺者をかばうことはない。


 協議の結果、暗殺犯はウィケッド一族の裁きに委ねられることになり、ウィリアムはラディスラウムが連れて行くことになった。暗殺犯は、監獄近くの刑場(けいじょう)で、殺されたヘレーネと同じ方法で処刑されることに決まる。


 父は刑を見届けてから帰るとのことで、自分と姉は先に帰るように言われた。意外だったのは姉が素直に応じて、刑を見ないことだった。

 しかし、確かに見ても愉快なことはないだろうと思い直し、姉に続いて監獄の外に出る。


「ヴィルマ!」


 王家の馬車近くに立っている平民らしき男から名を呼ばれる。


 平民のあまりの無礼に顔をしかめた。叔父と従兄弟が自分の前に出てくれる。


「ヴィルマ! お前からも言ってくれ! 彼女は人を殺すようなことはしない! 濡れ衣なんだ」


「まさか……」


 お兄様と呼ぶのを辛うじて呑み込む。


「頼むヴィルマ!」


「ウィリアム、止めるんだ。彼女自身が証言したことだ。さあ、馬車に入っていろ。離宮に帰ったらゆっくり話そう」


 ラディスラウムと兵士が、ウィリアムを強引に馬車へ乗せる。その間もヴィルマの名前を大声で呼び続けていた。


 あのような兄ではなかった。哀れに思う以上に、あんな愚かな人物に自分たちが苦しめられてきたのかと怒りが湧いてくる。叔父たちも怒りを抑えられない様子だ。


「ヴィルマ。あいつは取り乱しているだけだ。落ち着けば、前のようになってくれる」


 ラディスラウムが語りかけてくるが、兄への家族としての想いは急速に冷え込んでいく。


「殿下、お気になさらず。あの者は、もう当家には関係がないので」


「……そうか」


 自分の言葉に、なんとも言えない顔をするラディスラウム。誤魔化すように、ラディスラウムが視線を姉に向けた。そして、おもむろに口を開いた。


「ヴィルマ、ウィケッドを出るつもりはないか? ウィケッドには居づらいだろう。もちろん、君の一族も悪いようにはしない。私が全力で、君と君の一族を庇護しよう」


 少し大きめの声で、姉にも聞こえるようにしているのがわかる。ちらりと振り返れば、姉がこちらに顔を向けている。そして、すぐに馬車に乗り込んでいった。ただ、馬車の扉は閉められることなく、開けられている。


 殿下の提案は魅力的だった。まだまだウィケッド内では自分の一族を見る目は厳しいはずだ。殿下を推す中立派では、きっと宣伝も兼ねて大切に扱われる。

 だが、その手を取るということは逃げ出すことになりはしないだろうか。


 自分たちは悪いことをしてはいない。あの、慟哭し、自分だけのことしか考えていない人物のために、どうして振り回されないといけないのか。ウィリアムたちに何があったにせよ、これ以上は関わり合いになりたくなかった。


 それに、礼拝所でマーロム司教と約束した。信じた道を、マクシミリアンと歩むことを。


 ヴィルマは大きく横に首を振る。そして、断られるとは思っていなかったのであろう、驚くラディスラウムに告げる。


「お誘いには感謝いたします。しかし、私はあの者の妹であるよりも、エリザベート・ウィケッドの妹であることを選びます」


 ラディスラウムに深く一礼し、姉が待つ馬車に向かって歩き出す。左右の叔父と従兄弟から戸惑っている気配があるが、胸を張って自分は正しいと示しているとそれもなくなった。


 馬車に乗り込むと、姉が意外そうな顔をする。


 お姉様でもそんな顔をされるのですね。


 姉の知らなかった一面を見れたことが、妙にうれしかった。吹っ切れてしまうと、どこか遠くに感じていた姉が近くなった気がする。

 笑顔で、来たときと違って姉の隣に腰を下ろす。


 急に図々しいかと思ったが、咎められることなく姉はすこし席をずれてくれた。


「向こうに行かなくてよかったのかしら? 今ならまだ間に合うわよ」


「ええ、お姉様と一緒に帰ります」


「殿下に誘われたことで、あなたはまた疑われてしまうわ。本当に、いいのね?」


「後ろ暗いものは何もありません。言いたい者には言わせておけば良いのです」


 エリザベートが高らかに笑い声をあげる。


「ヴィルマ、すばらしいわ。そうよ、わかっているじゃない」


「はい。これからは、前だけを見ます」


 誰が、どのように、何を言おうともかまわない。


「もう振り返ることはしません」


 自分は、兄ではなく、姉を選んだのだ。どこまでも、姉について行くと決めたのだから。


 一瞬、エリザベートがうれしそうな顔をした。ヴィルマに自信はないが、笑顔とはまた違った顔であった。ヴィルマも自然と顔がほころんでいく。


 不意に、エリザベートの手がヴィルマの髪に触れる。


「ヴィルマは髪を伸ばすつもりはない? お揃いにしたら、もっと姉妹らしくなると思うわ」


「お姉さまがどうしてもと、お願いしてくださるなら、お揃いにしてもいいですよ」


 エリザベートにもたれかかり、意地悪な笑みを浮かべた。





 




 エリザベート・ウィケッドの妹ヴィルマは、その生涯を姉のために捧げたと言われる。あまりにも姉に追従するものだから、少なからずの人々が諫言したと言うが、一顧だにすることはなかったという。そして、姉のために夫のマクシミリアンすら意のままに操り、エリザベートの政治を助けることになる。


 また、エリザベートとは異母姉妹であると長く言い伝えられていた。異母姉妹であるために、自分の後ろ盾が欲しくてエリザベートに従っていたと信じられてきたのだ。しかし、信頼できる記録には異母姉妹と示す根拠はない。事実ヴィルマの結婚にはエリザベートの母親が、母としての役割を果たしている。

 姉妹で描かれたという肖像画には、顔つきこそ違うが、瞳の色や髪の長さなどの共通点が見受けられる。これだけで母親のことはわからないが、仲の良い姉妹であったことはうかがえる。


 同母異母の結論は出ないが、エリザベートが国を奪うには、ヴィルマの存在が必要不可欠であった。エリザベートもそれを承知していたらしく、粗略に扱うことなく、最愛の妹として遇していたらしい。

 後世、悪女の走狗と悪し様に描かれることの多い人物であるが、マクシミリアンとともに描かれた絵には自信に溢れた笑みを浮かべ、夫に寄り添っている姿が今でも見られる。

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