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悪女エリザベートによる軌跡  作者: 無位無冠
こんなこと絶対間違っている
11/26

酒毒

「兄上、また酒を飲んでおられるようですね」


 マーロムの問いかけにばつの悪そうな顔をするアルブレヒト。

 弟が自分の潔白のために行動している中で、自分は酒を煽っている。それを恥じ入る心はまだ残っていた。


 だが、謝ることはしない。弟を援助する兄のために、弟が行動するのは当然のことなのだから。


「マーロム、そんなことより、どうであった? あの下賤な嘘つきはウィケッドと通じていたろう?」


「……それなのですが、兄上。本当に、襲撃を計画したのは兄上ではないのですね? 私にだけは、真実を教えていただけないでしょうか」


「何を言っているのだ!? 儂がそんなことをすると、本気で思っているのか!」


 アルブレヒトは怒声をあげるが、マーロムは怯まなかった。毅然として兄に相対し、激昂したアルブレヒトのほうが逆にたじろいでしまう。


「ドワルド侯爵とともに、カールなるものを尋問しました。もう一度他の者を使って本人かを確認し、その上で詳細に問い詰めたところ、私には虚言を弄じているようには見えなかったのです」


「それはお前が甘かっただけであろうが。もうよい、儂がやる」


「この件は教会が預かっています。国王陛下と言えども、当事者となったからには、それを覆すことは出来ません」


「貴様っ。この兄に逆らうというのか」


 思わずマーロムに掴みかかるが、酔いで足がもつれてしまう。マーロムが慌てて支えなければ、転んでしまうところだった。


「落ち着いてください。教会のことは、私に任せてくださればいいのです。悪いようにはしませんよ」


「あ、ああ。そうだな」


 マーロムに支えられながら立ち上がり、椅子に座りなおす。


 落ち着くと、確かに教会のことはマーロムに任せるべきだとわかる。気が急いてしまってマーロムを責めてしまったが、それも全部ウィケッドが悪いのだ。


「兄上、カールのことは任せてください。それよりも王宮内のことです」


「何だ、王宮内のこととは?」


「王宮内に兄上とウィケッド公爵を争わせようとしている者がいるかもしれないことです」


 自分でもウィケッドでもないのなら、その可能性はある。王を嵌めようとしたものが潜んでいるやもしれない。

 もしそうだとするなら必ず探し出さなければならない。


「お気づきになりましたか? 兄上には不服でしょうが、もしそんな輩がいるなら、公爵との和解に話を持っていけます」


「なるほど。お前の言う通りだ。ウィケッドとのことはともかく、不届き者の有無はたしかめなければならん」


「はい。誰かが裏で糸を引いているか知れません。お気をつけください。もしかしたら、ドワルド侯爵かもしれないですぞ」


「ドワルドがか? まさか、あいつに王宮の侍女を動かせはせんよ。そのようなことは……」


 無いと、自信をもって言い切れなかった。自分が、ラディスラウムとエリザベートの痴情のもつれを利用したように、ドワルドも王とウィケッドの共倒れを仕組んだとも考えられる。侍女だって、ドワルドの縁戚の一人や二人いてもおかしくはないのだ。

 アルブレヒトは、また自分の足元が急に不安になってきたのを感じていた。


「……そうだな。ああ、気をつけるとしよう」


 だから、アルブレヒトはマーロムにこう答えるしかなかった。




 

 

 



「聞きましたか? 国王陛下がビンゲン家襲撃の犯人をドワルド侯爵と考えておられるとか」


「おお、何でも陛下は日和見のドワルドなどと呼んでいらっしゃると聞きましたぞ。しかも、それは王位を狙うための隠れ蓑だったらしい」


「ウィケッド公爵とのことが終われば、次はドワルド侯爵が……」


 ドワルド侯爵が王位簒奪を企んでいる。貴族社会は様々な噂が流れるが、内容が内容だけにこれは急速に広まっていった。

 無責任な憶測が、まるで真実のように語られていくのは世の常である。しかし、その標的にされるものは堪ったものではない。ドワルド侯爵は、噂が流れたのは自分の責任として自主謹慎を行い、侯爵の取り巻きたちも噂にさらされることを嫌って出仕をしなくなった。

 平時ならよかったが、ただでさえ王宮内の業務はウィケッド一派がいないことでボロボロの状態であった。それに加えてさらに人員が減ることで、残された貴族たちへの負担はいや増すことになる。不満から、さらに過激な憶測が噂となって流布されていく。


「ドワルド侯、そなたも聞いておろう。王宮内に流れる噂を」


「はい、陛下」


 玉座の間には、国王アルブレヒトと王太子ラディスラウム、王の側近である貴族や騎士たちが集まっている。そして、玉座に対して跪くドワルド侯爵とその取り巻きの貴族たち。


 王位簒奪を狙っているというドワルド侯爵の噂は、もはや誰もが信じるようになっている。ウィケッド一派と対立中であるアルブレヒトも、もはや捨て置くことはできなくなった。そこで、玉座の間に主だった貴族たちを集めて鎮静化させることにしたのだ。


「雀どももいらぬさえずりをするものだ。儂はそう考えておるが、どう思う?」


「まこと、その通りでございます。しかし、火急の事態が生じている故、不安に思ってのことでしょう」


「その火急の件があるからこそ、一致団結せねばならぬ。それを、邪魔しおる者のなんと多きことよ」


 玉座の間にいる貴族たちの多くが、そっと顔をそむける。アルブレヒトの位置からすれば、その様子がよく見て取れた。


 怒声をあげたい気持ちに駆られたが、どうにか我慢をする。そして、傍らの侍従が持つ盆からカップを取り上げた。口元まで運ぶと、とても良い香りが(さか)だった心を鎮めてくれる。


「この茶はドワルド侯よりの贈り物だな?」


「左様でございます。候爵様より、奥方様が直々に厳選された茶葉をブレンドした物と伺っております」


 アルブレヒトの下問に侍従が答える。それを聞いてから、カップに口をつけた。香りに見合った味が口内に広がっていく。


「うむ。美味である。良き品を持ってきてくれたな、ドワルド侯よ」


「恐縮でございます。妻が、心を伝えるのに茶をおいて他にないと申しておりました。我が心は、陛下に届きましたでしょうか」


「ああ、私心なきそなたの忠誠を疑うことはない。皆の者、今回のドワルド侯の贈り物は毒味をしておらん。それだけ、儂は侯を信頼している。以後は軽挙妄動を控えて、このアルブレヒトの下で協力するのだ」


 アルブレヒトは別にドワルドを信用も信頼もしているわけではない。むしろまだ疑っていたが、ドワルドが毒殺を試みる程の度胸はないと高をくくっていた。自身の贈り物で毒殺を考えるくらいなら、もっと積極的な行動を起こしている。


 貴族たちが自分の言に頭を下げるのを確認し、もう一度カップに口をつけて、一気に飲み干す。


 茶をうまいと感じるのは久しぶりのことであった。

 さりげなく視線を動かすと、侍従によってカップにお茶が注がれる。


「陛下。侯爵がおっしゃるには、この茶には酒を入れても美味とのことです。如何なされますか?」


「なんと。それは良きことを聞いた。せっかくだ、試してみよう。用意をせよ」


 侍従の進言に上機嫌で命じると、すぐに酒が運ばれてくる。どうやら用意してあったらしい。


 アルブレヒトは、そばに置くのは気の利かなくなってきた老侍従からこの若い侍従にしようと決めた。


「父上、謁見中に酒を飲むのは……」


「せっかくのドワルド侯の心遣いだ。それは楽しまなければならん。そうだ、皆にも酒を振る舞おうぞ。和解には宴席がいい。今日は準備ができておらんが、酒だけならば用意できよう」


「仕方ありませんね。わかりました、すぐに運ばせましょう」


 ラディスラウムが、指示を出すために幾人かの貴族と騎士を引き連れて出ていく。


 アルブレヒトは邪魔者がいなくなったところで、カップに酒を少量加える。

 侍従が言っていた通り、酒精の香りが交わってたまらなくなる。


「良い香りだ。ああ、ドワルド侯よ、もう立っても良いぞ。他の者たちも、ラディスラウムが戻るまで歓談して待っていよ」


 参集している貴族たちがそれぞれ会話を始める。それを見届けて、アルブレヒトは茶を口に含んだ。

 酒精が加わった茶の味は、これまたアルブレヒトの味覚によくあった。我慢できず、一気にあおる。


 茶が喉を通り過ぎると、飲み足りなく感じた。しかし、今これ以上飲むのはためらってしまう。

 だが、すぐにカップが茶で満たされる。酒も、さっきよりも多めに加えられた。


 若い侍従がやることだ、失敗もある。これを叱ってはならんな。


 笑顔でカップに口をつけ、貴族たちの歓談を眺める。そして、二口、三口と口に含んでいく。


 酒を飲む良い口実ができた。この茶を飲むのならラディスラウムも文句はいえまい。


 アルブレヒトが内心ほくそ笑んでいると、指先に違和感を感じた。少量の酒に酔うことはない。カップを盆に戻し違和感を感じる手をじっと見つめる。


 日頃に飲みすぎておったから、酒毒にあたったか。これでは酒を控えなければなるまい。


 アルブレヒトがそう考えているうちに、指先の違和感は手全体の痺れに変わってきている。


「父上、お待たせしました。酒はすぐに運ばれてきます」


「あ、ああ。そう、か」


 ラディスラウムが戻ってきたらしい。だが、痺れは手から腕へ、体へと伝わっている。


「父上? どうかされましたか?」


 ラディスラウムの問いかけも遠く聞こえる。玉座に座っていられず、崩折れるように倒れ込んでしまう。


「父上!」


「ドワ、ドワルド……きさ、ま、ま、さか……」


 息も満足できないなか、どうにか口を開く。これは酒毒ではありえない。毒を盛られたとしか考えられない。そして、それを為したのは、茶葉を持ってきたドワルドしかいないのだ。


「馬鹿な。そんな馬鹿なことが……」


 ドワルド侯爵が目を見開き、戦慄(わなな)いていた。


 異常を察した貴族たちも驚愕している。そして、その視線はドワルドに向けられていた。


「早く医者を! ドワルド! 貴様、父上に何をした!?」


「……もはや……致し方あるまい」


 ドワルドは呟くと、腰の一気に剣を引き抜く。


「ドワルド! 乱心したか!!」


「者ども、酒に溺れ、妄挙(もうきょ)に走り、我ら青き血の一党を弄ぶ暴虐の王アルブレヒトを倒すのだ! このドワルドに続けい!」


 ラディスラウムを上回る大声をドワルドが発し、アルブレヒト護衛の騎士に斬りかかった。

 ドワルドの取り巻きも、一拍遅れて剣を抜き、それぞれが斬りかかっていく。応戦するために騎士が剣を抜くが、その騎士の中にドワルドに味方する者も現れて混戦が繰り広げられる。

 さらには剣を持っていない貴族たちは逃げ惑い、混乱に拍車をかけた。


「父上! 父上!」


 ラディスラウムの呼び声が聞こえる。麻痺する体を動かして、どうにか顔を向けると、ラディスラウムが剣で戦う姿が朧気(おぼろげ)に見える。


「国王陛下をお助けするのだ!」


「暴虐の王アルブレヒトを倒せ!」


 相反する声が各所で上がり、玉座の間に留まらずに王宮内のあらゆるところで戦いが起こっていった。

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