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悪女エリザベートによる軌跡  作者: 無位無冠
こんなこと絶対間違っている
10/26

尋問

 エリザベート暗殺未遂から七日。

 逃亡した侍女は未だに見つかっていない。見つからないのは、対立した派閥同士で警戒しあっているために、ウィケッド公爵派が捜索範囲を広められないことによる。さらには、派閥貴族の引き抜きも行われており、その対応にも追われるために信頼できる人員が少ないのもある。

 中立派と主戦派にしても、誰が首謀者かを必死になって探しているが、疑心暗鬼を生むだけで見つかっていない。


 ウィケッド公爵との協議も、暗殺を警戒しているためにあれから行われていない。


 何もかもが進展を見せないまま、時だけが過ぎていく状況にアルブレヒトは不満だった。日に日に酒量は増えており、ラディスラウムにも注意を受けた。それが一層アルブレヒトを苛立たせる。


 しかし今日は、ある人物を迎えるために酒を飲んではいなかった。


「マーロム司教、よくぞ来てくださいました」


「笑ってしまうからやめてください、兄上」


 アルブレヒトとマーロムが笑顔で握手をし、そのまま抱擁を交わして肩を叩きあった。


「久しぶりだな。事前の知らせもなくこちらに来ていたのには驚いたぞ」


「ええ、急だったもので連絡できませんでした。用件は、お察しいただけると思います」


 アルブレヒトが渋面を作って、マーロムから離れる。子供じみた反応であるが、弟であるマーロムにとっては気にはならない。それだけ自分を信用していると知っているからだ。


「ああまあ、座ってくれ。それで、周辺諸国の様子はどうだ」


「各国は静観を続けるのではないでしょうか。ただ、長引くようなら、その限りではありません」


「そうか。それまでには収めなければならんな」


「兄上は、どういう決着をお望みで?」


「知れておろう。ウィケッドを屈服させる」


 マーロムに拳を固めてみせる。弟が呆れ顔になっているが、これは本気だ。今さら引くことなど出来ないのだから。


「ウィケッド夫人。まだ拘っておられるのですね?」


「……当然だ。地位も、名誉も、容姿すら奴には勝っている。なのに彼女は俺を選ばなかった。目に物を見せてやらなければならんのだ」


 マーロムは深々とため息をつき、首を振る。


「兄上のお気持ちはわかりました。それで具体的には?」


「奴の下にいる者たちを引き抜かせている。まだ小者ばかりだが、なぁにすぐ誰が上なのか理解するだろう」


「だと良いのですが……」


「なんだ。何かあるというのか?」


 反発されたことは不快であったが、努めて平静に問いかけた。

 王位継承を後押ししてくれた弟だ。無下(むげ)に扱っては、体裁が悪いし、教会の後押しは必要だった。関係をこじらせることはない。


「いえ、公爵がおとなしくしているとは思えないもので」


「ふん。一族に王宮への出仕を止めさせてからは何の行動も起こしておらん。所詮はその程度の男であったということだ」


「そうですか。なるほど……」


 考え込むマーロムをいぶかしげに見るアルブレヒト。


「兄上、教会は今回の事態を非常に憂慮しております。ラディスラウムとエリザベート嬢との婚約の儀は、王国が執り行った儀式です。しかし、兄上……神の代理人として国王の名の下に行われました。それを、兄上は教会へ何も言わずに破棄された。教会は兄上が神を蔑ろにしているのではないかと疑っているのです」


「馬鹿な。そんなことあるわけない」


 国王が不信心を疑われては、ウィケッドとの争いで不利になってしまう。時機を失するわけにはいかないと焦って行動したのが仇になった。それに、今まで教会に根回しをしていなかったのは落ち度であった。


「ええ。私もそう言いました。しかし、他の方々は信じようとしません」


 ここにきてまた頭が痛くなる問題が。布施を集めることしか考えておらん分際で。


「もしかしたら、公爵の差し金かもしれないと」


 それはありうるかもしれない。昔から卑怯なことが好きだった奴のことだ。


 考え込むアルブレヒトに、マーロムは安心させるように笑いかける。


「そう心配せずに。だからこそ、私が来たのです。これで、うるさいのはしばらく口を出せません」


「おおマーロム、お前は昔から頼りになる」


「なに、落ち着いたら生臭坊主への援助を増やしてくれたら結構ですよ」


「ちゃっかりしている。勿論そうさせてもらおう」


 まったく見返りを求めないよりもよほど信用できる。


 アルブレヒトは侍従を呼ぶために鈴を鳴らす。するとどこにいたのか、音もなく老侍従が姿を見せる。


「茶を。いや、酒のほうが良いか?」


「それは夜の楽しみにいたしましょう。こちらの教会にも顔を出しておきたいので」


「では仕方がない。夜にはとびきりのを用意しておく」


 その時、乱暴なノックの音が響く。


「誰か!? 騒々しいぞ!」


 アルブレヒトの誰何(すいか)の声に、慌てて兵士が部屋に飛び込んでくる。


「陛下、失礼いたします!」


「騒ぐでない。客人が来ておる」


「申し訳ありません。王太子殿下から急報でございます」


「ラディスラウムから? 何かあったのか?」


「は、はい。ウィケッド公爵から使者が参ったそうでして……」


 ウィケッドからだと。あやつ、今さら何をしようというのだ。


 ウィケッドから王宮側への接触は初めてのことだった。それ故にどうしてもアルブレヒトの不信感はぬぐえない。不吉な予感が胸の奥で高まっていった。


「やつは何と言ってきたというのだ?」


「それが、ビンゲン家を襲撃した主犯格を捕まえた、と」


「まさか。そんな馬鹿なことが」


 ビンゲン家を襲撃させたのはエリザベート・ウィケッドだ。そのはずなのだ。そうであるべきなのだ。なのに、ウィケッドが主犯を突き出してきた。


 マーロムと顔を見合わせながら、アルブレヒトは足元が崩れる音を聞いていた。









「それでは、神の下で真実を明らかにしましょう」


 貴族街の教会において、マーロムが宣言した。


 ウィケッド家が捕まえたビンゲン家襲撃犯の取り扱いは難航した。王宮側は本物であるかを疑い、またウィケッド側は公正な審理が行われるか懸念したためだ。妥協案として教会が預かることとなったが、ウィケッド公爵がそれを素直に認めたことにアルブレヒトは不信感を拭えなかった。

 弟のマーロムが取り仕切ることにならなければ、教会の介入も拒んでいたところだ。


「早速ですがウィケッド公爵、貴方が捕まえたという人物は?」


「もちろん連れてきております。おい、連れてこい」


 兵士数名で一人の人物を連行してくる。

 頭から粗末な袋を被せられており、手足も鎖で拘束されていた。引きずられるように連行されているが、足はしっかりしている様子だ。


「王太子殿下も、すでに捕らえている犯罪者を連れてきてください」


「わかりました、叔父上。いえ、司教」


 ラディスラウムが合図をすると、今度は数名の男が連れてこられる。こちらも鎖で拘束されており、そして明らかに疲弊した男たちだった。


「では、まずはその男、カールでしたか? 本人であるかを確認したい。公爵、顔を明らかにして下さい」


 ウィケッド公爵自ら男から、被せている袋を剥ぎ取る。

 無精髭がのび、殴られたであろう跡があるが、血色は良い。


「お頭」


「間違いない。カールだ」


 口々に声を上げる犯罪者。騒がしくなる前に兵士たちによって、沈黙させられる。


 どうやら本物らしいな。


 アルブレヒトは、設置した仮玉座から進行を眺めているしかない。口出しはマーロムから固く禁じられているからだ。


「ウィケッド公爵の言うとおり、襲撃犯の主犯で間違いなさそうだ。カールよ、これからの問いに嘘偽りなく答えよ」


 マーロムの言葉に、ただ睨み返すだけのカール。


「お前はビンゲン男爵家を襲撃した。それに偽りはなしか?」


「ああ、ない」


 あまりの不遜な答えに、兵士がカールの背を殴打する。前のめりに倒れそうになるが、左右の兵士がそれを許さない。


「偽り……ありません」


「目的は、金品か? それとも人か?」


「人です。金目の物は自由にしていいと」


 カールの言に、一気にざわめきが広がる。


「なぜビンゲン男爵を選んだ?」


「そう頼まれたから、です。ビンゲン男爵邸を襲って、殺せと。前金も十分にもらったです」


「ほう、頼まれた。どのように頼まれたのだ?」


「ビンゲンにいる恋敵を始末してほしいと言っていた、ました」


「なるほど。では、誰がそれを依頼したのだ?」


「使用人の女で、名乗らなかった。そういう依頼は、いつも向こうは名乗らない……です」


「名乗らなかったというが、お前の部下たちは依頼主の名を知っていたぞ。神の前で偽りは許されない。直ちに全員を刑に処するぞ」


 カールの部下たちから次々に非難の声があがる。カールへも罵声が浴びせられるが、すぐに大人しくさせられた。


「部下の一人に、女をつけさせたです。女は、ウィケッド公爵邸に入っていったらしい」


 これで決まりだ。誰も文句は言わない。ウィケッドもこれで終わった。


 覆されるのではと恐怖を感じた自分を笑ってやりたかった。アルブレヒトは両手の指を合わせて、笑みを浮かべる。それはラディスラウムも同様で、周囲の貴族たちと手を握っている。

 だが、ウィケッド一派に無念そうな気配はない。余裕すらある顔をしている。


「では、ウィケッド公爵に依頼されたということだな」


「違う」


 その一言で、アルブレヒトの笑みが崩れ、顔が引きつる。


「前金をもらった時にも、一応女の後をつけた。今度は自分で。部下が言ってた通りに公爵邸に入っていったが、すぐに出てきて別のところに行った」


「どこに向かった?」


「…………王宮だ。女は城門をくぐっていった」


「偽りだ!」


 アルブレヒトが声をあげる。主戦派の貴族たちからも、それに賛意の言葉が飛び、教会はにわかに騒然となった。


「マーロム! そやつは偽りを言っておる! 神を冒涜したウィケッド諸共、罰するのだ!!」


「国王陛下。落ち着いて下さい。まだ審理はっ」


「いいや、マーロム。審理など必要ない。ウィケッドはそやつに虚言を言わせて儂を貶めておるのだ! この儂が、国王アルブレヒトが、そのような下賤な者共を雇ってビンゲンを襲わせた? そんな馬鹿なことがあるものか!」


「父上! 父上が謀ったことではないとわかっております。だから、どうか落ち着いて」


「落ち着いてなどいられるものか! ウィケッドが儂を虚仮(こけ)にしておるのだぞ!!」


「審理は中止します。全ての犯罪者はこちらで預かることとし、後日に審理を行います」


 もはや聞いていられないと、マーロムが閉会を言い渡す。それでも、アルブレヒトのウィケッド批判は止まらず、ラディスラウムに半ば強引に教会から連れ出されるまで、その口を閉じることはなかった。









 王宮に戻ってからのアルブレヒトは荒れに荒れていた。ラディスラウムですら初めて見る父親の取り乱しように驚くしかなかった。


 アルブレヒトが散々にウィケッド公爵を罵り、ついには息切れしたところでようやくラディスラウムが諌める。


「このままでは公爵の思いのままです。いつもの父上に戻っていただき、檄を飛ばしてもらわなければ」


「ああ、ああ、わかっているとも。しかし、ウィケッドに嵌められたと思うと」


「お気持ちはわかります。今は叔父上とドワルド侯爵が、カールという者の取り調べを行っているので、すぐに虚偽だとわかりましょう」


「そうだな。みっともないところを見せてしまった。許せ、ラディスラウム」


 忌々しいウィケッドが。儂に恥をかかせるとは。


 気分を落ち着かせるために酒が欲しいところであったが、ラディスラウムの手前それはやめておいたほうがいいだろう。


「それにしても、まさか公爵がこのような手で来るとは……。もっと警戒していれば」


「儂も焦っていたのかもしれぬ。だが、そうだな。あの男はマーロムが押さえたのだから、すぐに明らかになるだろう」


「ええ。叔父上たちからの連絡を待ちましょう」


 ラディスラウムにうなずいておく。


 ウィケッド公爵を失脚させるためにビンゲン男爵家を襲わせたという、あらぬ疑いをかけられているというのに、待つことしか出来ない。


 それが、歯がゆく、どうしようもなくアルブレヒトを苛立たせた。


 そのため、心配げに見つめてくる小うるさいラディスラウムを、手だけで退室をさせる。そして、老侍従に命じて、手放せなくなってきた酒を用意させるのだった。

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