悲劇の土曜日
その日は熱かった。
俺の名前は山野進。
しがないサラリーマンだ。
高校を卒業後、しばらくフリーターとして過ごしてきたが、3年前の22歳の時にようやく就職することができた。
給料はそんなに多くないが、土日休みの完全週休二日制だ。
今日、8月11日は土曜日だ。
俺は仕事が休みのため、家でだらけていた。
フリーターだったころは土日なんて関係なかった。いや、むしろ土日の方が忙しかったくらいだ。
だが今の俺は完全週休二日制だ。この土曜日を、時間の浪費という贅沢で満喫していた。
「そういえば、そろそろ歯医者の定期健診の時期だったな」
俺は半年に一回、歯医者で定期健診を受けている。
虫歯は早期発見が大事だ。それに、定期健診の時のクリーニングがたまらなく気持ちいい。
「やることもないし、とりあえず行ってみるか」
予約はしていないが、定期健診くらいなら大丈夫だろう。
どこの歯医者も予約をしていないと中々受診できない。
だが、俺の行きつけの歯医者はほどよく空いていて、予約していなくても快く受け入れてくれる。
思い立ったら吉日、俺はすぐに外出の支度をする。
だが、歯医者に向かうには途轍もなく大きなハードルがあった。
猛暑だ。
外は暑い。外出を決意したならすぐにでも出ないと、いつまでたっても歯医者に向かえない。
「よし!!」
意を決して玄関から一歩外に出る。しかし、そこは予想以上の地獄だった。
時刻は10時、まだまだ暑くなる時間だ。
「くそ……、まだまだ暑くなるっていうのか……、日本の猛暑は化物か……!!」
歯医者まで家から10分、通常ならそんなに遠い距離ではない。
だが、この灼熱地獄の中を進むとなると話は別だ。
俺は一回振り返り、先ほど閉じたばかりの玄関を見る。
「いや、ここで戻ったら負け犬だ」
俺は負け犬にはなりたくない。
一瞬浮かんだ思考をすぐに振りほどき、歯医者に向かう。
進むこと数十秒、既に俺の体は限界だった。
「暑い……」
尋常じゃない汗の量。まるでサウナの中にいるかのようだ。
しっかりと水分を取らないと死んでしまう。
当然予想はしていた。だから、飲み物もしっかり持ってきている。
だが……。
「既に半分か……」
500mlのペットボトルはすでに半分になっていた。
まだ1割も歩いていない。
だが、人はそう簡単に脱水症状にはならない。
歯医者に付きさえすれば水が飲める。
「クッ、ますます歯医者に行く理由ができちまったぜ……」
そんな俺の前に、強敵が表れた。
そう、大通りの横断歩道である。
ここの信号はなかなか歩行者に道を譲らない。
歯医者まで徒歩10分というのは、ここをすんなり通れた場合だ。
この横断歩道に捕まると1分以上も待たされる。
「くそ、運が悪い」
おまけにこの横断歩道は一切日影がない。
俺の体は太陽という名の業火に焼かれ続けた。
「耐えろ……、耐えるんだ俺……」
俺は膝に手を置き下を向く。
汗がどんどん地面に落ちるが、コンクリートジャングルではすぐに蒸発する。
汗の跡が一切残らない。
「やばいぜ……、やばいぜ日本……」
一体どれほどの時を待っただろうか。
ようやく青になった。俺はすぐさま向こう岸へ渡る。
恐らくそんなに長い時間ではなかったのだろう。だが俺には10分にも、或いは1時間にも感じられた。
大通りを渡った後も難所は続く、日陰の無い一直線道路5分歩行。
5分もの間炎天下にさらされた状態で進まないといけない。当然、時間が違えば日陰になっているのだが、今の時間はまさに地獄。
この世のものとは思えない暑さが俺を襲う。
既にペットボトルは空になっていた。
そして、自動販売機も見当たらない。
「まさか……、俺はこんなところで死んでしまうのか……? 俺にはまだやる事があるんだ……!」
俺の心が折れかけたその時、ついに目的の場所が見えた。
そう、歯医者だ。
俺はなけなしの力を振り絞り、駆け出した。
歯医者には冷房がある!水がある!!
俺は全力で走り、歯医者に向かう。
そして、ついに歯医者の扉の前にやってきた俺の目に飛び込んできたものは……。
「あ、山の日……」
皆さん気をつけてください!
始まってそうそう、今年の山の日は仕事をしていないなんて油断してはいけません!!
歯医者は!!祝日!!!休み!!!!です!!!!!
普段は下記連載してます。毎週日曜日更新です。
世界最強アサシンのTS転生物語 ~異世界で最強を目指すカ!~
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