99・エピローグ②
ウァラク領地。
魔獣のいないマリウス領地と言われた、あまりにも寂しい場所。
サリヴァンはアミーと共に、ウァラク領地で唯一の『村』に送られた。
馬車から降ろされると、村長が出てくる。
「これはこれは貴族様……こんな寂れた村に、何の御用ですかな?」
「…………」
サリヴァンは、すっかり枯れていた。
頭髪は全て抜け落ち、痩せ細ってゲッソリしている。
着ている服は貴族の服。見栄えはある程度良くしないと、ウァラク領地の領主に見えないとアーロンが気を利かせてくれた。
まだ二十代後半だが、六十代と言っても信じるような容姿だ。
すると、サリヴァンの腕を取り、アミーがにこやかに言う。
「えー、本日よりウァラク領地を統治することになった、サリヴァン・ウァラク様です。皆さん、よろしくお願いしまーす♪」
「な、なんと……この見捨てられた地に、お貴族様が!! ありがたやありがたや……!!」
村長は手を合わせ祈り始めた。
アミーはサリヴァンを見るが、ぼんやりしたまま何も言わない。なので、アミーが言う。
「サリヴァン様、少し疲れちゃったみたい。空き家があれば嬉しいんだけど……」
「ははぁ!! ご用意いたします」
案内されたのは、ボロボロの木造りの家だった。
小屋と言ってもいい。アスモデウス領地にあるスラム街でも、もっといい家があるだろう。
家の中は、ボロボロの毛布が二枚、椅子、テーブルしかなかった。
「ん~素敵。こういう経験は人間じゃないとできないわね~」
「……して、くれ」
「え?」
サリヴァンがボソボソ何かを言っている。
アミーが耳を近づけると、聞こえてきた。
「……殺してくれ」
「あらら、絶望しちゃってるわねぇ。でも~……そんな不幸も、私にとってはごちそうよ♪」
サリヴァンの頬をペロリと舐めると、サリヴァンは何故か心が軽くなる……アミーに『不幸』を吸い取られているのだ。
「ね、サリヴァン。ウァラクの人たちはみんな、サリヴァンのこと頼りにしてるみたい。頑張って開拓しましょうね~」
「…………」
こうして、サリヴァンはウァラク領地に来た。
かつて、マリウス領地へ追放されたアローのように。
今更、サリヴァンはアローの気持ちが理解できた。
「は、ははは……ははは、ははははは」
「あら、笑っちゃって嬉しそうね。やる気出てきたの?」
く
故郷を奪われ、僻地に追放され、傍には女神がいる。
条件は全く同じ……だが、サリヴァンは何もできない。やる気が出ない。
「さぁ、忙しくなるわねぇ。んふふ……サリヴァン、これから死ぬまで、一緒に楽しみましょうねぇ?」
アミーは、サリヴァンを背後から優しく抱きしめた。
涙を流し、大口を開け、狂ったように笑うサリヴァン……アミーの抱擁のやさしさに包まれる。
自分で死ぬ度胸はない。
不幸を感じても、アミーがすぐに吸い取ってしまう。
「あはは、はははは!! あっはっはっはっは……!!」
未来は明るいと誰かが言う。
だが、サリヴァンの未来は間違いなく暗い。
アミーが傍にいても、変わらない。不幸を感じないだけ、まだマシかもしれない。
だが……幸せは、決して訪れることはない。
「はーっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!!」
もう、笑うしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
その後、サリヴァンとアミーの間に第一子が誕生、二人目、三人目と子宝に恵まれた。
それから数十年に渡り、サリヴァンはウァラク領地を開拓しようと努力する……が、どういうわけか、何をしても上手くいくことはない。
サリヴァンがウァラク領地に来て五十年後、疫病が発生し、サリヴァンは病に侵されあっけなく死んでしまう。
そして、サリヴァンの息子が特効薬を開発……嘘のように疫病は収束し、息子が新たな領主となったことで、失敗続きだったサリヴァンの事業が全て、上手くいくことになる。
サリヴァンの妻アミー。彼女はサリヴァンが疫病に侵され死んですぐ、後を追うように亡くなった。
不思議なことに……七十を超えた老婆なのに、アミーは外見とは違い、少女のような、どこか悪戯っぽい雰囲気をいつまでも持ち続けたそうだ。
そして、今わの際……アミーが最後に残した言葉。
「ああ、人間も悪くなかったわ。ふふ……みんな、お幸せに~♪」
こうして、受肉した『不幸と貧困の女神アラクシュミー』は、天に還っていった。





