98・エピローグ①
サリヴァンを追放して一年が経過……マリウス領地もだいぶ賑わっていた。
俺は、新たに建設した『領主邸』で、他領地から来る交易申込の書類を確認する。
「アロー様、こちらの確認もお願いします」
「ああ」
俺の秘書となったモエ。アミーよりも仕事ができる。
かつてのわだかまりはほぼ消えた。
俺はもう、モエを恨んでいない。かつての仲に完全に戻れるかと言われたらわからないが……それでも、こうして仕事を手伝い、お茶を淹れてくれるモエは、頼りになった。
書類を確認し、気付いた。
「お、リアンからの手紙が紛れてる……え!?」
書類に、リアンからの手紙が紛れていた。
確認すると、なんとリアンが結婚するらしい。
「おいおい、あいつが結婚か……相手は」
てっきり知り合いかと思ったが、全然知らない領地の令嬢だった。
リアンは、マリウス領地の取引相手第一号だ。マリウス領地を宣伝している間に出会った令嬢らしい……互いに一目惚れだったとか。
「あいつ、結婚しないとか言ってたくせに……まあいいや。モエ、リアンに贈り物をしよう。カナンで作った酒とかでいいかな」
「はい。結婚祝いに祝い酒は妥当かと。酒造組に報告しておきます」
「ああ、頼む」
モエ、この一年で髪を伸ばし始めたのか、綺麗な黒髪がふわりと揺れる。
その姿を見て、ちょっとドキッとしてしまう。
「あ、ああそうだ……午後はゴン爺のところに行くから」
「かしこまりました」
午後はルナを迎えに行って、そのままアテナの見舞いに行くつもりだ。
「はぁ~……あと少し、か」
「予定日はまだ先では?」
「わかってるけど、つい口に出ちゃうんだよ」
アテナは、妊娠している。
アスモデウス領地から戻って、それはもう頑張った。
マリウス領地の後継者、そしてセーレ、さらにセーレが管理することになったアスモデウスの後継者も産むつもりらしい……そこまでしなくても、とは思うが。
とりあえず、今はマリウスの後継者を頼むぞ、アテナ。
◇◇◇◇◇◇
ドクトル先生の診療所へルナと向かい、病室でヒマそうにしているアテナの元へ。
アテナは暇なのか、木彫りのミネルバをいくつも作っていた。
「あ、二人とも」
「よ、体調はどうだ?」
「平気。というか、妊娠って大変ねー……行為はすっごく気持ちいいけどさー」
「お前、そういうこと言うなっての……ったく」
「ね、アテナ。おなか触っていい?」
「いいわよー」
ルナは、アテナのお腹にそっと触れる。
そして、小さく首を傾げた。
「……あれ?」
「ん、どうしたの?」
「アテナ、赤ちゃんって二人いるの?」
「へ?」
「声、二つ聞こえるよ」
「……そ、そうなの? ね、アロー」
「お、俺に言われても……ちょ、ちょっと待ってて!!」
俺はドクトル先生の奥さんであり、医者のカミラさんを呼ぶ。
出産に関してはカミラさんのが経験豊富らしい。カミラさんはアテナのお腹に触れる。
「…………」
「ど、どうだ?」
「…………確かに、わずかだけど……鼓動は二つ、あるわ」
「カミラさんでも気づかなかったのか……ルナ、すごいな」
「こどう? ってのはよくわからないけどー……命は二つ感じたよ」
女神の力なのだろうか。
アテナはそういうのを感じていないのだろうか。
「とりあえず順調に育ってるから安心して。もしかしたら、双子かもね」
「いいわね!! んっふっふ、これでセーレの未来も安泰っ!!」
「気が早すぎるだろ……」
呆れていると、部屋のドアがノックされ、リューネが入ってきた。
「アテナ、体調どう? って……アロー」
「よう、狩りは終わったのか?」
「ええ。アテナに持ってきた」
リューネの手には、毛を毟って内臓を取り、焼くだけで食べれるような鶏肉があった。
リューネは一年前からアテナに弟子入りし、狩人として働いている。
アテナ曰く、弓の素質はカナンで一番、鍛えるとすぐに才能を開花させ、メキメキと実力を付けているらしい。確かに、リューネには弓が似合う。
「リューネ、ありがとね。アロー、焼いて!!」
「わかったわかった。悪いなリューネ」
「ううん、あ、しっかり焼いてね。それ、ウェナさんが『天国鳥』っていう名前の鳥で、滅多に狩れない鳥って言ってたから」
「すごいな……よし、わかった。ルナ、調理手伝ってくれ」
「うん!!」
俺はルナと一緒に、アテナの部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
アローがいなくなり、カミラも部屋を出た。
必然的に、アテナとリューネだけの空間になる。リューネは近くの椅子に座った。
「ふう、今日の狩りも楽しかった。早くアテナが復帰して欲しいけど、やっぱり子育てもあるし難しいかなぁ」
「そうね。ま、何年かしたら絶対復帰するわ。子供も鍛えないといけないしね!!」
「あはは……」
リューネは笑い……アテナのお腹を見た。
そして、アテナは言う。
「リューネ、アローのこと、まだ好き?」
「───……っ」
ある意味、アテナからは聞きたくない言葉だった。
リューネは少しだけ俯き、小さく頷く。
「……まあね。でもいいの、あたしはもう幸せなんて望んでないし……ってか、こうしているだけでけっこう幸せだしね」
「嘘ね。あんた、羨ましいんでしょ」
「……やめてよ」
「素直になりなさいよ。この一年、あんたとアロー、だいぶ距離が近づいたわ。アローもあんたのこと嫌ってないし、っていうか、頼りにしてると思うわ」
「…………」
「ね、リューネ。もう自分を許してあげなさいよ。あんたを許していないの、あんただけよ? 私も、アローも、アーロンも……きっと、アローのお父さんも、あんたのこと許してると思う」
「…………」
「私は、リューネにも幸せになってほしい。だって、私の大事な友達だしね」
「……アテナ」
「私は、いいわよ。リューネとアローの子供がいても」
「…………そんなの、アローが望むわけ」
「まあ正直言うと、今は身重だし、アローの相手できないのよね。ふふん」
「……なにそれ。ふふっ」
リューネはクスっと微笑み、目尻を指で拭った。





