96・アローVSサリヴァン③
サリヴァン・アスモデウスの剣技。
幼い頃から貴族教育で剣技を習ったのだろう。俺も剣をアーロンから習ったが、才能に恵まれなかったのか平凡だった。
アーロン、父上のような剣の使い手になりたい……そう考えたこともあった。
そして今、俺は剣ではなくナイフを逆手に持ち、構えている。
目の前にはサリヴァン・アスモデウス。キレているのか禿げ上がった頭皮に血管が浮かび、顔が醜く歪んでいる。
「貴様がいなければ!! アスモデウスはこんな、こんなことには!!」
サリヴァンが剣を振るう……が、俺には見えていた。
最小限の動きで躱し、サリヴァンを見る。
「ここまで狂ったのも貴様のせいだ!! 貴様が、貴様がァァァァァッ!!」
もう、状況判断することもできないのか、サリヴァンはメチャクチャ言いながら剣を振るう……本当に不思議だ。今のサリヴァンは全く怖くない。
支離滅裂なことを叫び、怒りと恨みを乗せて剣を振るう姿は、恐怖よりも憐れに見えた。
俺は剣を躱し、大振りの一撃に合わせてナイフを振るう。
刃と刃が触れ合った瞬間、サリヴァンの剣が折れた。
「なっ……」
「剣の予備はある。拾え」
「き、貴様ァァァァァッ!! 私を侮辱するのか!!」
「これは裁きだ。丸腰の人間を裁くのは、俺の求める裁きじゃない」
「貴様、神にでもなったつもりか!?」
「俺は、女神の代行者だ。お前の罪を裁くための、ここにいる」
サリヴァンは壁にかけてあるもう一本の剣を掴み、斬りかかる。
「何故だ、何故貴様のような奴が、あんな、未開のマリウス領地で成功する!? 三家の使者だと!? 何をしたらそんな!!」
「俺だけの力じゃない。ルナ……幸運の女神が傍にいた。そして、俺に力を貸してくれて、俺を信頼してくれる人たちが多くいた。だから俺は──ここまで来れたんだ!!」
「ぐはぁっ!?」
剣を躱し、サリヴァンの横っ面を殴ると、サリヴァンは地面を転がった。
口から血が流れ、それを拭い、立ち上がる。
「私は、全てが揃っていた!! 金も、女も、地位も……!! 貴様のせいで、全て失った!! 何故、何故、何故ェェェェ!!」
「それは、お前が利益と自分のことしか考えてないからだ!!」
「ごえっ!?」
「よくも父上を、セーレを踏み躙りやがって!!」
「ぐあぁっ!?」
「こんなモンじゃ済ませない!! お前は……この手で、ブチのめす!!」
「がっぁ!?」
剣を躱し、言葉を、拳を叩き付ける。
アテナから習った格闘技でサリヴァンを殴るたび、父上やセーレでの思い出がよみがえる……同時に、マリウス領地での思い出も。
「ぐ、ぉ……」
「サリヴァン。今、どんな気持ちだ?」
「な……」
「四大貴族から除名され、金も、女も失った。それでお前に何が残った? 怒りか? 恨みか? 絶望か?」
「…………」
「俺も同じだった。今のお前と同じ……全部失って、マリウス領地に追放された。今のお前は、過去の俺だ。どうだ、今の気分は?」
「……最悪だ」
サリヴァンは憎々しげに、吐き捨てるように言った。
俺は剣を拾い、サリヴァンに渡す。
「俺になかったのは、その場で怒りをぶつける相手が存在しなかったこと。お前にはある……俺を殺す絶好の機会がな。それとも、アスモデウスから追放してやろうか? 着の身着のまま、未開の領地によ」
「……ッ」
「この地を俺のモノにして、お前は追放刑にしてやろう。アーロン、マリウス領地の次に未開とされる領地はあるか?」
アーロンに聞くと、答えを用意していたように言う。
「それでしたら、ウァラク領地はいかがでしょう? あそこの領地は八割が未開の地で、小さな村がいくつか存在するだけの地。マリウス領地と違って魔獣が確認されず、比較的安全な地とされています。現在、フラウロス家が自領と一緒に管理をしている場所です」
「なるほど。サリヴァンはそこに追放か……」
「ば、馬鹿な……そんなこと、許されるはずが」
と、アーロンが咳払い。
「実は、許されるのです。必要な手続きは全て終わってまして……不思議と、こうなるような気がして、用意をしておいて正解でした」
「さすがアーロン。アスモデウス領地はどうなる?」
「ひとまず、三家の管理ということで。正式なことは後日、三家と話し合いで決めましょう」
「ふざけるな!! 私がそんなことを認めると!!」
「あなたの意志は関係ありません。サリヴァン・アスモデウス……いえ、サリヴァン・ウァラク。四大貴族セーレ、領主代行として命じます。あなたはこれより、ウァラクの地を統治するように」
「な、な……」
こうして、サリヴァンに対する罰は与えられた。
アスモデウスの没収。そして、新たな未開の地ウァラクへの追放。
後で知ったことだが……アーロンは、俺がサリヴァンを殺すとは思っていなかったらしい。なので、ウァラクの地にサリヴァンを領主として据えるよう、俺が三家と話す前から用意を進めていたのだ。
サリヴァンは放心状態となり、その場に崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇
サリヴァンを裁いたのち、アーロンが予め仕込んでいたセーレの文官たちが、サリヴァンを拘束して自室に閉じ込め、アスモデウスの運営を臨時で引き受けることになった。
アーロンは、サリヴァンの執務室で山のような書類を書きながら言う。
「アロー様。私はしばらく、この地の運営をすることにします。民たちの生活を安定させたのち、セーレに戻ることにしますので」
「わかった。アーロン……いろいろ、ありがとう」
「……アロー様。この結果、アロー様の望むことでしたか?」
「……わからない。殺したい気持ちは間違いなくあった。でも……あの惨めな姿を見たら、殺す価値がないって思えたんだ」
「そうですか。アロー様……きっと、旦那様も喜んでいると思いますよ」
「……うん」
書類仕事を手伝おうとしたが、丁重に断られた。
俺はもう、やるべきことを全てやったと、帰るように言われたのだ。
マリウス領地に戻ろうと準備をしていると、アミーがやってきた。
「アロー、私……サリヴァンについて行くわ」
「え?」
「ふふ、あの抜け殻の奥にある芳醇な『不幸』を、しゃぶり尽くしたいの。それに……ウァラクだったかしら? 人がいない場所なら、私の力でもそんな影響はないでしょうしね」
「いいのか? ウァラク……本当に、何もない場所だぞ?」
「サリヴァンが死ぬまで数十年でしょ? 不死である女神の私には一瞬」
「……そっか」
「それと、私の代わりはモエに任せたから。あなたも、少しずつ歩み寄ってあげなさい。あの子、すごく不器用だしね」
「……うん。アミー、今までありがとう」
「ええ。アテナとルナをよろしくね」
アミーとは、ここでお別れ。
最後に硬く握手をすると、いきなり手を引かれ……頬にキスをされた。
「ふふ、最後くらい、アテナへ当てつけしてあげるわ」
「おま……殺されるぞ、俺が」
「ふふ、ばいばーい」
不幸と貧困の女神アラクシュミー。
もう会うことはないと思う。でも……本当は優しい女神と、俺は思っていた。





