95・アローVSサリヴァン②
アローの面会数日前。
サリヴァンは、頭を抱えていた。
「三家からの使者だと……おのれ」
様々な事業に手を出しては失敗続き、アスモデウス領地内の鉱山は全て閉鎖、取引していた貴族たちは軒並み離れていき、アスモデウス首都トビトは日に日に荒れていく。
このタイミングでの使者。間違いなかった。
「……四大貴族からの除名」
サリヴァンは、すっかり抜け落ちて寂しくなった頭を両手で押さえる。
鍛え抜かれた身体はすっかり痩せ細り、顔の輪郭も変わって別人のようだ。
二十代後半と脂の乗った年齢なのに、四十代前半と言っても信じてしまいそうな容姿となった。
だが、サリヴァンは容姿になど気を遣っていられない。
「どうすればいいのだ……」
もう、手遅れなほど、アスモデウス領地は荒廃している。
飢える住人たち、増える犯罪……取り締まる者たちも飢えているのか、今の治安は過去最悪なレベルで悪い。
すると、執務室のドアがノックされ、一人の女性と少年が入って来た。
「あなた、少しお話が……」
「ミレーヌ……すまんが、今は忙しい。後にしてくれ」
「……そうはいきません。大事なお話なのです」
「…………」
サリヴァンは察した。
正妻ミレーヌ。そして、その長男であるロイド。
サリヴァンはソファに移動し、ミレーヌとロイドが並んで座る。そして、ミレーヌはサリヴァンの前に、一枚の羊皮紙を置いた。
そこに書かれていたのは、離縁書。
「こ、これは……」
「本日を持ち、離縁させていただきます。理由は、おわかりですね?」
「…………ま、待ってくれ。アスモデウスはまだ」
「もう、終わりです。四大貴族アスモデウスは、もう終わりなのです……」
ミレーヌは、サリヴァンの愛人の一人だった。
アスモデウス領地が傾き始め、多くの愛人が出て行ったり、サリヴァンが追いだしたが……息子を産んだこともあり、正妻として残されたのだ。
ミレーヌは悲し気に言う。
「数年前のあなたは、輝いていました。アスモデウスを率いるに相応しい人だと思っておりました……しかし、今のアナタはもう」
「お、終わっていない……私は、まだ」
「……もう、現実を受け入れましょう。アスモデウスの名を返上し、この地を三家に譲り渡すのです。もう、あなたは貴族に相応しくない」
「ふざけるな!! 貴様、誰にモノを言っている!! このサリヴァン・アスモデウスが……アスモデウスを捨てる!? あり得ない!!」
「…………」
ミレーヌは首を振り、立ち上がる。
サリヴァンは顔を歪め、ミレーヌを睨む。
だが、ミレーヌを守るように、ロイドが前に出た。
「父上。さようなら……」
「ロイド、お前はこのアスモデウスの領主となる男。私を……アスモデウスを、捨てるのか!?」
「はい。ぼくと母上は、アスモデウスを出ます」
「ど、どこへ行くというのだ。お前たちのような平民上がりの貴族なぞ、受け入れる場所があるとは思えん!!」
「ぼくたちは、セーレに向かいます。そこで、やり直します」
「せ……セーレ」
そう言い、ミレーヌとロイドは部屋を出た。
残されたのは、一枚の離縁書。
「セーレ……」
サリヴァンは強く拳を握り、テーブルに叩き付けた。
「セーレ!! そうだ、セーレに関わってから全てがおかしくなった!! あんな土地を欲しがらなければ……ああそうだ、全てセーレが悪い!!」
そして、サリヴァンは思い出す。
「セーレ……そうだ、セーレには領主の息子が……アローがいた。あいつの追放から全てが狂い始めた……クソ、クソクソ、クソぉぉぉぉぉぉぉ!!」
この日以降、サリヴァンはセーレに対し、深い恨みを持つようになった。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
怒りを募らせたまま、サリヴァンは三家からの使者を出迎えることになった。
どうせろくな話じゃないと思っていた。なので、何の疑問も持たず、使者を出迎えた。
サリヴァンは、アスモデウス邸で最も大きな応接間で使者を待っていると、ドアがノックされる。
「旦那様、使者の方々がいらっしゃいました」
「通せ」
ドアが開き、サリヴァンは立ち上がり、笑顔を浮かべ使者を出迎える。
使者が部屋に入るなり、サリヴァンは頭を下げた。
「遠路はるばるようこそ、アスモデウスへ」
「…………ああ、ようやく来たよ」
若い男の声だった。
同時に──サリヴァンの記憶が刺激される。
ガバッと顔を上げると、そこにいたのは。
「久しぶりだな、サリヴァン……俺を覚えているか?」
「………………………………」
若い男だった。
隣には若い女性、何故か子供もいる。
その後ろには老人……見覚えがある。
さらに後ろには三人の女性。こちらも、見覚えがあった。
『殺す、殺してやるサリヴァン!!』
『お前は絶対、俺が殺してやる!!』
サリヴァンの背筋が冷たくなる。
目の前に立つ男。立派な礼服を着た青年は、殺意を込めた瞳をサリヴァンに向けた。
そして、サリヴァンは青くなり、呟く。
「あ、アロー……、セーレ」
「思い出したか。ああ、ようやくだ……約束通り、戻って来た。サリヴァン・アスモデウス……お前を殺すためにな!!」
アローが叫び、サリヴァンに今にも飛び掛かりそうだった。
だが、アローの隣にいた女性が腕を掴み、首を振るう。
それだけでアローは落ち着いたのか、大きく深呼吸した。
「な、何故貴様がここに!? 馬鹿な、衛兵は何を」
「ふぅ……説明してやる。そもそも、俺がここに来たのは、仕事だからだ」
「し、仕事……?」
アローは、一枚の木箱を取り出す。
その木箱には、四大貴族三家の焼印が押された、特別な箱だった。
「そ、それはバアル、アモン、アスタルテ家の紋!? 馬鹿な、何故貴様が」
「まだわからないのか? 俺は、三家からの使者……マリウス領地から来た、アロー・マリウスだ!!」
「なっ……」
「お前が追放したマリウス領地。俺はお前の計らいで正式な領主になったからな……俺はマリウス領地をまとめ、改革し、新たな産業を生み出し、他家と交易をするまでに発展させた。おかげで、四大貴族のうち三家と協力関係を持つまでに至った。感謝するぜサリヴァン、お前が!! 俺を!! マリウス領地に追放したから!! 俺はここにいる!!」
「ば、馬鹿な……っ!?」
サリヴァンがよろめく。
アローは一歩一歩前に進み、木箱を空け、羊皮紙を開いた。
「サリヴァン・アスモデウス!! バアル家、アモン家、アスタルテ家の三家が決定した!! アスモデウス家は四大貴族より除名、そして新たな四大貴族にセーレ家が加わる!! お前はもう、四大貴族じゃない!! ざまあみろ!!」
「っ、く、ぅ……!!」
羊皮紙をテーブルに叩き付けるように置く。
この瞬間、アスモデウス家は四大貴族から除名。ただのアスモデウスとなった。
サリヴァンは歯を食いしばるが、呼吸を整えて言う。
「ふう……久しぶりだというのに、やってくれるね」
「…………」
「確かに、きみは三家からの使者で、アスモデウス家は四大貴族から除名されたというのは事実。だが……それで終わりだ。きみが真っ当な貴族である以上、私に対しあとは何もできまい。所詮は、使者に過ぎないのだからな」
「……何?」
「父の復讐、領地の復讐をするか? 私を殺すか? 私に手を掛けた瞬間、きみはただの犯罪者だ。きみにできるのは、私を四大貴族から除名し、優越感に浸るだけ……さあ、報告が終わったら帰りたまえ。アスモデウス家は四大貴族から除名……それに従おう」
サリヴァンは、やり過ごす。
アローの復讐に、何のダメージもないとばかりの余裕を見せて。
そんな時だった。アローの背後から女性が現れた。
「……サリヴァン」
「ん? 誰だキミは? 申し訳ないが忙しいのでね。使者と共に退室したまえ」
「……あたしのこと、覚えてないんだね」
「何? 申し訳ないが、キミのような……」
と、ここでサリヴァンは気付いた。
リューネ。かつての愛人であり、アローの元婚約者。
「…………リューネか?」
「そうよ。あたし、姿が変わってもあなたのことすぐわかったけど……あなたは、あたしのこと全然見てないんだね」
「それで、何か用か?」
「これを」
リューネは、離縁書を出し、テーブルに置いた。
「けじめを付けに来たの。サリヴァン……どんな思惑があったにせよ、あたしはあなたに惹かれ、恋をした。あたしに宝石のような思い出をくれたこと、感謝します」
「離縁書……そういえば、キミは出していなかったな」
「ええ。でも、もう吹っ切れた。やっぱりあたし、アローが好き。もう届かない想いだけど、アスモデウスの思い出はキラキラしてたけど……もう思い出せない。でも、セーレで過ごした思い出は、ずっと心に残ってる」
「そうか。では受理しておく。さようなら」
「……さようなら」
リューネは拳を握り、頭を下げた。
リューネなりに、けじめをつけたのだろう。アローと目が合うと、晴れやかな顔で頷いた。
これで、復讐は終わり。
だが……アローは、モヤモヤした気持ちが残っていた。四大貴族から除名するという役目で来たことに違いないし、サリヴァンの言う通りアローは『使者』で来たのだ。サリヴァンに手を掛けることはできない。
そんな時だった。
「アロー、これでおしまい?」
「え?」
アテナが言う。
サリヴァンが怪訝そうな顔で言う。
「おしまい、とは? そもそもキミは何だ? いい加減、さっさと出て行きたまえ」
「生意気なクソハゲね。そもそも、私がここに来たのは、アローに対する『罪』を断罪するために来たのよ」
「何? 断罪? はっ……ただの女が、私を裁くとでもいうのか?」
「違うわ。大切な旦那のために、ちょっとは女神らしいことしようと思ってね……『汝の罪を』」
「ッ!?」
と、アテナが言葉を発した途端、サリヴァンが跪いた。
サリヴァンだけじゃない。アローたちも跪く。アミー、ルナだけが立っていた。
「我が名は戦いと断罪の女神アテナ。神の名をもってここに、サリヴァン・アスモデウスの罪を語る」
「め、女神……だと!?」
すると、アミーが言う。
「私は不幸と貧困を、ルナは愛と幸運を、アテナは戦いと断罪を司る。アテナの力の一つに『断罪の儀』があるの。強制的に罪を告白させて、裁く力……でもいいの? あなた、人間の身でそんな強い力を使ったら、身体にどんな影響が出るか」
「別にいいわよ。そんなことより、アローが前に進む方が大事だしね」
「アテナ……無茶しないでね」
ルナが袖を引く。
アテナはにっこり微笑み、サリヴァンに聞く。
「汝、サリヴァン・アスモデウス。お前の罪を述べよ」
「わ、私は……かつて、セーレを手に入れるため、陰謀を巡らせ……ハイロウ・セーレを殺害し、アロー・セーレを追放しました」
「罪を確認した。では、その罪……女神アテナ、いえ……我が夫アローが、断罪する」
すると、アローとサリヴァンの身体が解放され、動けるようになった。
「サリヴァン、これからあなたを断罪する。断罪するのはアロー……抵抗してもいいわよ」
「なん、だと……」
「アロー、あなたは私の代わりに、サリヴァンを断罪しなさい。方法は任せる」
「……アテナ」
「さ、始めなさい」
すると、サリヴァンが狼狽えた。
「ば、馬鹿な!! 断罪の女神だと!? こんな処刑のような真似をして、タダで住むと思うな!! アロー、貴様……そのわけのわからない女の言うことを聞いて、私を手にかけるつもりか!?」
「言っておくけど、私の『断罪の儀』は正当なもの。私が『断罪した』って事実は、どんな人間にも正統な断罪だと判断される。こうなった時点で、たとえあんたが死んでも、この世の人間には「女神アテナに断罪されたのか」で納得するから」
つまり、ここで殺しても問題ない。
これは、サリヴァンの断罪なのだ。
「……感謝する、アテナ」
アローは構える。
ジガンからもらったナイフを抜き、サリヴァンに向けた。
「クソガァァァァァァ!!」
サリヴァンは叫び、壁に掛けてあった剣を抜き、アローに向ける。
アローとサリヴァン、最後の戦いが始まった。





