94・アローVSサリヴァン①
アスモデウス領地、首都トビト。
かつて俺はこの地に踏み込んだことがある……何の疑問も持たずに。
だが、道中の街道は荒れ果て、周囲の景色も荒んでいた。まるで荒地のような。
トビトの入口である正門前に到着すると、リューネが言う。
「……酷い」
「なあリューネ。ここ、こんなに荒れてたか?」
「ううん、こんなんじゃなかった。正門前はいつも行列で、いろんな領地から商人とかが来てて、入るまでに半日は普通にかかるはずだったけど……」
正門前には、誰も並んでいない。門兵が二人、どこか疲れたようにしていた。
ちなみに、俺とリューネは普通に会話するくらいに戻った。
アーロンはルナを抱っこして馬から降り、モエにルナを託す。
「アロー様、使者として来られたことを報告してまいります」
「ああ、頼む」
アーロンは門兵の元へ。
門兵は俺たちに気付き、何度も頭を下げる。
アーロンが戻り俺に言う。
「厩舎付きの宿を紹介されました。どうやら、サリヴァン・アスモデウスは不在のようで……」
「チッ……仕方ない。しばらく待つしかないか」
街中に入ると……酷かった。
座り込む人たち、閉店している店、死んだような目の住人たち。
あまりにも、活気がない。
アテナは、いつの間にか後ろに乗せていたアミーに聞く。
「あんた、力増してない?」
「ここに入った瞬間、すっごく満ち満ちてきたわ~♪ ふふ、お肌スベスベ、どう?」
「知らないわよ。ルナ、大丈夫?」
「うん。でも……なんかヤダ」
俺の方に移動したルナは、俺の胸にしがみつく。
アミーと対極の存在であるルナにとって、ここは嫌な場所らしい。
「それにしても、ルナはすごいわね。ここ、私の力で満ちているのに、あなたの周囲だけは幸運に守られている」
「そう思うんなら、少しは押さえなさいよ」
「無理ね。あなたも女神ならわかるでしょ? 人間が呼吸するように、私たち神の権能は無意識に働いちゃう。まあ……不幸を吸い取って、一時的に無効空間にはできるかな」
「じゃあやれ」
「……お腹いっぱいになって気分悪くなっちゃうわ」
「やれ」
「け、剣を向けないでよ……わ、わかったわよ」
アテナ、アミーに対しては辛辣とかいうか……なんか可哀想だ。
宿屋に到着し、オオカミ家族を厩舎へ。けっこう広い厩舎で、オオカミ家族は一塊になってゴロゴロしていた……かわいい。
というか、アーロンの馬が可哀想。厩舎に一頭だけ馬。オオカミ家族たちに食わないように言ったけど、めちゃくちゃ怯えて震えている。
部屋を取り、自由時間となった。
「ね、アロー、観光しよっ」
「いやお前、到着したばかりだろ……」
「いいじゃん。ルナも連れてさ。あ、リューネたちに案内してもらおう」
「……お前、リューネたちと仲良くなったのか?」
「うん。話せばいい子たちじゃん。あんたとも和解したし、私が嫌う理由ないしね。ルナもリューネになつき始めたし」
「……」
まあ、いいか。
さっそくリューネとモエの部屋に行き外出を頼む。
「いいわ。でも、けっこう景色変わってるし、あんまり役立てないかも」
「私も、あまり自信がありません」
「じゃあ、みんなで散歩だけでもいいじゃん。ね、ルナ」
「うん!!」
「……というわけだ。アーロンは準備があるそうだし、俺たちだけで行くか」
俺たちは、さっそく町に繰り出すことにした。
◇◇◇◇◇◇
それから半日ほど街を回ったが……特に見るものはなかった。
店はあまり営業していないし、品揃えも悪い。いろいろな事業がアスモデウス領地から撤退しているのか、衰退の一歩をたどっている。
あまりにも悲しい、アスモデウス領地の終焉が見えていた。
宿に戻り、食堂で夕飯を食べながら言う。
「……なんだか、寂しい場所だ」
「ってか、もう終わりね。ここはもう長くないわ」
アテナが硬いパンをモグモグ食べながら言う。
俺は、パンをスープでふやかしながら、ルナに渡す。
アミーは安いワインを飲みながら言った。
「終わらないわ。ふふ……ここもいい感じに『熟して』きたし、私の新しいダイニングにぴったりね」
「……アミー、あんた大丈夫なの?」
「ええ。ここは私の力で満ちている。生かさず殺さず……ふふ、容易いこと」
俺はアミーを見た。美しい少女だが、どこか歪んで見える。
アミーは俺を見てグラスを揺らした。
「サリヴァンは悪。住人は関係ない……なんて、綺麗ごとを言わないの?」
「……俺に言わせたいのか?」
「別に? 安心して。不幸は私が食べるから、みんな不幸とは感じない。不幸だけど、それが当たり前……ふふふ、最高じゃない?」
「…………」
やっぱり、こいつは歪んでいた。
◇◇◇◇◇◇
それから数日が経過。
アテナはすでに飽きたのか、厩舎でオオカミ家族たちと戯れている。
ルナはリューネとモエの部屋で遊び、俺は部屋で書状を確認する。
すると、ドアがノックされ、アーロンが入ってきた。
「失礼いたします。アロー様……サリヴァン・アスモデウスとの面会が可能となりました」
「……そうか」
「先方には、三家からの使者とだけ伝えました。アロー様のことは知りません」
「はっ……サプライズか。面白いな」
「ええ。実に楽しみです」
面会は明日。
アーロンが手回しをして、使者とその護衛という形で、全員で行けることになった。
ルナとかどうやって連れて行けるのか。どうやら賄賂を渡したらしい……普通は賄賂は通じないが、今は衛兵たちも飢えているので、面白いように食いついたとか。
「明日、か……」
明日、俺は……サリヴァン・アスモデウスと決着をつけることになる。





