92・アーロンの言葉
アーロンを旅に加え、セーレを出発した。
アスモデウス領地までは遠い。まだまだ、旅は続く……が、俺は少し嬉しかった。
「まさか、アーロンと旅ができるなんてな」
「ふふ、そうですね。私も嬉しいですよ」
アーロンは馬に乗り、荷物は全てホワイトに任せた。
けっこうな重量のはずだが、ホワイトはケロッとしている。まあ、三匹で身体の倍以上の竜種を引きずるくらいだしな……この程度、何てことないんだろう。
ちなみに、ルナは今、アーロンの馬に乗っている。
「おじさん、今度はどんなお話聞かせてくれるの?」
「そうですね……少し古い話ですが……」
アーロンは、物語をルナに聞かせてくれていた。
童話をかなりの数暗記しているのは知っていたが……おかげでルナが退屈しないでいる。
すると、アテナが近づいて来た。
「ね、アロー……前から思ってたけどさ、あのおじいちゃん、今まで会った誰よりも強いわよ。ウェナとか、リアンとかが連れてきた護衛とか、もう目じゃないくらい」
「そりゃそうだろ。アーロンは父上の剣術指南とかもしてたんだぞ」
「あんたは?」
「……どうせ俺に剣の才能はなかったよ」
アーロンに剣は習ったけど、俺はちっとも上達しなかった。
ちなみに、アーロンは腰に剣を差している。アテナはウズウズしているのか、アーロンの傍に行く。
「ね、アーロンだっけ。あんた、私と手合わせしない?」
「申し訳ございません。この剣は、理由なく抜くことはしないと誓っているので」
「むー……ちょっとくらい、別にいいじゃん」
「ははは……それに、私ではあなたに敵わないでしょう」
「わかってんじゃん。でもでも、自信もっていいわよ。あんた、間違いなく強いからっ」
「ありがとうございます」
「ねーねーお話、続き~」
「おっと、申し訳ございません」
「ね、私も聞いていい? なんか面白そうっ」
アーロン、大人気だな……いや別にいいけどさ。
『はっはっは。アローはん、さみしいならワテを抱っこしてもいいでっせ』
「遠慮する。というか、手綱握ってんのに抱っこできるか」
『ぴゅるるるる』
『仕方ないから自分が相手してやる、って言ってまっせ』
「そりゃどうも……」
アスモデウス領地への旅は続く。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
この日は、野営となった。
基本的に、野営は全員で準備をする。テントはアテナ、アローッは食事、ルナはオオカミ家族にエサをあげる。
リューネ、アミー、モエたちも、自分のテントを組み立てる。
食事は各自。アローは一切、リューネたちに気遣うことも、声をかけることもない。だが食事の支度はしてくれるので、アミーが受け取りに行くのがこの旅の食事だった。
当然……リューネたちは、文句など言わない。言えるわけがないし、文句なんてない。
今日も、アローが食事を用意し、アミーが取りに行く。
三人で食べ、あとは寝るだけ……だが、今日は違った。
「少し、よろしいですかな」
アーロンが、リューネたちの傍に来た。
リューネたちは焚火をしていない。アローは焚火をして、アテナやルナと楽しそうにお喋りしている。
すると、アーロンが焚火の支度をしてくれた。
「モエ、あなたに焚火のやり方を教えたとは思いますが」
「……申し訳ございません。食事を終えると、すぐに寝てしまうので」
「そうですか。では、これからはちゃんと用意をするように」
「はい」
モエは、アーロンからいろいろ作法などを習った。恩師であり、父親のような存在だ。
四人で焚火を囲んでいると、アーロンが言う。
「リューネ。アロー様に、きちんと謝ることはできましたか?」
「…………ええ、まあ」
「謝ったはいいけど、相手にされなかったのよねぇ~」
アミーがクスクス笑いながら言うと、リューネは顔を伏せた。
アーロンが「そうですか」と言い、リューネに言う。
「きちんと謝ったのなら、仲直りできたということですね」
「……そんなことないです。アローはもう、あたしのことなんてどうでもいいみたいですし」
「そう、言ったのですか?」
「……え?」
「アロー様が、そう言ったのですか?」
「……言ってないです。でも『もういいか? 忙しいから』って……」
無関心だった。
怒るでもなく、恨むでもなく、殴るでもなく。
どうでもよさそうに切り上げ、さっさと仕事に戻ってしまった。
殴られた方が、まだマシだった。
「リューネ。あなたはもう一度、アロー様としっかり話すべきですね。そしてモエ……あなたも」
「……もう、一度?」
「はい。あなたは謝るため、命懸けでマリウス領地まで出向いた。そして、アロー様にしっかり謝り、相手にされなかった……そこで終わり、それでいいのですか?」
「……」
「あなたは、アロー様とどうなりたいのですか?」
「……そんなの、決まってる」
やり直したい───……ゼロから。
婚約者じゃなくていい。アテナ、ルナに向けている笑顔のほんの少しでいいから、自分にも向けてほしい……リューネはそう思っていた。
アローの全てを奪うことに加担した罪は消えない。その償いとして、アローのために何かしたいと思っている。
こんな汚れた自分でも、何かをしたいと、リューネは本気で思っていた。
「あたしは、自分の意志で全部捨てました。そして、失って初めて気づいた……あたしが捨てたモノが、どれほど大事だったか……だから、同じものが手に入らなくても……」
アーロンは、グスグス泣き出すリューネの頭を、そっと撫でた。
「え……」
「本当の意味で、心から反省することができるようになりましたね」
「……アーロンさん」
「もう一度、アロー様とお話しをなさい。あなたの言葉を、しっかり伝えるのです」
「…………」
その笑みは、リューネが知るアーロンの優しい笑顔だった。
子供の時、見た笑顔と全く同じ。リューネはセーレでの日々を思い出し、再び泣いた。
そんなリューネをモエは見ていた。
「どうして、自分はこんな風に泣けないのか……って、思ってる?」
「…………」
「あなた、本当にお人形さんみたい。命令を聞くだけ、裏切るのも仕事……自分の心を閉じ込めて……ふふ、本当にかわいい」
モエはアミーを睨む。
そしてアーロンはモエに言う。
「モエ、あなたもです。あなたは人形ではありません……自分の心を出し、アロー様とお話なさい」
「あら、聞こえてた? ふふ、嫌なオジサマね」
「あなたは……人の不幸、絶望を喜ぶ趣味があるようですね」
「ふふ……どうかしら」
アミーは妖艶にほほ笑むが、アーロンは冷たい笑みで返した。
リューネは立ち上がり、アローの方を見る。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
アテナとくだらない話をし、ルナがケラケラ笑い、俺も笑う。
そんな時間を過ごしていると、アテナが「ふう」とため息を吐いた。
「なーんか眠くなってきたわ。ルナ、ファウヌース、寝るわよ」
「はぁ~い……ファウヌース、寝よ」
『はいな。アローはん、お先に』
アテナがファウヌースを抱え、ルナとテントに戻った。
ミネルバはどこかと周囲を見渡すと、近くの木の枝にいた。どうやら不審なものから警戒をしているようだ……まだセーレだが、盗賊なども出る可能性がある。まあ、出たところでアテナやアーロンの敵ではないが。
でも、アテナが寝たのは……ただ眠いからじゃないだろう。
「あ、あの……アロー」
「……ん」
リューネが、俺の傍に来た。
視線を彷徨わせ、胸を押さえ、どこか居心地悪そうに。
アーロンがリューネたちの傍に行った時から、こうなる気はしていた。
「……まあ、座れよ」
「う、うん」
前は忙しいから適当に流したけど……さて、今回は何を話すのかな。





