91・セーレでのひととき
俺たちはセーレに到着した。
正門前で、オオカミ一家たちに驚かれた。そういや忘れてたけど……こいつら魔獣なんだよな。しかもマリウス領地ではかなり強い部類に入る。
今は、鞍や手綱を付けて、しかも俺たちが騎乗しているから大丈夫だけど……というか、アテナ。
「さ、しばらく自由にしていいわよー」
「待った待った!!」
正門前で、ブランたちの鞍を外そうとするアテナを止める。
こいつ、鞍を外し、オオカミ一家をセーレの大草原に放とうとしていた。いやまあ、気持ちはわかるけど、それはダメだ。
「何よ、家族団らんの邪魔する気?」
「いや、気持ちはすごいわかる。でも、ここはマリウス領地じゃないんだ。オオカミ家族が平原で戯れてる姿を見られたら、討伐隊が結成されて狩りになるぞ」
「そう? 人間は襲わないし、動物だけ狩るわよ」
「……そ、それでも勘弁してほしい。ダメか?」
俺はシロとユキを撫でながら言うと、二匹は顔を見合わせ、ウンと頷いた。
そして、荷物からひょっこり顔を出したファウヌースがボソっという。
『人間の街のルールに従う、って言ってます』
「ありがたい……肉、いっぱい食わせるからな」
「えー? 危ないことしなければいいのに。アローのケチ」
「わ、悪いとは思ってるよ……」
リューネたちは荷物を持ち、遠目で俺たちを見ていた。
何やらモエと話をしているが、アミーが近づいて来る。
「ふふ、早く街に行きましょ。私、お腹空いたわ」
「……アテナたちは宿行くけど、お前は俺と一緒にアーロン……領主代行に挨拶だぞ」
「え~? なんで私まで」
「お前、一応俺の秘書だしな」
「めんどくさいわね……」
すると、アテナがアミーの肩をバシッと掴んだ。
「あんた、アローを困らせてる? 自分の立場理解してる?」
「お、怒らないでよ。全く……今の私、か弱い女なんだからね? あんたみたいな脳筋に掴まれただけで、骨が砕けちゃうわ」
「ふん。ちゃんと言うこと聞きなさい。ムカつくけど」
「はいはい……人間として、お仕事しますわ」
「……」
俺を困らせるというと……さっきお前、オオカミ家族を野に放とうとして困らせたわけで……とは言わなかった。うん、俺も骨折られたくないしな。
と、気付いた。
「あれ、ルナ?」
ルナがいない。
キョロキョロ周りを見渡すと……いた。
「おねえちゃん、一緒におとまりだね!!」
「え、ええ……そうね」
『…………』
なんと、ファウヌースを連れて、リューネたちの元にいた。
ルナはモエのスカートを掴み、ニコニコしながらリューネと話している。
モエもちょっと困惑しているが、スカートを掴まれているので動けない。
すると、アテナが俺に言う。
「あの子たち、ルナに気に入られたわね。もしかしたら『幸運』の対象になるかもよ?」
「…………」
「さ、行くわよみんな。厩舎とかある宿どこ?」
アテナに連れられ、オオカミ家族とリューネ、モエたちは街に入っていく。
そして、アミーが俺の腕を取り、耳元でささやいた。
「あの子たち、不幸のどん底にいたからね……元婚約者、元幼馴染として、幸せを願ってあげたら? それくらいならしてあげてもいいんじゃない? それとも……まだ恨んでる? 幸せを願えないくらい、不幸になって欲しい?」
「……ッ!!」
俺は、アミーの手を振りほどいて歩き出した。
わかってるんだよ。もう、俺はリューネたちに思うことはない……あとは好きに生きてくれとしか思っていない。
◇◇◇◇◇◇
アミーと一緒にアーロンの元へ。
領主邸……いまだに、アーロンは『領主代行』だ。俺とアテナの息子を領主にするため、あと三十年は領主をするという。
アーロンは、激務にも拘わらず俺とアミーのために時間を用意してくれた。
「お久しぶりです、アロー様」
「アーロン……少し痩せたか?」
「はっはっは。そう見えますかな? でも、大丈夫です」
アーロンは笑っていた。
今や、セーレは四大貴族の候補だ。忙しくないわけがない。
「あまり時間をかけるのも悪いし、本題に入る」
俺は、四大貴族のうち三家からの手紙、そしてアスモデウス領地へ行く使者に選ばれたことを話す。
アーロンは黙って聞いていたが……組んだ両手が力強く握られ、爪が皮膚に食い込んで血が出ていた。
その怒気、俺の背筋が凍り付きそうなくらい、熱く燃え上がっていた。
「……そうですか」
話を終えると、怒気が消えた。
そして、ハンカチで手を拭い、笑みを浮かべる。
「私も同行させてくださいませ、アロー様」
「……そう言うと思ったよ」
「申し訳ございませんが、この日のために準備はしてまいりました。しばし、私がいなくても領地に問題はございません。優秀な文官たちがいますゆえに」
「アーロン……」
「旦那様の仇……この手で討つことは叶いませんが、その最後を見届け、旦那様に報告する役目を、この私にお願い致します」
父上への忠誠心は、今なおアーロンは強く持っている。
そりゃそうだ。俺の人生より長く、アーロンは父上に仕えてきた。
きっと、俺が知らないような出来事も多かったんだろう。その決意を否定することは、俺にはできなかった……というか、するつもりもなかった。
「わかった。アーロン……お前の同行を許可する」
「ちょっと……本当にいいの?」
アミーが耳打ちする。その距離の近さに嫌そうな顔をするが、アミーは気にしない。
「アーロンならこう言うと思ってた。というか……予定外なのは、お前が勝手に連れてきたリューネとモエだからな」
「あーはいはい。申し訳ございませんでしたー」
アミーは耳を塞ぎ、聞いていないフリをする。
俺は立ち上がり、アーロンに手を差し出した。
「復讐……そして、過去にケリを付ける。未来へ進むために、共に行こう」
「はっ……ありがたき幸せ」
アーロンは跪いて、俺の手を取った。
こうして、アスモデウス領地へ向かう仲間に、アーロンが加わった。





