89・いざ、アスモデウス領地へ
ルナと一緒に帰り、家に到着。
アテナはまだ帰ってきていない。きっと、狩りの獲物を解体しているだろう。
俺はブラックシープたち、オオカミ家族たちに餌をあげて、二階で寝ているファウヌースを起こす。
『ん~……なんでっか、メシでっか』
「そうだよ。お前、昼夜逆転生活そろそろ改めろよ……」
『いや~、夜しか外出できへんし』
ファウヌースはベッドから飛び降り、コロンと転がった。
相変わらず大きさは変わらない。大型犬より少し小さいくらいのピンク羊だ。
「日中も出歩けばいいだろ。喋らなきゃ『珍しいピンク羊』で通るんだし」
『そうやけど、やっぱり喋れないってのはきついでっせ』
「うーん……思い切って正体バラすか?」
『そ、それは嫌やわ。わかりました、日中も出歩くようにします~』
「そうしてくれ。それに、今度出かける時は、お前も一緒に来て欲しいからな」
『へ? どこか行くんでっか』
「ああ。仕事……それと、復讐だ」
『……ついにヤルんですな』
「ああ」
殺しはしない。でも、絶望には叩きこむ。
俺はファウヌースを抱きかかえ一階に降りる。するとルナが野菜を洗っていた。
「ぱぱ、お野菜あらったよ」
「ありがとな。じゃあ、こいつにメシやってくれ」
「はーい!」
ファウヌースを下ろすと、今度はルナが抱っこ……でも、まだ抱っこは無理。
覆い被さるような格好になり、ファウヌースがつぶれた。
『ぐええ……る、ルナはん、勘弁して~』
「あははっ、ファウヌースごはんだよ~、お肉たべよ~」
解凍しておいた冷凍肉をファウヌースに食べさせている間、俺は晩飯を作る。
野菜スープ、米、魔獣肉のステーキ……調理半ばのところで、アテナが帰って来た。
「たっだいま~!! あ~お腹減った!! アロー、ごはん!!」
「もうすぐできる。まずは手を洗って来いよ」
『ぴゅるるる』
「お前もか。ルナ、ミネルバにもごはん」
「はーい!!」
「アロー、肉大盛ね!! あと米も!!」
「はいはい、わかってるって」
幸せだった。
アテナがいて、ルナがいて、ミネルバがいて、ファウヌースがいる。
俺の大事な家族。これからも守りたい。
そのために……俺の心に刺さった棘、俺の復讐を終える。
今夜、アテナにちゃんと話そう。
◇◇◇◇◇◇
食事を終え、水浴びをすると、ルナは大きな欠伸をして部屋へ。
ファウヌースが一緒について行き、一緒のベッドで寝た。ファウヌース、抱き枕としては最高の品質なのか、ルナも朝までぐっすりだ。
俺はアテナとベッドに入り、一汗流す。
そして、二時間ほど頑張ったのち、ようやく落ち着いた。
「なあ、アテナ」
「ん、なに?」
「……アスモデウス領地に行く」
俺は、三家から預かった書状のこと、そしてそれをサリヴァンに突きつける役目をもらったことを話す。するとアテナは俺の胸から離れ、真面目に言う。
「何度も言ったけど……あんたとサリヴァンの戦い、どんな結果になろうと邪魔はしないわ。その代わり、誰にも邪魔させないから」
「……ああ」
仮に、サリヴァンの私兵が襲ってきても、アテナなら返り討ちにする。
大型魔獣を一刀両断するアテナだ。まず人間じゃ勝てない。
「それと、アミー……あいつは俺の秘書だから、連れて行くことになる」
「マジ? あいつの力、アスモデウス領地を侵してるのよ? あんたにも不幸が襲い掛かるかも……行くなら、ルナを連れていくしかないわね。ルナの『幸運』で『不幸』を中和しないと危険よ」
「わかった。ファウヌースも連れて行くけど……」
「なんで?」
「……なんとなく。ダメか?」
「いいわよ。あいつ、ルナの枕にしましょ」
こうして、俺の最後の旅……アスモデウス領地への旅が始まる。
◇◇◇◇◇◇
翌日、アテナは狩りを、ルナは勉強を休み、旅支度をすることになった。
着替え、食料、野営道具。アテナは狩りで野営することもあるし、任せておけば大丈夫だろう。
俺は区画長たちを集め、アスモデウス領地へ行くことを報告する。
一月以上は帰れない。なので、集落長をゴン爺に任せ、交易なども区画長たちに分担して任せることになった。
集落は、俺がいなくても問題ない。
そして俺は、ジガンさんの家に行く。
薪割りの音が聞こえたので庭に行くと……ジガンさんは薪割りをしていた。
「……アローか」
「どうも、ジガンさん」
ジガンさんは、上半身裸で斧を振っていた。
鍛え抜かれた上半身は、年を重ねることでさらに厚みを増している。前々から思っていたが……この集落の人たちって、歳重ねるごとにマッチョ化していくんだよな。
ジガンさんは切り株に座り、汗をぬぐう。
俺も近くの丸太に座った。
「……数日したら、出発します」
「……決着を付けに、か」
「はい」
それだけで伝わった。
ゴン爺から聞いたとかじゃない。俺の決意が伝わり、理解してくれた。
ジガンさんは立ち上がり、家の中へ。
そして、手に何かを持って戻って来た。
「これを持っていけ」
「……これは」
それは、シンプルな装飾が施されたナイフだった。
少し長め。これは……解体や日常で使うナイフじゃない。
「戦闘用の、ナイフ……ですか?」
「そうだ。アテナに相談され、オレが作ったナイフだ」
「ジガンさんが?」
「ああ。お前はアテナから近接格闘を習ったな? ナイフは近接戦で最も効果を発揮する……使う機会がないに越したことはないが、持っていけ」
「…………」
ナイフを受け取る。
重い……単純な重量じゃない。魂の籠った重さを感じた。
俺はそれを強く握る。
「ありがとうございます……!!」
「ああ。アロー、復讐を忘れるなと言いたいが……何があろうと、生きて帰って来い。このカナンにはお前が必要だ。未来のためにもな」
「……ジガンさん」
「ふ……少し早いが、いいだろう。一杯やっていけ」
「はい……いただきます」
俺はジガンさんの家で、酒を頂くことにした。
◇◇◇◇◇◇
それから数日。
仕事をしつつ、出発の準備をした。
ゴン爺に引き続きをして、交易に関する指示を出し……なかなか忙しかったが、なんとか終えた。
そして、出発の日……アミーのやつが、やりやがった。
「……おい、どういうつもりだ」
「ふふ、いいじゃない別に」
集落の入口。
俺、アテナ、ルナ、そしてオオカミ三兄弟。
三兄弟の身体には荷物、そして鞍が付いている。俺とルナ、アテナが二匹に乗り、一匹は荷物運搬だ。
そして、アミーが遅れてきたのだが……そこにいたのは、アミーだけじゃなかった。
「…………」
「…………アロー」
モエ、そして……リューネがいた。
しかも、ユキとシロ。留守番を任せた二匹に乗って。
アミーはいい。だが、なぜこの二人が。
すると、リューネが言う……こいつ、心を病んだはずじゃなかったのか?
「アロー……アスモデウス領地に行くんだよね」
「ああ」
「……お願いします。私とモエも一緒に連れてって。サリヴァン……あいつに、伝えたいことがあるから」
「…………」
「お願いします。道中、いない者扱いしていい。食事やテントも自分で用意するから……」
「…………モエもか?」
「はい」
モエは一礼。アミーを睨むと「あー怖い♪」とおどけていた。
どうしたもんかと悩んでいると。
「別にいいじゃん。ってか、シロとユキ貸してって言われたから貸したの、私よ」
「は!?」
「アロー、今大事なのは、あんたの復讐。終わったことはもういいでしょ」
「……わかった」
そう、終わったこと。
リューネたちがいても、問題ない。
そう思い、俺は同行を許可する……すると。
「おねーちゃん、よろしくおねがいします!!」
「え、あ……うん」
ルナは、礼儀正しくリューネに挨拶をしていた……やっぱり、ルナは可愛いな。





