87・四家の会議
宴はとんでもなく盛り上がった。
ドンキーさんが持ってきた酒は大好評で、特にアテナが大興奮。ドンキーさんのお腹をべシベシ叩きながら高笑いしていた。
『あっはっは!! この酒美味しいわね~!! ね、もっともっと欲しい!!』
『がーっはっはっは!! 愉快愉快。そうだな、今度山ほど送ってやるわい。その代わり、竜の肉を山ほど送ってくれ、この肉は最高だ!!』
『ンなもんいくらでもやるわよ!! 私に狩れない魔獣はいないんだから!!』
と……ドンキーさんと馬鹿騒ぎ。止めるに止められず、もうどうしようもなかった。
フリードリヒさんはチビチビ酒を飲みながら、宴会場や食器を見て「ふむ……」と何か感じていたし、ルルーシェさんは無言で肉を食べまくり「おかわり、大盛で」なんて言ってた。
食事は大成功、だったと思う。
そして現在、この日のために建設した大会議場に集まった。
まず、俺が挨拶する。
「えー、昨夜はよく眠れましたか?」
「おう。いやー、いいベッドだったぜ。あんなフカフカのベッド、見たことねぇ」」
「ああ、魔獣の羽毛を使った毛布やマットレスです。たぶん、マリウス領地にしかないかと」
「ほほう。マリウス領地は宝の山だな。実に興味深い!!」
「……まあ、確かにね」
ドンキーさんの評価は高い。ルルーシェさんも渋々と認めていた。
相変わらず、フリードリヒさんは周囲を見渡している。
「早速ですが……本題に入ります」
「待った」
と、いきなりルルーシェさんがストップをかけた。
な、なんだ……? もしかして、昨日魔獣に襲われたからやっぱりやめたとか、宴会の席が気に入らなかったとか……何か、不備があったのか?
「とりあえず、結論から言うわ。バアル、アモン、アスタルテ家は、マリウスとの取引をする。話す内容は、そちらが何を出し、こっちが何を出すか。それと……アロー、あなたのこと」
「……え」
「アスモデウス家がいない、そしてアローの名前……すぐにわかったわ。あなた、何年か前にセーレを追放された領主の息子、アロー・セーレね?」
「!!」
俺は目を見開き、ドンキーさんを、そしてフリードリヒさんを見た。
二人とも、俺を見ている。その表情は『全て知っている』という感じだ。
シャロン、エリスが言ったのかと思ったが……。
「マリウス領地の急激な発展、まさかと思ったが……まさか、死んだと思っていた領主の息子が、マリウス領地をまとめあげ、これほど立派な集落を築いているとは思いもしなかったよ」
フリードリヒさんは微笑を浮かべる。
どういう反応をすればいい。しまった……想定していなかった。
俺がサリヴァンに嵌められたことは一部の人間にしか通じていない。世間一般の俺の評価は『アスモデウス家の重要書類を盗み追放された元領主の息子』だ。
フリードリヒさんは続ける。
「サリヴァン・アスモデウス。正直、彼は危ういと思っていた。父親から領主の地位を引き継いだ時、彼に会ったが……彼の目は野心に満ちていた。いずれ、私と敵対する、そんな覚悟も感じられた」
「…………」
「だからこそ、私は彼を警戒した。そして……きみの事件を知った。きみが、アスモデウス家の重要機密を盗み出したという事件をね」
「…………ええ」
「アローくん。きみの言葉で、何があったかを説明して欲しい。きみは本当に、アスモデウス家の重要機密を盗んだのか?」
「…………」
俺はドンキーさん、ルルーシェさんを見た。
二人とも何も言わず、聞く姿勢になっている。
「……信じてもらえないかもしれませんよ」
「それを決めるのは我々だ。それに……きみが嘘を突くような人間ではないと、私は初見で感じたよ。真面目で礼儀正しい人物だとね」
「……わかりました」
俺は、サリヴァンに嵌められた経緯を全て話した。
父上の毒殺、セーレの鉱山を奪うために俺を嵌めたこと、そして婚約者だったリューネたちを寝取ったこと……そして、マリウス領地への追放。
全て話すと、ドンキーさんが顎髭を弄りながら言う。
「マリウス領地の領主……当時は『死刑』と同義語だったな。この魔獣が蔓延るマリウス領地で、生身一つでほっぽり出されて生きてるヤツなんかいなかった。普通に死刑執行された方がまだ救われてた、ってくらいだぜ」
「そうよね。まさか、マリウス領地を統一して、これだけ発展させるなんて。あんた、歴史に名を残せるんじゃない?」
ドンキーさん、ルルーシェさんが褒める……褒めているのかな?
フリードリヒさんはフッと微笑む。
「きみの話を信じるよ。二人はどうだい?」
「ケッ、当然だろ。サリヴァンのガキは前から気に入らなかった」
「私もよ。あいつ、顔はまあまあいいからって、私に色目使ってきたことあるし。気味悪いったらありゃしない……まあ、それも終わりね」
「……え、終わり?」
思わず聞き返すと、フリードリヒさんが言う。
「アスモデウス家を、四大貴族から除名することが決定した」
「えっ」
「そして、後任にセーレ家が四大貴族の末席として加入する」
「せ、セーレ……って、ほ、本当ですか!?」
驚く俺。ルルーシェさんが言う。
「前々から決めてたのよ。アスモデウス家はもう落ち目、鉱山は閉鎖が続き、新しい産業を興そうと躍起になってるけど失敗続き……他家に金の無心に来る四大貴族なんてありえないでしょ。かろうじて、領地の維持はできているから、貴族から追放はしないけどね」
「……」
「複雑そうね。もしかして、復讐の機会を奪っちゃった?」
「……いえ、そんな」
複雑だった。
四大貴族抹消……サリヴァンにとっては屈辱だろう。
今、あいつがどんな顔で、どういう想いで領地経営しているのかは知らない。
でも、俺の怒り……恨みは、残っている。
「アローくん」
「……あ、はい」
「きみに、頼みがある」
「え?」
フリードリヒさんは、一通の書状をテーブルに置いた。
「これは、三家が署名した、アスモデウス家の四大貴族除名の正式な書状だ。本来なら、我々四大貴族の領主が直々に届けるのだが……その役目を、きみに任せたい」
「っ!!」
心臓が高鳴った。
同時に思う。もしかして、この三人は───…………。
「まさか、三家の領主がマリウス領地に来たのは、交易のためじゃなくて……」
「きみは頭の回転が速いね……まあ、交易もするけどね」
この三人の本当の目的。
それは……俺に、サリヴァンへの復讐機会を与えること。
知ってたんだ。
俺が濡れ衣を着せられたって、そして、俺がここで何をしているのかを。
俺は、手が震えた。
「……アローくん。引き受けてくれるかい?」
「……はい!!」
俺は、サリヴァンへの復讐をするためのチケットを手に入れた。
そして───……ついに、その時が来た。
サリヴァン・アスモデウスへの復讐。父上の敵を討つときが。
「じゃ、交易の話をするわよ。聞きたいんだけど、あの立派な橋……あれ、他の場所にも架けられる? あと魔獣除けの木だっけ。あれも欲しいわね。それと街道の整備、もっと多く街道を作って、マリウス領地に来れるようにしたいわね」
「待て待て。まずはマリウス領地の正確な地図が欲しいの。我々の知らん歴史遺産、遺跡などがあるかもしれんぞ。アロー、地図はあるか?」
「まあまあ二人とも。ところでアローくん、聞けば、魔獣の骨があるとか……骨格標本にして魔獣博物館なんて面白いと思ったね。それとこの建物、独特な建築設計だ。ぜひ詳しく話を」
「あ、あの……ちょっと落ち着いて」
復讐の前に、まずは……三家との交易が先かな。





