86・三家合同視察
「……冗談だろ」
三家に手紙を出して一か月……バアル家、アモン家、アスタルテ家から返事がきた。
しかも、同じ日に、三家から。どういうタイミングだっての。
なんとなく嫌な予感がして手紙を開封すると、案の定だった。
「なになに、どうしたの?」
「……三家が合同視察って形で、マリウス領地に来る」
「へぇ~、すごいじゃない」
「すごい、じゃない……前代未聞だぞ。四大貴族のうち三家が、同時に、マリウス領地に来るんだぞ!? 三家の領主が直々に来るとか……ど、どうなっちまうんだ」
「汗、すごいわよ。拭いてあげる」
アミーが、俺の額の汗をキュッキュと拭く……が、そんなことどうでもいいくらい俺は緊張する。
「ね、そんなに緊張しなくてもいいでしょ? たかが偉い人間じゃない」
「……女神らしい指摘ありがとよ。確かに、同じ人間だよな……うん、戦争するわけじゃないし、ただ視察に来るだけだ。うん」
「ふふ、面白くなりそうね」
「そういうこと言うなっ」
俺は荒くなった息を整え、区画長たちを集めることにした。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
俺は区画長たちを集め、四大貴族のうち三家の領主が視察に来ることを伝えた……が、区画長たちはみんな首を傾げていた。
まず、ウェナさん。
「お偉いさんって言っても、同じ人間だろ? あたしらは、あたしらの生活を見せればいいだけさ」
そして、ドンガンさん。
「ま、ワシは鍛冶しかできねぇし、お偉いさんだろうと、お前らだろうと、見てる時に手ぇ抜いたりしねぇよ。ま、気楽にいこうや」
ドクトル先生……。
「……見られたところで、何か意味があるのか?」
えー、他の区画長たち。
「別に、見られるのは前もあっただろ」
「ま、邪魔しなければいいけどね」
「なあ、この話し合い、意味あるか?」
と……誰も緊張していない。
そりゃそうか……よく考えたら、マリウス領地は『貴族』とか『領主』の存在は知っているけど、直接的な関わり合いは皆無だった。
俺が初めての領主で、この人たちのトップに立ったのは間違いない。お偉いさんだろうと、そうじゃなかろうと、この人たちにとってはどうでもいいことなんだ。
ってか、俺だけか……四大貴族だの何だのであわててるの。
「え、えっと……とりあえず、今度お迎えするお客様は、交易に関わる大きな客って考えてもらえば」
と、ドンガンさんが挙手。
「つまり、気に入られれば、また美味い酒が手に入るってことか?」
「……た、たぶん」
「そりゃ聞き捨てならねぇな!! よっしゃ、やってやろうじゃねぇか、なあ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
えー……マジでこの人たちの原動力、『酒』なのかもしれない。俺はそう思いました。
◇◇◇◇◇◇
それから、三家を迎えるための準備が始まった。
いろいろと気を使いそうだし、俺の指示で三家用に別々の宿泊所を建設した。
他にもいろいろ準備をして……あっという間に一か月。
いよいよ、三家を出迎える。
俺は、集落の入口で馬車を待っていた。この日のために新しい服を用意してもらい、髪も整えたりした。
先ほど、三家の馬車が橋を通過した。一足先にユキが戻り、報告してくれたのだ。
護衛にはアテナと警備隊が付いているから心配はしていない。
「ね、緊張してる?」
「……してる」
正式に、俺の秘書になったアミーが耳元で言う。
こいつも新しい服に着替えて、髪も整え化粧もしている。
すると、見えた……なんともデカい、立派な馬車。ってか、よく見ると馬車……というか、でっかい牛が二頭で引いている。
その隣にはデカい豚が四頭で、さらに隣には超デカい馬が一頭で引いている……なんだありゃ。
だが、一番驚いているのは、超絶デカい『竜』を引くブラン、ホワイト、スノウたち。
唖然として見ていると、三台の馬車が到着……アテナが先頭に来た。
「ただいま。あー疲れた」
「いやお前、いや……なんだあれ?」
俺は、ブランたちが引きずってきた竜を指差した。すごい……地面を引きずってきたのか、地面にしっかり跡が残っている。
「何って、迎えに行ったら途中で襲い掛かって来たのよ。首落として血抜きもしてきたから、すぐ食べられるわよ。ちょうどお客さんいっぱいだし、今夜は肉パーティーね!!」
本気で頭を抱えたくなった。
迎えに行った途中で、魔獣……しかも、『竜種』が出た? もう危険とかそんなレベルじゃない。今気づいたが、三家の馬車を引く動物たち、みんな恐怖で震えてやがる。
三家も護衛が付いてるんだけど……みんな真っ青。下向いてる。
三家合同で護衛を組織したのか、装備が統一してる……腕自慢ばかりだろうけど、みんな死にそうな表情をしていた。
というか、カナンの警備隊たちはいつも通りだわ……デカい竜を前にウキウキしているのもいる。
すると、馬車のドアが開き、それぞれの領主が降りてきた。
「「「…………」」」
「……えっと、遠路はるばる……その、なんというか」
三人とも無言だった。
アミーが笑いを堪えているような感じで微笑んでるし。
最初に口を開いたのは、背が高い、長髪の男性だ。
「……すまないね。命の危機を感じたばかりで、何を言えばいいのか。ははは……いろいろ、挨拶を考えてきたんだけどね」
「すみません……その、危険な目に合わせてしまって」
「気にしないでくれ。マリウス領地に来たと実感が沸いたよ。おっと、挨拶がまだだった。私はフリードリヒ・バアル。バアル領地の領主だ」
フリードリヒさん。年齢は二十代後半ほど。背は二メートル近くあるが、全体的にもの凄く痩せている感じがする……だが、その眼光は鋭い。
金融……七十二の領地に流通している『通貨』を管理している、ある意味七十二の貴族たちのトップ。
しっかり握手をすると、咳払い。
「コホン……ふう、ようやく落ち着いたわ。ってか、死ぬかと思った。全く、マリウス領地に来るなんて言わなきゃよかったわ」
勝気そうな、どこかシャロンみたいな女性……俺と同い年くらいかな。
クセのついたロングヘアに、やや露出の多いドレス。胸も大きいし、スタイルは抜群。だが、猫のような眼つきをしており、どこか高圧的な感じがする。
なんか怒ってるな……とりあえず謝ろう。
「申し訳ございません。危険を完全に排除できなかったこと、謝罪します」
「ほんとにそうよ。ホントにビックリしたんだから……本当に、もう」
なんか様子がおかしいな……もじもじしている?
すると、隣で笑い声が。
「そりゃ怒りもするわい。ビビってチビりました、なんて言えんものなあ!! がっはっは!!」
「~~~っ!! ち、チビってないわよ!! なに、喧嘩売ってんの!?」
「嘘を付け。そのスカート、今朝見たのと違うわい。魔獣が出た後、不自然な停車があったが……どうせ着替えていたんじゃろ」
「う、うるさい!! ええい、このまんまるデブ!!」
「あ、あの……」
「何よ!!」
「がっはっは。すまんな、わしはドンキー・アモン。アモンの領主じゃ、よろしくな、坊主」
「は、はい。アロー・マリウスです」
ドンキーさん。年齢は三十後半くらいだろうか。まんまるデブ……というか、背は低くまん丸しているが、デブというよりは筋肉質って感じがする。立派な髭も生えた、優しいおじさん、って感じだ。
「……ルルーシェ・アスタルテ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
握手……なんというか、嫌われたかもしれん。
ドンキーさんは、アテナが倒した竜を見て言う。
「なあ坊主。あの竜……食うのか?」
「ええ、そのつもりですけど」
「ほほう!! 竜を食うと寿命が延びると聞くが、どうなのかの?」
「いやー……どうでしょう。たまに食べますけど、特にそんな感じはしませんね」
「なんと……竜を『たまに』食べるのかい? 驚きだね」
「ほほう、フリードリヒ、おぬしも興味深々か。坊主、今夜は期待していいのかの? 土産の酒もあるぞい」
「お任せください。酒宴の席を用意しています」
「はいはーい!! お酒あるの!? ね、私も飲むっ!!」
「おいアテナ、出てくるなって!!」
いきなり出てきたアテナを押すが、ドンキーさんが興味津々のようだ。
「いや、いっぱいあるぞ。ふふふ、そっちのお嬢ちゃん……タダもんじゃねぇなあ」
「アンタも、人間にしちゃそこそこ強そうね」
「あ、アテナ!! すみません、こいつ俺の妻で……」
「ははは、楽しいね。ね、ルルーシェ」
「ふん、それより、休みたいんだけど」
「そ、そうでした。宿に案内しますので、こちらへ」
こうして、三家の領主たちが、マリウス領地にやってきた。
トラブルというか、予想もつかない出来事というか……タイミングよく竜とか出ないでくれ、本当に。





