85・お手伝い
体調も良くなり、さっそく仕事を再開……集会場に向かうと、そこにいたのは。
「あ、おはよう」
「……えっと、アミー……だっけ?」
「ええ。よろしくね、アテナの旦那様」
クスっと微笑む美女……でも、正直なんか不気味だ。
集会場には俺の部屋があり、普段はそこで仕事をしている。大きな机には山ほどの書類……報告など、口頭ではなく、羊皮紙に書いて出すようにお願いしたのだ。
なので、山のように報告が溜まっている。これらは全て、それぞれの分野での問題や、今日何があったの報告などだ。ちゃんと目を通しておかないと。
「こっちの報告書は目を通して対処したわ。問題点の指示もしたから」
「え……」
「こっちは収穫物の報告書。わかりやすく表にしてまとめておいいたから確認して。こっちは交易に関する書類、こっちは建築、水路ね」
「あ、あの」
「なに?」
「いや……あ、ありがとう」
とりあえずお礼。
席に座って確認すると、書類が丁寧に整理され、各分野ごとに分かれていた。
それだけじゃない。アミーが指示した問題点も的確である。これにはおどろいた。
「すごいな……これだけで、俺の仕事半分以上は減ったぞ」
「ふふ、忙しいっていうのも楽しいわね」
「…………」
「なに? 仕事は真面目にやるわよ。アテナに睨まれたくないし……それとも、私の美しさに見惚れちゃったかしら?」
「あ、いや、そういうんじゃない。きみ……アテナの友達、なんだよな」
「……っぷ」
アミーはポカンとした後、思い切り笑い出した。
「あっはっはっは!! と、友達? あははっ、そんなこと言われたの初めてかも!!」
「ち、違うのか?」
「違うわよ。私はアテナのことからかうの好きだけど、アテナは私のこと嫌ってるわ。妹分であるルナが、私のこと怖がってたからねぇ」
「……そうなのか?」
「ふふ、友達……いかにも、人間らしい考えね。女神である私たちに、友達なんて概念はないわ」
「ふーん。でも、今は人間だろ? 俺としても、アテナに楽しく過ごして欲しいし……友達になってくれたら、ありがたいな」
「……変な子。でも、面白いわね」
すると、アミーは俺の傍に来て、顔をのぞき込む。
「ね、アテナとしてるんでしょ? 私ともどう?」
「遠慮します。あ、そういうこと言われたら報告しろって言われてるんだった」
「げっ……ちょ、今のなしね。やめてよね」
「さあ、真面目に仕事するか」
「ちょっと!!」
さて、仕事しますかね。
◇◇◇◇◇◇
仕事を始めて二時間ほど経過。アミーのおかげで、かなり捗っている。
「ね、アロー……気付かない?」
「ん?」
「全然気づかないようだし言っちゃおうかしら。この部屋、すごく綺麗じゃない?」
「……?」
綺麗? まあ、確かにキレイだけど……それがどうかしたのか?
訝しんでいると、アミーは言う。
「この部屋、モエが早朝に来て掃除していったの。書類を処理したのは私だけど、わかりやすく並べたりしたのはモエよ」
「…………」
「あの子、あんたと顔合わせ辛いからって、掃除だけするってさ。ほんとはね、アテナに《やり直せる》って言われたのよ、あの子」
「……アテナが?」
「ええ。知ってるでしょ? アテナは『戦いと断罪』を司る。あの子は、人に触れることでその『罪』を見ることができる。そして、罰を与えるの。アテナはモエに『罪はない』って言ったわ。あの子が言うなら間違いない……モエはただ、あなたの命令に従って、リューネたちに付いただけ」
「…………だから、許せと?」
「そこはあなた次第。そもそも、もう関心がないんでしょう? だったら、そのままでいいじゃない。モエはここの掃除をするだけで満足しているし、ね」
「…………お前さ、性格悪いな」
「ふふ、自覚していまーす♪」
アミーは楽しそうに笑う。
アテナが嫌う理由、なんとなくわかったかもしれない。
「……」
モエ。
リューネ、レイアは自分たちの意志でセーレを離れ、サリヴァンと共謀して俺を陥れた。この二人に関しては許せないし、出会って謝罪されたことでもう完璧に興味がなくなった。
でも、モエ……モエは、どうなんだ?
確かに、俺はモエに『リューネたちを頼む』と命じた。そして、リューネたちが裏切ろうが、モエは忠実に俺の命令を守り続けた……そういうことになる。
俺がモエに怒鳴り散らしたり、怒りをぶつけたりもした。その時俺は、『もうリューネたちはいい。俺の元に戻って来い』と言えばよかったのか?
わからない。答えは出ない。でも……モエに、罪はない、のか。
「アロー? 聞いてる?」
「え、ああ……なんだ」
「ふふ、モエのことで頭がいっぱいみたいだけど、手紙届いてるわよ。しかも三通」
「手紙……?」
「えっと、バアル家、アモン家、アスタルテ家ね」
「!!」
来た───……返事!!
エリス、シャロンに届けてもらった、四大貴族への手紙。その返事だ。
俺はモエのことを頭から押しやり、さっそく手紙を開封する。
「───……よし!! バアル家が視察に来ることになった」
「バアルって確か、お金持ちのところでしょ?」
「まあそうだな。金融……この世界にある通貨を作っている家だな」
「へえ、お金を……」
もう一通を開封。
「……おお、アモン家も視察に来るぞ」
「アモン家って……確か、歴史文学に詳しいところよね?」
「お前詳しいな……まあそうだ。遺跡とか、古代文明とか調べている。マリウス領地を調べたいってことらしいぞ」
「へえ~……面白そうね」
さて、最後一通……うおお、やっぱり。
「……あ、アスタルテ家も来る。嘘だろ……」
「アスタルテ家って、街道とか、街とか作ってるところよね」
「ああ。七十二の領地にある主要街道なんかを作ってる。他にもいろいろ手がけているみたいだけど…‥詳しい内容はわからん」
というか、とんでもないことになった。
手紙を並べ、俺はごくりと唾を飲み込む。
「よ、四大貴族のうち三家が、ここに来る……し、しかも、嘘だろ」
「どうしたの?」
「に、日時だよ……三家が来る日、時間が全部、同じなんだ」
きっかり一か月後。
バアル家、アモン家、アスタルテ家が、マリウス領地に来ることになった。
というか……さすがにこれはまずい。
「手紙を書かないと……さすがに、同時はまずいだろ」
「なんで? 別々に会うとか面倒じゃない。それに、もしかしたら……ルナの幸運の力が働いたのかもよ? こんな偶然、そうはないでしょう?」
「……いちおう、三家に手紙出すわ。さすがに失礼だしな」
俺は三家に向けた手紙を書く……まさか、三家同時に視察とか、勘弁してほしい。
だが……俺はルナの『幸運』の力を、まだまだ理解していないと、後から知ることになる。





