84・手を借りる
アテナは、リューネ、モエ、アミーの暮らす家にやってきた。
家に着くなり、ドアを何度かノック。返事がある前にドアを開けた。
「入るわよ。アミー、ヒマしてるなら来て」
「……あなたね、何なの一体」
ドアを開けると居間があり、大きなテーブルがあった。
腰を浮かしていたモエ、車いすのリューネ、そして読書をしていたアミーが、アテナを見て嫌そうな顔をしていた。
アミーは本を閉じる。
「何、用事かしら。あなたとはあまり関わりたくないんだけど」
「奇遇ね、私もよ。でも、そうも言ってらんないのよ……あ、お構いなく」
モエがお茶を淹れようとしたのか、アテナは拒絶。
家に入り、空いていた椅子に座った。
車椅子をチラリとみると、虚ろな目をしたリューネがいた……アテナはすぐわかった。心が壊れ、自我が崩壊している。
アテナはすぐ、アミーに目を向ける。
「あんたの餌食になった子……憐れね」
「私のせいなのか、自業自得なのかは不明だけどね。それで……何か用?」
「あんたにお願いあるのよ。うちの旦那、アローのこと」
ピクリと、モエが反応した。アテナは見逃していないが無視。
「あんた、計算とか得意でしょ? アロー、めちゃくちゃ忙しくてさ、過労で倒れちゃったのよ。あんた、ヒマなら手ぇ貸してよ」
「……なんで私なの? 他にも人材はいるんじゃない?」
「いないからお願いしてるんでしょうが。それに、そっちの二人だとアローは嫌がりそうだし、なんの接点もないあんたならいいかなって」
「……私はいいけど」
アミーはモエをチラッと見る。
アテナがはっきりと「アローが嫌がりそう」と言ったが、自覚しているのか何も言わない。
すると、アミーはニヤリとした。
「あなたの旦那様がどんな人か気になってたし、面白そうね」
「言っておくけど、アローに手ぇ出したらブチ殺すからね」
「怖いわねえ。冗談よ」
「ふん。ところで、モエだっけ」
「……はい」
アテナは、モエを見てリューネを見た。
「あんたのこと、アローからいろいろ聞いてるわ。そっちのリューネもね」
「そうですか……」
「あいつ、あんたのことで悩んでたわ。リューネは自業自得だけど、あんたは自分の言うこと聞いてただけだって。憎むべきか、許すべきか……ずっと悩んでる」
「…………」
「あんた、どうしたい? あんたが自分のしたことを『罪』だと思っているなら私が断罪する。言うことを聞いただけならそれでいい」
「……あなたも、女神なんですよね」
「そうよ。私は『断罪』を司る。罪を裁き、罰を与える……まあ、今は大した力使えないけど。で、どうなの?」
「……私は、言うことを聞いただけです。でも……苦しい」
「そ。自分の意志でやったわけじゃないのね」
「はい。私は……アロー様を、裏切ることは……」
そう言いかけ、胸を押さえた。
結果、裏切ってしまったことに違いはない。リューネやレイアのように、明確な裏切りをしたわけではない……と、自分自身に言い訳してしまい、自己嫌悪に陥る。
何を言っても、自分は裏切ったことに変わりないのだ。
「…………」
「苦しんでるわね。どれどれ」
「───……えっ」
アテナは、モエの額に人差し指で触れた。
指先が淡く輝いているような、不思議な温かさを感じる。
「アテナは『戦いと断罪』を司る女神。戦いになれば一騎当千の力を持つの。そしてもう一つ……『断罪』ね。人に触れることで、その人が犯した『罪』を知ることができるのよ」
「ま、罪なんてない人間はいないけどね。ふーん……そういうこと」
指を離すと、アテナは言う。
「あんた、悪くないじゃん。アローの言うこと聞いただけでしょ? しかも、アローを裏切るって知ってたけど、アローの言いつけを守った……自分の意志がない、流されるまま『罪』を感じてる」
「…………」
「アローもあんたも不器用なだけ。リューネたちは無理だけど、あんたはやり直せるかもね」
そう言い、アテナは立ち上がる。
「アミー、明日からウチに来なさいよ。仕事いっぱいあるから」
「はいはい……全く、仕事するのはいいけど、対価は用意しなさいよね」
アテナは出て行った。
モエはしばらく、アテナが言ったことを考えていた。
「……やり直せる」
「あら……『希望』を感じる。私が苦手なスパイス……ふふ、どうするの、モエ?」
「…………」
モエは何も言わず、リューネを見つめた。
リューネは何も言わない。自我が崩壊し、日常生活もままならない。
やり直せるならそうしたい。でも……リューネを放っておくこともできない。
不器用。確かに、アテナの言う通りだった。
「ね、モエ。明日からお仕事のお手伝いするけど……あなたも行く?」
「え……でも」
「ふふ、私は『不幸と貧困』を司るけど……それ以外に、面白いことも大好きなの。あなたがアローに会ってどんなことを話すのか、許しを請うのか……見てみたい」
「……最低ですね」
「自覚してる。でも、チャンスかもね。ふふふ」
「…………」
アミーはクスクス笑い、そんなアミーをモエは睨むのだった。
明日、アミーはアローの手伝いに行く。
もしかしたら、またやり直せるかもしれない……モエは、胸の中に生まれた小さな希望をどうすべきか、悩むのだった。





