82・整う地盤
俺、シャロン、エリスの三人は、集会場で話をしていた。
シャロンたちが集落に来て十日。こうして三人で集まるのは初めてだ。
「───素晴らしいわね」
シャロンは、集めた薬草サンプルや、ドクトル先生の研究データを見ながら言う。
「ドクトル先生の研究、薬草の森……全部見たけど、すごいわね。私の知らない製法での薬品生成、私の知らない薬草が生えている森、希少な薬草だらけの森……もう、脱帽よ」
「そりゃよかった。お眼鏡に叶ったようで」
「もう最高ね。あたしからの交易条件は、この地に医師希望の子たちや研究者を派遣するから、ドクトル先生のところで勉強させたり、薬草の森を調査させてほしいわ。薬草の森……あれほど広大な森、十年二十年じゃ研究できないと思うけど」
「薬草の森、かなり広いもんな……まあ、条件としてはいいぞ。逆に、アイニー家の薬学をこちらに教えることもできるか? ドクトル先生も気にしてた」
「技術交換ね。当然、構わないわよ。ふふ、なんか楽しくなってきたわね」
シャロンは指をクルクル回し、嬉しそうにする。
研究用の建物や住居も増やさなきゃいけないし、シャロンの希望で薬草の森の近くにも研究所を作ってほしいとのことだ。なんだか一気に話が進むな。
そして、エリス。
「私も似たような感じですね。私たちの知らない野菜、果物、果実、木の実など欲しいですねぇ」
「もちろん構わない。見返りは……」
「当然、パイモン家の育てる野菜や果物ですわね」
「うん、いいね」
エリスは、マリウス領地で野菜を育てたいので、畑を作ってほしいとのことだ。
領地で募集をかけ、マリウス領地に永住してもいい人たちを探すそうだ。そのまま領民として扱ってもいいとのことらしい。
話はまとまり、俺は二人に言う。
「じゃあ、改めてよろしく頼む」
「こっちこそ」
「ええ、よろしく~」
がっちり握手……領主としての話は終わり、友人としての話になる。
シャロンは、クッキーをかじりながら言う。
「そういや、サリヴァンのことだけど……あんた、見た?」
「……最後に見たのは裁判の時だ。あれ以来見てないぞ」
「ふふっ、見たら笑うわよ。あいつ、すっかりハゲ散らかしちゃってさー」
「……ハゲ?」
シャロン曰く、サリヴァンは心労でハゲ、すっかり痩せてしまったらしい。
「あいつ、貴族だけど趣味は剣術で、めちゃくちゃ強いらしいわ。今はどうだか知らないけどね」
「剣術か……」
「あんた、復讐するんでしょ? 決闘申し込むの?」
「具体的なことは考えていないけど、それが一番だと思っている」
決闘。
貴族は、決闘を申し込むことができる。
名誉を傷つけられたり、納得いかないことが起きた場合。貴族は手袋を投げ、相手に決闘を申し込める……その代わり、貴族の決闘は命懸けになる。
すると、エリスが言う。
「……決闘は、代理人を立てることも許されます。アローくんがサリヴァン様に申し込んでも、代理人を立てられたら、直接戦うことはできないと思います……」
そう、それなんだ。
決闘を申し込んでも、サリヴァンが戦わないなら意味がない。
なので、サリヴァンが戦わないといけない……サリヴァンを決闘に引きずり出す策が必要になる。
「難しいわね……落ち目で、しかも没落の危機とはいえ、アスモデウス家は四大貴族よ? もうすぐ没落といっても、あと数年はかかると思うわ」
「……四大貴族か」
金融を司るバアル家。
知識を司るアモン家。
流通を司るアスタルテ家。
そして鉱石を司るアスモデウス家。
「あんた、何考えてるの?」
「……他の四大貴族とつながりを持てないかな、って。マリウス領地は七十二の領地で最も格下の領地だろ? でも、蓋を開ければ宝の山……興味を持ちそうな物があるかも」
すると、エリスが言う。
「アモン家は、知識……歴史文学や女神に関する記述を収集していると聞きました。アローくん、マリウス領地に遺跡や古代の道具、石板などありませんか?」
「……えー」
というか、女神がいます。そして神獣であるミネルバ、ついでにファウヌースもいます……とはいえない。ファウヌースに聞けば何かあるかもしれないな……候補にしておく。
「バアル家は金、とにかく金になりそうな話なら乗ってくるわね。で……あたし、思いついたことあるんだけど聞きたい?」
「もったいぶるなよ……頼む」
「むっふっふ。あのさ、狩人たちの区画で見たんだけど、魔獣の骨が捨ててあったのよ……あれ、売れない?」
「───それ、いいな」
俺は察した。
魔獣。そう、マリウス領地じゃ当たり前に出るが、他の領地では稀にしか出ない。
魔獣の骨は素材になるし、毛皮やツノ、爪なんかも素材になる。
ここでは、武器防具は鉱石を使ってるし、毛皮とかは狩人たちが加工して服とかにしているが、多くは余っており、干して畳んで小屋にしまってある。
以前は、魔獣の骨などで武器屋防具を作っていたが、今は骨より頑丈な鉄を使った装備がメインだ。魔獣の骨は捨てているのが現状だ。
「アスタルテ家は流通を司っていたな……流通、街道を作ればいいのか?」
「それなら問題ないんじゃない? あのでっかい橋、あるでしょ? しかも魔獣除けの木も生えているし、実質、マリウス領地の道は開けたと言っても過言じゃないわ」
「……そんなもんか?」
「そうですね。それに、七十二の領地全てに、アスタルテ家の作った流通ルートや交易の街がありますわ。マリウス領地が交易を開始したと聞けば、必ず接触があると思いますね~」
エリスがそう言う。でも……来るのかね?
シャロンは言う。
「アスモデウス家を孤立させるために、他の四大貴族を味方に付ける……あんた、エグいこと考えるわね」
「そうか? まあ……なんの罪もないアスモデウス領地の人は苦しめたくないけどな」
「方針決まったなら、手紙書きなさいよ。あたしとシャロン、帰る途中に届けてあげるから」
「え……手紙って」
「決まってるでしょ。バアル家、アモン家、アスタルテ家よ。領主宛に、マリウス領地の領主であるあんたが手紙書くの。交易したいってね」
「…………よし」
さっそく、俺はエリスとシャロンの前でペンを執る。
今決めた話だが、俺はもうやる気になっていた。
他の四大貴族と手を組み、アスモデウス家を孤立させる……そして、サリヴァンに挑む。
「やってやる」
俺は、ペンを強く握り、手紙を書くのだった。





