80・カナンに戻って
交易の詳細をまとめ、カナンに戻ることになった。
ハオの街には一か月ほど滞在した。その間、アーロンが手配してくれた教師にルナはいろいろ教わり、アテナはハオの警備部隊の訓練に飛び入り参加しては部隊員を叩きのめした……おかげで臨時の教官として雇われ、隊員たちから『鬼女神教官』とか言われてるらしい。ちなみに最初はただの鬼教官だったが、アテナが『女神を付けろ』とキレた結果らしい。
俺は、交易の詳細をまとめた。
月に何度か、セーレとマリウスで資材貿易をする。
マリウスからは薬草、金属製品。セーレからは苗や種など。
そして、セーレからは文官や常駐員、セーレやマリウスの技術交換ということで様々な技術者が派遣されることになった。
中には、この一か月、ルナにいろいろ教えてくれる家庭教師の方もいる。
マリウス領地には子供も多いし、学校などあればいいと、アーロンから助言も受けた。
いろいろ足りない物が見えてくると、やる気が出る。
それに、発展が目に見えてわかると、嬉しさも倍増だ。
こうして、やるべきことをまとめ、セーレを出発する日が来た。
アーロン、数人の護衛、警備隊たちが集まり、見送ってくれる。
ちなみに、俺は大きなリュックしか背負っていない。アーロンは周囲を見渡した。
「……アロー様。馬車などのご用意は? 必要ないと仰っていたので、何もご用意していませんが」
「ああ、大丈夫。頼りになる足がいるから」
「ええ!! 来なさい、私の僕たちっ!!」
アテナが指笛を拭くと、森から白い三匹のオオカミたちが全力疾走してきた。
というか、かなり距離があるのに聞こえていたのか……しかも、走る速さがとんでもなく速い。
警備隊たちが驚くが、オオカミ三兄弟たちはアテナの周りをぐるぐる回ってじゃれつき、ルナも混ざって三匹を撫でまわしていた。
「んん~久しぶりね。森はどうだった?」
『ガルルッ』『グルォァ』『ワウワウッ』
「そっか。楽しかったみたいで何よりね。さ、また頼むわね」
「おねがいねー」
アテナ、ルナが二匹にまたがる。
最後の一匹であるブランが俺に頭を寄せてきたので撫でまくった……ちょっとニオイするな。帰ったら思いっきり洗ってやるか。
「じゃあアーロン、また」
「はい。アロー様、お元気で」
「……いつか、アーロンも、俺の住むマリウス領地に来てくれ。きっと驚くと思う」
「……ええ、ぜひ」
「ふっふっふ。後継者は任せておきなさい!! アロー様、帰ったら子作りしまくるわよ!!」
「お前、そういうのデカい声で言うなっての……」
恥ずかしい……警備隊の皆さんが眼ぇ逸らすじゃないか。
すると、俺の方にミネルバが止まる。
俺はミネルバを乗せたまま、ブランにまたがった。
「アーロン、これからはセーレとマリウス、共に協力していこう」
「はい。またお会いしましょう、アロー・マリウス様」
「……ああ!!」
こうして、久しぶりの帰省は終わり……俺は懐かしい気持ちに満足し、マリウス領地に帰るのだった。
◇◇◇◇◇◇
道中、特に危険もなく……まあ、あってもアテナがいるから問題なけど……十日かけてカナンに戻って来た。
俺はさっそく区画長たちを集め、セーレと交易をすることを話す。
「ってわけで、常駐員たちの住居、子供たちの学び舎である学校の建設をお願いします。それと、薬学の研究者たちも来るんで、研究所も」
「あいわかった。くっくっく、仕事は多ければ多いほどいい。なあ集落長」
「え、ええ……」
「おいアロー!! 鍛冶組もやるぜ!! なんでも作るぞ!!」
「は、はい。じゃあ、釘とか、鉄製品とか……住居用の家具とか食器も」
「おう!!」
えー……みんな、滅茶苦茶張り切ってます。
その理由はずばり『酒』である。リアンが次回来るとき、酒を大量に持ってくると伝えたところ、みんな大張り切りなのだ……基本的に、マリウス領地の娯楽は酒くらいしかなかった。量も多く作れないし、作れる人たちは限定される。
でも、集落が合流し、安心安全に大量生産できるようになり、酒を飲む機会が増えたのだ。大量に作ったはいいが、熟成にはまだまだ時間がかかるので、安定して飲めるようになるにはまだ時間が必要だけどね。
だが、リアンたちの持ってくる酒は、マリウス領地にはあまりない『果実』を使った酒だ。他にも麦や『米』という素材で作った酒など、みんな知らない酒ばかり。
俺は土産に、いくつか酒をもらってきた。そして、みんなに振舞ったのだが……まあ、みんな「美味い!!」と興奮したわけだ。
「狩り組も気合入れるよ!!」
「水路組もですね……ふふふ」
「酒造り組もだ!! 酒の製法、素材を知りたい!!」
ま、まあ……集落はますます発展する、ってことでいいのかな。
◇◇◇◇◇◇
会議が終わり、今日は解散となった。
さすがに疲れた。というか、集落に到着したのが早朝で、そのまま区画長たちを集めて会議したからな……休んだ方がいいって言われたけど、すぐに成果を報告したかった。
アテナはルナを連れて家で寝るって言ってたし……今日は帰って休もう。
「と、その前に……」
俺はジガンさんの家へ。
ジガンさんは庭で薪割りをしていた。俺が顔を出すと、汗をぬぐう。
「……帰ったか」
「はい。ただいま戻りました」
「ああ。というか……いくら早朝に到着したからと、すぐに会議を開かなくていいんだぞ。お前も、少しは休め」
「あはは……すぐ成果を報告したかったんで。あと……」
俺は周囲を見渡し、誰もいないことを確認。
カバンから、こっそり酒瓶を見せてニヤッと笑った。
「みんなには内緒で……」
「……ふっ」
ジガンさんは微笑み、斧を置いて家の中へ。
家には誰もいない。ローザさんは婦人会の集まり、レナちゃんは子供たちの集まりだ。
ジガンさんはグラスを二つ用意し、保存食のチーズを切って皿にのせる。
俺は瓶を開け、グラスに注いだ。
「じゃあ乾杯」
「……乾杯」
アーロンからもらった秘蔵の酒だ。
米というパイモン家の領地でしか採れない作物で作った酒で、水のような透明度を誇る酒だ。
飲んでみると、喉が焼けそうなくらいキツい。
「……これは美味いな」
「ですね。あ、この一本は開けちゃいましたけど、もう一本あるんで」
カバンからもう一本だし、ジガンさんに渡す。
「すまんな。ありがたくいただこう」
「あ、もちろん内緒で……さっき、集会所で出したんですけど、取り合いみたいになっちゃいまして」
「そうなのか? なら、こっそり飲もう」
ジガンさんと俺は笑った。
アーロンと飲んだ時と同じくらい、ジガンさんと飲むと安心する。
「……故郷は、どうだった?」
「いろいろ、気持ちがスッキリしました。それと同じく、俺の目的も……」
「……復讐か」
「ええ。マリウス領地のために尽くしつつ、俺はサリヴァンに復讐します」
「そうか。ふふ……いい顔になった」
そう言い、ジガンさんは俺に瓶を向ける。
俺はグラスを差し出し、透明な酒を受け取った。
それを一気に飲み───…………グラスを置く。
「俺はやります。マリウス領地のために、そして俺のために」
決意はした。あとは、やりきるだけだ。
◇◇◇◇◇◇
マリウス領地に戻り数日後……カナンに、最初に使者が来た。
建築組が作った大橋……名は『カナン大橋』だ。それを通り、警備隊の護衛と共にやって来た。
馬車が十台。俺は出迎えたのだが、驚いた。
「んん? あの紋章……」
「どったの?」
「馬車に書かれている紋章。あれってまさか……」
馬車が止まり、人が降りてくる。
二人、しかも女性。
「すっごいわね……魔獣、どうやって使役してるの?」
「あらあら~、お久しぶりですわね、アローくん」
「きみたちは、確か……シャロンと、エリス?」
アイニー領地領主、シャロン。
パイモン領地領主、エリス。
かつてサリヴァンの家で話をした二人が、俺の前にいた。





