78・懐かしき故郷
マリウス領地を出発して十日……見覚えのある街道に到着した。
俺はブランから降り、自分の足で歩く。
「……ここは」
「アロー、どうしたの?」
「……俺の故郷へ続く道だ」
ブランが心配そうに身体を擦りつけてくる。俺は頭を撫でてやる。
すると、リアンが馬車の窓から顔を出した。
「アロー、懐かしんでいるところ悪いけど……そのダイアウルフ三兄弟は、町の外で待機させるようにしてくれよ。ここらじゃ見ない中型魔獣だ。町の人がパニックになる」
「あ、ああ。アテナ、大丈夫そうか?」
「いいわよ。この子たち、森で狩りしたいらしいからね。この子たちにとっても小旅行だし、遊ばせておくわ」
街道を進み、三兄弟から降りる。
三兄弟は近くの森へ走って行った。人が入らない森らしいから、誰かにバレる心配もないだろう。三兄弟でいっぱい遊んできてくれ。
俺たちはリアンの馬車に乗り込む。
「ぱぱ、ぱぱの生まれた町にいくんだよね」
「ああ、そうだよ」
「……ぱぱ、大丈夫? なんか眠そうだよ?」
「眠くはないよ。ちょっと懐かしくてね」
ルナを撫で、心を落ち着かせた……眠くはないが、ルナには見透かされたような気がする。
まずいな、気を緩めると泣いてしまうかも……ルナには見せたくない姿だ。
馬車は進み、町が見えてきた。
町に入ると、見たことのない建物が多く並んでいる。いろんな店も並んでいるし、道行く人たちもかなり多い。
でも、俺は懐かしさでいっぱいだった。
「…………」
「セーレの首都、ハオの街だよ。アロー、キミが知ってる頃とは規模が違うけど……」
「わかってる。でも……懐かしい」
「おおー、ここがアローの故郷なのね!! でっかい街じゃん!!」
「わぁ~!! あてな、ヒトがいっぱい!! いい匂いもするー!!」
「そうね!! ん~、ワクワクしてきた!!」
アテナとルナが、窓から身を乗り出している……どこまでも明るいな。
リアンはクスクス笑い、俺に言う。
「すぐに領主の館に行くけど……少し、町を見てからにするかい?」
「いや、すぐ向かってくれ」
「わかった」
馬車は町を進む。
街並みを見ているだけで、俺の胸は満たされていく。
そして───古い屋敷に到着した。
「───…………っ、ここ」
「領主の館だよ」
変わっていない───……ここは、俺の家だ。
周りは立派な建物で溢れているのに、この屋敷だけは変わっていない。
馬車から降りると、アテナがルナと手をつないだ。
「アロー、ちょっとだけルナと散歩してくる。すぐ戻るわね」
「……ああ、ありがとう」
「ありがとう? ぱぱ、どうしたの?」
「いいから行くわよ!!」
アテナはルナと行ってしまう。代わりとばかりに、ミネルバが屋敷の柵に止まった。
そして、リアンがドアをノックすると、ドアが開く。
出迎えたのは───……初老の、執事。
「おかえりなさいませ。アロー坊ちゃん」
「……アーロン」
父の執事、アーロン。
俺の教師でもあり、父上が亡き後は屋敷を守ってくれた人。
子供の頃、遊びから帰った俺を出迎えるときと同じ笑顔で……見慣れた執事服を着て、俺に向かって一礼してくれた。
俺は、目頭が熱くなり、涙が止まらなかった。
リアンはいつの間にかいない。護衛たちも、馬車の近くで何かしゃべっている。
「ただいま───……アーロン」
俺は、帰って来た。
セーレに……故郷に。俺の家に。
◇◇◇◇◇◇
涙を拭い、アーロンを見た。
「……アーロン、少し瘦せたな」
「年を重ねましたからな。アロー様はずいぶんと逞しくなられた。と……失礼。ささ、中へ」
「ああ、邪魔するよ」
「ほほ、ここはあなた様の家。何を遠慮することがありますか」
アーロンと一緒に屋敷の中へ。
変わっていない。所々直したところはあるが、屋敷は俺の知る屋敷だ。
「アロー様の部屋も、そのまま残してあります。今日はそちらでお休みください」
「いや、まずは話をしよう。いいだろう?」
「……わかりました。では、こちらへ」
案内されたのは、父上の書斎。
中に入ると───インクと、葉巻の香りがした。
アーロンは吸わない。たぶん、この部屋はこのまま残しているんだろう。
俺は、ここにあるソファが大好きだった。
ソファに座ると、アーロンがティーカートを押して来る。そして、俺にお茶を淹れてくれた。
「ありがとう……うん、アーロンの紅茶はやっぱり美味いな」
しばし、紅茶を楽しんだ。
そして、カップを置き……俺は言う。
「アーロン。俺が不在の間、セーレを取り返し、守ってくれたこと……感謝します」
「アロー様……」
「わかるんだ。お前が、俺の帰りをずっと待ってたこと。今でもお前は『領主代行』なんだろう?」
「…………」
「アーロン。ごめん……俺は、セーレには戻れない。俺は……生涯をかけて、マリウス領地の発展に尽くす。俺を待っててくれたこと、本当に嬉しい……でも、俺は戻らない」
「……やはり、そうですか」
「……え?」
「手紙にもありましたが……私は、アロー様が戻らないと思っていました」
アーロンは、にっこり微笑む。
「私は、アロー様がマリウス領地に追放されても、生きていると確信していました。サリヴァンが撤退した後のセーレを立て直し、アロー様が戻ってきた時にお返しすることが使命だと思っていました」
「…………」
「しかし……私の知るアロー様だったら? そう考えた時、思ったのです。アロー様はマリウス領地に行ったら、そこに住む人たちのために尽くすだろうと。旦那様の教えを受けたアロー様なら、場所が変わっても人のために尽くすだろうと。だから……マリウス領地に行ったら、戻らないだろうと」
「…………アーロン」
「答えを聞けてよかった。やはりアロー様は、私の知るアロー様でした」
「……セーレは、どうするんだ?」
「私は領主代行。ですが、あと三十年は代行を続けます」
さ、三十年……今のアーロンって六十歳くらいだよな。
「ですので、アロー様。一つお願いが」
「え?」
「アロー様のお世継ぎを、セーレの新しい領主としてお迎えさせてください」
「……え」
「マリウス領地、そしてセーレ領地……アロー様のご子息がこの地に来るまで、私が守ります。なので、どうかお願いいたします!!」
「ま、マジで」
つまり、俺とアテナの子供を跡継ぎに?
いやまあ、領主は世襲だから、俺の子供がセーレの領主になることになってる。
リアン曰く、俺は追放されたけど、セーレ領地の領主代行はアーロンで、アーロンが新しい領主を決める権限があるとか……アーロンじゃセーレをここまで発展させた功績で、七十二の領主として認められているけど、未だに代行のままらしいけど。
で、アーロンは新しい領主に、俺の子供を指名する、ってことか?
「その話、乗った!!」
と、いきなりドアが開かれ、アテナが入ってきた。
すぐ後ろには慌てたリアンと、ルナもいる。
「いいじゃん!! 私頑張るから、アローとの子供は任せなさい!!」
「い、いきなり出てきて何言ってんだ!! ごめんアーロン、こいつは俺の妻のアテナで」
「あ、子供は五人くらい産む予定だから。ふっふっふ、任せておきなさい!!」
「お前黙ってろ!! ああもう」
「ふふふ、頼もしい奥様ですな」
こうして、俺は帰って来た。
懐かしのセーレ。俺の故郷に。





