74・女神たちの対話
リューネ、モエ、レイア。
俺の幼馴染、その妹、そしてメイド。
こうして再会するのは三年ぶりくらいか……不思議な感覚だ。
「……アロー」
「お兄ちゃん、久しぶり」
「…………」
リューネはおずおずと、レイアは明るく、モエは無言だった。
俺は何も言わず、三人を見た。
身なりは整っている。捜索隊っていうくらいだから、もっと動きやすさを重視した服かと思ったけど、リューネは町娘みたいな服にロングスカート、レイアも似たような服で、モエはメイド服だ。
再会に合わせて着替えたのだろうか。まあ、別にどうでもいい。
「その……久しぶり」
「…………」
リューネは、大人っぽくなった。
最後に見たのは、ゴテゴテした宝石まみれ、臭い香水、趣味の悪いドレス、全く似合っていないロールを巻いたポニーテールだったが、今は装飾品一つ付けていない。
「お兄ちゃん、なんかムキムキになった? すごくおっきく見えるね」
「…………」
レイア。こちらは変わらない。
なんというか……自分が何をしたのか、俺に対して何をしたのかわかっていないような、妙な異質さを感じた。はっきり言って不気味だ……こっちもアクセサリーなんて付けていない。シンプルなリボンを使って、ツインテールに結んでいる。
「…………」
「…………」
モエ。俺のメイドで……初恋だった女。
俺を見てはいるが、見ることすら罪だと自覚しているような感じで、そっと目を逸らしている。
相変わらずメイド服。髪は少し伸ばしているのか、ショートヘアではなくセミロングといったところか……まあ、どうでもいいが。
「……ふう」
俺は息を吐き、椅子に寄りかかった。
さて、何を言おうか───……ははっ、意外すぎる。もっと心が燃え上がると思ったんだが、この三人を前にしても、何も感じない。
ああ、そっか。これは───無関心だ。
俺は無意識に口元が緩み、鼻で笑ってしまった。
「まあ、座れよ」
数年ぶりに会う幼馴染、その妹、メイドに言った言葉にしては、あまりにも普通だった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「久しぶり~♪」
「……マジで会いたくなかったわ。マジで」
「あん、二回も言わないでよ」
「うぅ……」
アローの家、裏庭にて。
アテナはアミーを見つけるなり、家まで引っ張ってきた。
そして、ハエでも追い払うように言う。
「あんた、なんでここに来たのよ」
「というか、私の方が驚きでいっぱいよ。私はモエに付いて来ただけよ? あの子が行った先に、あなたとルナがいたんじゃない」
「む……」
「というか、ルナ……小さいわね」
「不完全な受肉でこんななっちゃったのよ。それを言うなら私だって、あんただってそうでしょ」
「そうね。あなたが至高神様のところでやらかさなければねえ……」
「うぐぅ……そ、それは悪かったわよ。ってか、それは神界に帰ったら埋め合わせするわ。今、あんたはこの村に来ないで。あんたの不幸と貧困の力で、せっかくルナのおかげで栄えていたカナンの幸運が薄れちゃうでしょうが」
アテナが「しっし」と追い払おうとすると、アミーは髪を掻き上げる。
「今は力を抑えてるから、特に影響はないわよ。サリヴァンのところでは不幸の味を楽しむために遠慮しなかったけどね」
「……サリヴァン? あんたそれ、四大貴族の?」
「ええ。私、サリヴァンに拾われてメイドやってたの。そこでモエと出会ってね、あの子から発する『不幸』がすごく美味でね……気付いたら、アスモデウス領地が傾いちゃった♪」
「ふーん。ま、サリヴァンが死んでないならいいわ。あいつはアローの敵だからね。あんたの『不幸』で事故ったり、『貧困』で餓死とかじゃアローも納得しないでしょ」
「そうそう、そのアロー……なに? あなた、結婚したの?」
「聞きたい!?」
「ひっ」
いきなり顔を近づけるアテナに、アミーは後退りした。
顔がだらしなく緩んでいた。
「えへへ~……そう、私結婚したのよ。人間の身体だし? 赤ちゃん産んだり、子育てしてみたくてねぇ~んふふ、楽しみ」
「……ふーん」
と───ここで、アテナが殺意を込めてアミーを睨んだ。
「言っておく。もしアローに近づいて不幸にするようなら、私の全てを使ってあんたを殺す。神界に帰った後でも殺すから」
「……何も言ってないでしょ。怖いわよ。それに、私どころか、戦いと断罪を司るあなたに勝てるのなんて、それこそ至高神様くらいなんだから」
「わかればいいわ。っと……ルナ、大丈夫?」
「うぅぅ……」
ルナは、アテナの背に隠れてアミーをチラチラ見ていた。
「あらら。怯えちゃって……可愛いわねぇ」
「ルナを怖がらせるなっ。ったく……ルナ、言葉にはしなかったけど、あんたのこと苦手だったんだからね」
「知ってるわ。司るものはが正反対だし、仕方ないけどね……実は私も、この子少し苦手」
「じゃー帰りなさい。帰った帰った、お土産くらいはあげるから」
「まだ帰らないわよ。それに……あなたがアローって番を見つけたように、私もモエっていう番を見つけたの。あの子がここに留まるなら、私もいなくちゃいけないわ」
「はぁぁ!? そんなの許さないからね!!」
「力は抑えるし、危害も加えないわ。それに……今、私の力はアスモデウス領地に残ってるの」
「は? 力だけ残してきたの? あんた相変わらず器用ねぇ」
「あなたが不器用なの。どうせ、剣を振るうくらいしかしてないんでしょ」
「や、槍とか斧とか弓とか使うし!! バカにすんな!!」
「はいはい。それに……記憶のない、無垢なルナが無自覚に垂れ流している『幸運』と『愛』の力のが、私よりも強いわね。ここでは私、普通の人間と変わらないわ」
「ふーん」
アテナは、アローたちがいる集会場の方を見た。
「リューネ、モエ、レイアだっけ。アロー……どうするのかな」
「ね、そのあたりのこと、教えてくれない?」
「……」
「何度も言うけど、何もしない、ただの興味。それに、喉乾いたの……お茶ちょうだい」
「はいはい。ったく、仕方ないわね。ルナ、いい?」
「……ん」
ルナは小さく頷き、家の中にダッシュで戻ってしまった。
「子供に嫌われるのはつらいわねぇ」
「嘘ばっかり」
アテナとアミー、仲は良くないが悪くもない。
女神同士の再会は、至って普通だった。





