73・再会
集会場には、俺だけになった。
馬車を待っていると、集会場のドアが開き───……。
「やあ、アロー」
「リアン……なんだか懐かしいな」
リアン・マルパスと俺は再会した。
一度しか会わなかったが、もう一度話をしたいと思っていた。不思議とすぐに顔を思い出し、サリヴァンの屋敷で会った飄々とした笑顔を思い出す……数年経過したが、変わっていない気がした。
俺は椅子を勧めた。
「とりあえず座ってくれ。聞きたいことあるしな」
「それはお互い様だね。全く、こう見えて混乱寸前なんだからさ」
座ったのは三人、リアン、老婆、ガタイのいいおじさんだ。
「ああ、こっちは医師で学者のルーペ、こっちは護衛のロックスだ。会話に積極的には参加しないから、聞きたいことがあったら話しかけてくれ」
「わかった。と……しまったな、全員退出させたから、お茶の用意ができない」
「気にしなくていいよ。それより……とりあえずは、結婚おめでとう」
「え? なんで知ってるんだ?」
「そりゃ、ボクたちが到着したのが、結婚式の真っ最中だったからさ
リアンはおどける。でも、どこか楽しそうだ。
「整備された街道を進んでたら、この集落に到着したんだ。驚いたよ……ようやく会えたアローは結婚式の主役だし、他領地から命懸けで来たのに、だーれもボクたちに気づかないくらい盛り上がってるし。邪魔しちゃ悪いと思ったから、集落から少し離れて待つことにしたんだ」
「そ、そうだったのか……タイミング悪いな」
ははは、と笑う俺。
そして、呼吸を整えて質問した。
「手紙に少しだけ触れてたけど……セーレやサリヴァンがどうなったか、聞かせてくれ」
「……長くなるよ?」
「構わない」
「わかった。と……その前に、水もらえるかい?」
やっぱり、変わっていない。なんとなく微笑ましくなり、俺は水を汲みに行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
セーレは現在、父上の執事だったアーロンが領主代行として治めている。
サリヴァンは、セーレを手にした後、鉱山開発に乗り出したが悉く失敗……損害が凄まじいことになり、さらにアスモデウス領地も経営不振に陥り、そちらの立て直しのためにセーレから完全に撤退することになったようだ。
リューネたちは、離縁した。
アスモデウスの立て直しに不必要と切り捨てられたというのがリアンの見立てらしい。その後、セーレに戻ったが居場所はなく、路地裏で寝泊まりして暮らしていたそうだ。
アーロンの慈悲で、今回の捜索に同行。俺に謝罪するために来たそうだ。
ここまで言うと、リアンは水を一気飲みした。
「ふぅ……とりあえずはこんなところ。さ、質問は?」
「そうだな……アーロンは元気か?」
「ああ。その……いつキミが戻って来てもいいように、セーレの立て直し……もう立て直しじゃないね。セーレを発展させている。彼の手腕は見事の一言さ」
「……領主代行、か」
「うん。きっと、キミのためだと思うよ」
「…………」
俺は椅子に寄りかかり、天井を見上げ……目頭を押さえた。
「……アーロン」
俺にとって、もう一人の父親みたいな人だ。
俺の教師役でもあり、父上よりも俺に厳しかった。
「アロー、サリヴァンだけど……」
「…………」
俺の眼の色が変わったことにリアンはたぶん気付いた。
「今、必死でアスモデウスを立て直している。どういうわけか、きみを陥れた直後から、彼に不幸が降りかかってね……アスモデウス領地の鉱山はいくつも閉鎖。主産業だった鉱石、宝石加工業ではセーレに大きく劣っている。かつては四大貴族で最も力を持っていたけど、今じゃ四大貴族除名の話も出ている」
「……だから、俺に復讐するな、と?」
「……やっぱり、復讐するつもりなんだね」
「当然だ。あいつは、俺の全てを奪った……落とし前は付ける」
水のカップを強く握りしめすぎて、亀裂が入った。
リアンは目を閉じて首を振る。
「恐らくだけど、アスモデウスは長くない。放っておいても自滅する。もう、主だった取引先はみんな、セーレと再契約しているからね」
「なら、早めに復讐しないとな」
「……ボクの言葉じゃ止まらないね。まあ、仕方ないか」
リアンは苦笑した。もう、この件に関して何か言うことはないだろう。
「ここに来た以上、聞かなくちゃならないね。アロー、セーレに戻るつもりはないのかい?」
「……ない。もう、俺はマリウス領地の領主だ。集落を見ただろ? もう集落、村とは言えないくらい大きくなった。いろんな産業も行えるようになったし、これからまだまだ大きくなる。俺は、生涯をかけて、その手助けがしたい」
「…………」
「リアン。ここまで来てくれて感謝している。俺はもう大丈夫。アロー・マリウスは、マリウス領地の領主として、精一杯生きている」
俺は胸に手を当て、リアンをまっすぐ見て言う。
リアンも、眼を逸らさずに俺を見ていた。
「わかったよ。ふぅ……じゃあ、友人として言う。アロー、きみが無事で安心したよ」
「はは、そりゃ心配かけたな」
互いに笑い合う。
安心したところで、俺は言う。
「あ、そうだ。なあリアン、実は……さっきも言ったけど、このカナンでの産業が本格化してきたんだ。そこで、近々交易をしようと、他領地に行こうと思っていたんだ」
こっちから行こうとしたら、向こうから来てくれた……これ、ラッキーだな。
またルナのおかげだろう。あとでいっぱいナデナデしてやるか。
「交易か。面白そうだね……」
「ああ。交易しやすいように、集落までの安全な街道も作ったし、馬車が百台乗ってもビクともしない大きな架け橋も作った」
「は、橋? そんな便利なのをいつの間に……これからはフールフール家に橋を頼まなくてもよくなるのかな」
「帰りは安心して帰れるぞ。で、どうだ?」
「交易か。面白そうだし、アーロンさんへのいい土産にもなるね」
「……アーロンのところには、俺も一緒に行く。もともと交易で留守にするつもりだったし、父上の墓前に報告もしたいからな」
「そうだね。よし、じゃあまずは、きみの集落で何を作っているか見せてもらおうかな」
「ああ。案内は任せろ」
「と───……その前に」
「ん?」
リアンは、少し迷ったような表情で言う。
「その、彼女たちはどうする? 今は馬車で待機してもらっているけど……」
「……リューネ、モエ、レイアか」
「ああ。彼女たちを庇うつもりは全くないし、自業自得だとは思っているけど……ちゃんと反省していると思うよ。あとは、キミ次第かな」
「…………呼んでくれ」
「いいんだね? 彼女たちの処遇はキミに任せるように言われているから、仮に殺しても咎めはしないよ」
「…………」
「失言だった。じゃあ、呼んで来る」
リアンは立ち上がり、ルーペさん、ロックスさんも出て行った。
そして、待つこと数分……集会場のドアが開いた。
「……アロー」
「お兄ちゃん、久しぶり」
「…………」
俺の前に、リューネ、モエ、レイアの三人が並んで立つのだった。





